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第2話 “マイトVS騎士団長”

 金髪の少年は、砂浜に倒れていた。


「……う……」


「うっ!ゲホッ!ゲホッ!!ガハッ!!」


 体の中に入った大量の水を放出するべく、生存本能が働き、強制的に意識が覚醒する。


「こ、ここは……?」


 体を起こす力が無かったので、マイトは目だけをキョロキョロと動かした。


 目に入るのは、砂浜と海。そして、前方には高くそびえ立つ壁があった。


「僕は、生きてるのか……?」


 水を飲みすぎたせいで止まらない吐き気がと苦しみが、皮肉にも生きてるという事を否応なく感じさせる。

 

「師匠、大丈夫かな……」


 自分が生きているのだ。あの師匠が、そう簡単に死ぬとは思えないが……


 何にせよ、まずは自分の命を取り留めねばならない。マイトは足に力を入れて立ち上がり、いかなる時も冷静に、という師匠の教えに則り、自分の状況を確認する。


「とりあえず動けはするな。……刀も無事か。体は……」


 ひとまず武器が無事だった事に安堵しつつ、マイトは自分の体を触っていき、そして、


「あっ」


 左わき腹が深々と切れている事に気づいた。


「うわ痛ってぇ……岩礁か何かで切ったかな?こりゃまずいな。血を止めないと……」


 七年に及ぶ地獄のような修行で、痛みには慣れたので、取り乱すような事はないが、この傷はちゃんと治療しなければ、失血で死ぬという事は、これまでの経験から分析できた。いや、死んだ経験がある訳ではないが。


「ここは、どこなんだろう……」


 自分がどのくらいの間波に飲まれていたのかも、どのくらいの距離を流されたのかも分からない。

 ひとつ言える事は、運良くリサーベルに漂着した、という可能性はゼロだという事。


「リサーベルは内陸国だから、海はないもんね……」


 マイトは、自分の服を使って簡単な止血をしながら、師匠に教わった世界地理を頭の中で反芻した。


「よし!……とりあえず、医者を探すか」


 マイトはふらふらと歩き始めた。



------------------------------------------------------------



 少し歩いて、マイトはそびえ立つ高い壁の前まで来た。前方に見るのは大きな扉。そして扉の両脇には、槍を持った兵士が控えていた。それに加えて、壁には太陽の紋章が掛かっている。

 

「ああ、そういう事か。この先は城下町なんだ」

「何だ?貴様は」


 扉の脇を固める兵士が、マイトに槍を向けた。


「あ、あの、怪しい者じゃないんです!」


 マイトは慌てて言った。


「舟が嵐に遭ってしまって!あの、もしご迷惑でなかったら、お医者さんとか、その、いたりとかは……」


 兵士が訝しげな目でマイトを見やった、その時。


ギィィィィィ……


「おわっ!」


 大きな扉が軋み、内側からゆっくりと開いていった。マイトは慌てて後ろに飛びのいた。


 扉が開き切ったその向こう。マイトの眼前には、銀色の甲冑を身にまとった大勢の兵士たちの姿があった。


「な、何だ!?戦争か!?」


 とにかく兵士達の動線になるであろう道からどこうと、マイトが踵を返そうとしたその時――


「女が二人、街を壊しながら追いかけっこしてる……って聞いて来たんだけど……」


 兵士の間から、ネクタイをだらしなくぶらさげた、スーツ姿の女性が姿を現し、のろのろとこちらに向かって歩いて来た。


「これはキリア団長殿!ご苦労様です!」


 門番の兵士の二人が、深々と礼をした。


「そーいうのいいって。で、街を壊してる不貞の輩はどこにいるってーの?」


 キリア団長と呼ばれた赤髪の女性は、切れ長の眼をさらに細めながら、口に含んだガムをぷくっと膨らませた。


「こちらには、そのような輩は来ておりませんが……」

「まぁ、私の目にも、お兄さん一人しか見えないね。可愛い顔はしてるけど、さすがに女には見えないなー」


 キリアは軽い口ぶりで話した。しかし、その軽さとは裏腹に、何とも言えない威圧的な眼がマイトを射抜き、それがマイトの動きを止めた。


(うわ、このお姉さん……相当強いぞ)


 何年もの修行の成果か、マイトは相手を見るとおおよその力量が分かるようになっていた。もちろん確実では無く、覇気を意図的に隠せるような相手の強さを読む事は難しいし、自身も隠すよう教えられているが……強いオーラを放つ人間が弱かったというケースはあり得ない。


「で、お兄さんは、何者?」


 マイトは冷や汗をかきながら答えた。


「いや、あの、何者でもないと申しますか、これから勇者になる予定と言いますか……」


「……はぁ?」


 キリアはさらにガムを膨らまし、胡散臭そうにマイトを睨んだ。


「い、いや!すみません!ただの旅人なんです!嵐で舟が転覆しちゃって!それで……」

「ふーん」


 キリアがそう短く答えた瞬間、口に咥えたガムがパチン、と弾け、


「――“風蛇かざへびの縄”」

「“波打束縛なみうち”!!」


 手に持った鞭から、風の縄のようなものが放たれた。鞭の動きと連動したそれは、まさに蛇のような動きでマイトを襲った。


「うわあああああああああ!!!!!」


 いきなり何なんだ、とマイトは心の中で嘆いた。僕が一体何をしたというのか。いずれにしても、これは避け切れない。今から動いても間に合わない。

 なら――


「斬るしかない、か」


 チャンスは一瞬。


「ふぅっ」


 マイトは軽く息を吐き、


「“魔払まほろの太刀”――居合いあい


 目を伏せて、呟いた。


「“かぜきり”!!」


 その瞬間、一瞬だけ轟音が鳴った後、風の縄は霧散し、あたりは水を打ったような静寂に包まれた。


「な……」


 兵士の一人が絶句した。


「嘘だろ?今まで団長の“束縛”を避けた奴なんて、誰一人……」


「いや、違う」


 別の兵士が呟いた。


「見てなかったのか?避けられたんじゃない」

「“斬られた”んだ。あいつは確かに今、風を斬った」


 兵士たちがにわかにざわついた。


「ど、どういう事だよ……見た事無いぞ。風が斬られるなんて……」

「こんなむちゃくちゃな事をする奴らなんか、決まってる!!」

 兵士の一人が叫んだ。

「“魔神の剣(デルスティンガー)”だ!!」


「デ、デルなんだって?」


 マイトは聞き覚えのない文字列に、顔をしかめた。そして、思い出したように、鞭を扱いている女に詰め寄った。


「いきなり何するんだよ!!ひどいじゃないか!!」

「んー……何か怪しかったから打ってみた」

「怖すぎるよ!」

「うん、でも、正解だったみたいだねー。ただの旅人に、あの技が斬られるはずがないからねー」


「え?」


「……私は手を抜いたつもりはなかった。……お兄さん、タダ者じゃないね?」


 熱は感じられない、しかし強い眼力で、キリアはマイトを睨んだ。


「いやいやいや!」


 マイトは謂れのないレッテルを貼られそうになり、喚いた。


「いや、タダ者なんだけどマジで!え、なんか僕悪者にされそうな流れ?ちょっと待って落ち着いて!僕全然デーモンなんちゃらみたいなヤバい奴じゃないって!むしろ今にも死にそうな、平和を夢見る善良な一般市民で――」


 マイトが必死に早口でまくし立てているさなか、甲冑を来た女性が、後ろから早歩きで姿を現した。


「キリアさん、こんな所で何をしてらっしゃるんですか?」


「おー、副団長。何って、城下で暴れてる奴らがいるっていうから、ロイが捕まえてこいって」


「ロイ様は、南門側と言っていたのをお忘れですか?こっちは北門側。だいたい、北門の外には浜辺と海しか無いんですよ。“街”を壊しているんですから、ちょっと考えれば南側だと分かるでしょう?その頭にはガムを膨らませる分の脳みそしか詰まっていないんですか?」


「手厳しいなー、マルさん。ロイがどっち門か言ってたのを聞いてなかったのは悪かったけど、私的にはなんとなく北がクサいと踏んだからこっちに来たんだよ。まーそうカリカリすんなってー」


「では、そのクソみたいな勘が外れたのも確認できましたので、もう満足でしょう。全員、速やかに南門に向かいなさい」


「いんや……このクソみたいな勘……」


 キリアは振り返り、再びガムを膨らませ、鋭い目でマイトを射抜いた。


「あながち、外れでもなかったっぽいよ……?」


「はい……?」


 副団長と呼ばれた女性が、訝しげにマイトの方を見た。


「いや外れだよ!!何カッコつけてんの!?あなたは賊を捨て置いて善良な市民に攻撃をしてるんですよ!?お姉さん、このヒト、何か意味ありげな事言って、自分のミスをごまかそうとしてますよ!

早急に僕の前から連れ去って下さい!!」


「は、はぁ……?貴方は……?」


「“魔神の剣(デルスティンガー)”の幹部だよー。今しがた、私の“波打”を破った」


「な、なんですって!?」


「おいこらちょっと待てやぁ!!!!」


 マイトは血の足りない体で、精いっぱいわめいた。


「おい赤髪!!そのデスなんとかっていうのが何だか知らないけど、なんか僕にとんだ濡れ衣を着せようとしてない!?おい聞いてんのか!」


「事実だろー。さっき私の技、破ったじゃないか」

「もう半分の方はよ!!」

「ていう訳だから、マルシベール。彼は私が一対一でやる。きみは皆を連れて、南門の方を頼むよー」


「……そういう事なら、承知しました。……キリアさん、ご武運を」


「ん。きみもねー」


「いい感じでまとめんな!ねえヨロイのお姉さん!ちょっと僕の話を……」


「皆!!疾く私に続け!!アルガンドの平和を乱す賊を討つ!」


「おおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 マイトの願いも空しく、マルシベールと兵士たちは、嵐のように南の方角へと消えていってしまった。


「さて」

「お兄さんねー、悪いんだけど、いくら君が無実を主張しようと、仮にも王国騎士団団長である私の技が破られているからねー。

本当に“魔神の剣(デルスティンガー)”である可能性が捨てきれない以上は、ほっとく訳にもいかないんだよねー」


 キリアは事もなげに言った。


「……!王国騎士団団長……!」

「団長、団長って言われてたけど、やっぱり王国騎士団の団長だったんだ……!この国で、一番強いって訳だ……!」


「表向きはそういう事になるねー。まぁ、本気出したら下手したらマルシベールの方が……まぁ、それはいいや、今は」

「てな訳で、ちょっと本気出して捕まえさしてもらうよー。潔白が証明できればちゃんと解放してあげるからねー。証明できれば、ね」

「解放されなさそうな香りがプンプンするんだよなぁ……」

「まぁそん時は諦めて……――“風蛇の刃”」


「“三又の鞭(トライデント)”!!」


 風の刃が鞭から放たれ、三本に別れて広い角度でマイトを襲った。


「――“魔寄(まよせ)の太刀”」

「“爆炎刃(ばくエンジン)”!!」


ドゴオォォォォン!!! 


 マイトが刀を振るうと、周囲で爆発が巻き起こった。風の刃が立ち消え、あたりに煙がもくもくと立ち込める。


「どういう原理だい、そりゃー。うぇ、煙で前が見えない」

「とりあえず、防御しとくかー。――風蛇の盾・“迷家(マヨイガ)”!」


 風がうねうねと這うようにキリアの前に広がり、歪な防御壁を作り出した。

 しかし、少年からの次の攻撃は降って来ない。


「ん……?」


 爆炎が晴れた頃、キリアの目の前には、


「あれ?」


 誰もいなかった。


「あ、ヤベ」


 パチン。本日二度目の、風船の弾ける音がした。


「逃げられた」






第2話です。

この話に登場するキリアさんは、常にダルそーにしていますが、その態度が他の兵士たちの模範と

ならないため、少しでもマシな雰囲気を出すためにスーツを着用させられています。

でも、首の締め付けがうざったいので、ネクタイはダだらーんとしていますw


もし、気に入っていただけましたら、ブックマークや評価をして頂けるととても嬉しいです。

よろしくお願いいたします。


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