1話
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学生の頃は、そこそこ友達ともいえる関係の人間が居たが、社会人になってからは、友人と言える人物は居ない。
テレワークと言う通信手段で、会社に出向く社員が少なくなった昨今、わざわざ出社してまで、デスクワークをしようと思う輩が、少なくなった。
縣 翔は25歳の3年目の社員で、この会社は商事会社で色んな製品を、各業種に販売をしているのが、業務である。
常にトラックが出入りする倉庫には、人が居るものの、事務所となると、必要以外の従業員は、全て在宅での勤務になった。
それでも、最低限の事務員は要るもので、目視での製品チェックはしなければならない。 そんな出社してまで、タブレットを持ち、倉庫に出向いて、出入庫チェックをしようなんて、自分から言い出す者が中々居ないこの時期、翔は進んで出社し、人が余り居ない事務所と倉庫を、行ったり来たりするこの業務を、進んでやっている。
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そろそろ午後からの第一便のトラックが入って来る、マスクをして、事務所の
エントランスを出て、大きな倉庫の中の第6ブロックに向かう。
トラックの荷下ろし駐車スペース近くに来ると、すぐに大型トラックが入って来た。
駐車スペースに、大型トラックを誘導して、きちんと収めた。
運転手にタブレット画面を見せて、製品チェックを確認してから、荷を下ろしてもらう。基本的に、トラックで運び込まれた荷は、そのトラックの運転手が、フォークリフトで荷下ろしする事になっている。
チェックを済まし、運転手が降りようと、トラックのドアを開けた瞬間だった。
最初に右手をつくはずの右のフェンダーの上に手を突いたつもりが、滑って頭から落ちそうになった。
それを目の前で観ていた翔が、慌てて運転手が落ちない様に、抱きかかえる格好で、そのまま抱えた。
翔の助けもあって、運転手は何事も無く、コンクリートの床に降りることが出来た。
「あ、ありが..と」
歯切れは無いが、その声は、奇麗な高い声の、セミロングの女性だった。
「大丈夫でした? 大谷さん」
大谷と翔が呼んだトラックの運転手は、ヒヤヒヤしながら答えた。
「はい....」
翔は、運転手に気を使い、何事も無かった事に、安堵した。 しかし、事はそれだけでは終わらなかった。
それを見ていた、倉庫の主任が、一部始終を見ていたのだ。
この事は、KY活動の事案に値すると、倉庫主任が言って、今日の 帰りの会 での議事になるそうだ。 そのために、業務終了後、女性トラック運転手の 大谷 満と、縣 翔が、後でミーティングルームに来るように指示された。
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倉庫主任を含め、管理課長も加わり、満と翔の4人で、先ほどあった出来事も含めて、今後のKY(危険予知)の小ミーティングが行われた。
3段階のKY用紙に、危険を防ぐための措置などを記入して行き、約30分くらいで、ミーティングは終わった。
小部屋で行われていたので、終了後、満と翔は挨拶をして部屋を出て行った。
改めて見る満の容姿は、身長が高く、165cmくらいで、痩せ型。 髪はセミロングのボブで、やや茶髪だ。 顔立ちは良い方だと思うのだが....、そこがいかんせん分からない。 分からないのだ。 年齢は24歳で、翔とは一つ違いだ。
ただ、言葉数が極端に少ないのは、たぶん性格のせいだろう。
対する翔の容姿は、身長がやや高めの 178cmで、細身の感じだが、時々倉庫の手伝いもしなければならないので、手運びも含めての作業のせいで、筋肉質だ。
翔の顔立ちは、イケメンでと言うよりも、普通に優しそうに感じられる面持ちだ。 ただ翔も、他人に対してのコミュニケーションは苦手で、会話が続かないと言う事は四六時中だ。
それでも、今の満に対しは、声を掛けられずにはいられなかった。
「お小言くらっちゃいましたね」
「....、はい」
何故か、気暗い雰囲気の満に、明るい様にふるまう翔。
「まあ、あまり気にしない様にしましょう」
「....、はい」
「大谷さん、今日はこれで終了ですか?」
「....、はい」
一呼吸置いて。
「良かった。じゃあ、気を付けて帰ってくださいね。お疲れ様でした」
「おつかれ....です。 でした」
「はは、じゃあ....」
そう言って、翔は事務所へ、満はそのまま駐車してあった大型トラックに乗り、倉庫から出て、自分が勤める運送会社に帰って行った。
(大丈夫かな? 大谷さん。結構落ち込んでいたけど)
そんな事を気にしつつ、翔も今日金曜日の業務を終え、会社の駐車場にある自分の車に乗り、家路に着いたのだった。
◇
実は、翔は、過去が学生の時には結構友人と言えるモノはそこそこ居て、大学の頃には彼女が居た。 だが、今まで友人だと思っていた中の一人が、翔の彼女に興味を持ち始め、徐々にその彼女にアプローチを重ねていき、最後には奪い去って行ったのだった。
その行為に翔は落ち込み、2年付き合った彼女との別れが、略奪だった事に、翔は、友人の中には、いつか裏切る輩も居ると言う事を思い知ったのだった。
その後は、あまり他人との深い関りを持たなくなった。なってしまった翔は、今この会社に入って3年目の最近は、テレワークと言う事で、殆ど人の居ない事務所が、とっても居心地が良かったりする。
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週明け。倉庫の管理課に属する翔が気楽に業務をこなしていると、少ない出社事務員の中の一条 遥が、翔に話しかけてきた。
「翔。 先日のこの製品、項目に誤りがあったので、訂正しておいたから。 購入予定の一部の製品で、誤りがあったので....」
社内メールでやり取りすればいいものを、遥はわざわざこうして経理課から書面で伝えに来てくれる、確実に人と向き合って確認したいのが目的だ。
一条 遥25歳。 翔と同期の3年目だ。
身長は160cmで、華奢な体つきで、性格は慎重派で、あまり口数は多く無いが、翔に対しては、同期と言うのもあり、色々と話しかけてくる。
器量良しの面持ちではあるが、偶に口に出す言葉が、辛辣な時もあり、その時々で、人受けが良いとも悪いとも、二分に分かれる存在であるが、基本的には優しい女子だ。
実はその遥とは、翔が大学からの同年であり、あの翔の忌まわしい4年前の恋愛事情を知っている現在の、翔の周りに居る中での唯一の理解者だ。 なので、時々の週末、翔と遥が居酒屋に行き、翔に酒が入り、ほろ酔い気分になると、大学での恋愛での出来事を宥める役になる。同年、同期のお互い唯一の理解者だ。
「あ、ホントだ。オレ名目を間違って入力してしまったんだな。ありがとう、遥」
「じゃあ、修正しておくからね、翔」
「ありがとう」
そう言っているうちに、オンラインでの定時ミーティングの時間が来た。
いくら出社していても、こればかりは参加しないと、現在の業務進捗状況が分かない、知らないうちに、在宅社員が業務をどこまで進めているか、知らなければ、翔も自分の業務に支障が出てくる。
同じ事務所内に居る、部長も合わせて、オンラインミーティングが始まった...。
△
管理倉庫の中には、小さな休憩ルームがある、自販機もあり、喫煙は出来ないが、10人くらいは同時に休憩できるプレハブ小屋だ。
翔は時々空いた時間になると、一人になりたくて、普段の休憩時間をわざと外して、よくココに来る。そのわずかな時間も翔にとっては、貴重な勤務時間内の、癒しの時間ではあるのだ。 事務職の翔たちは、倉庫勤務の従業員たちと違い、多少の時間の融通が利くので、このように休憩を取ることが出来る。
今日もご多分に漏れずに、時間をずらして一息つきにきた。 ....、来たのだが。