第1話 “ルナリアの追いかけっこ”
「ハァ……ハァ……」
ルナリア・アールクインは追われていた。
「うぇぇ……疲れた……もうしんど……まさかこんなとこまで追いかけてくるとはね……」
少女は、その短めな黒髪を振り乱しながら、呆れた顔で振り返り、遠くにかすかに見える憤怒のような形相を確認し、目を細めた。
「ここは……国章を見るに、アルガンドで間違いないよね。問題は、どこの街か、ってことだけど……」
ルナリアはあたりを見渡した。
自分の知識が正しければ、さっき見た太陽の紋章は、東の果て、アルガンドのものであるはずだった。
「……もしかして城下はいっちゃったのかなぁ……だとしたら最悪だね……」
ルナリアは、誰に言うでもなく、ひとりごちた。
国章がそこかしこに掲げられている上、人の流れも、店も多い。田舎町で無い事だけは確かだ。アルガンドに来たのは初めてだから、どこがどうなっているか全く分からない。ただもしここが城下だった場合、懸念しなければならない事があった。
「……騎士団に出くわしたら、まずいよなぁ……」
国には城があり、その周りは城下町となる。当然、城を守る為に、国で最も強い兵士達が集う場所になる。
王国騎士団は、その筆頭だ。
「参ったなぁ……エリーを巻けても、こんなとこで騎士団に見つかったら、どのみち魔玉はボクの手元から奪われちゃう」
騎士団は通常、外敵への備えはもちろんのこと、城下町の警備も行う。
田舎町の警備隊とは訳が違う事は明らかであり、捕まれば一巻の終わりとなる。
――などと考えているうちに、ルナリアの先に見えたのは、行く手を阻む高い壁。
「げっ!!行き止まり!?」
こんな高い壁に一体何の意味があるのか。ルナリアが全人類の誰よりも、壁を憎んだその瞬間、
「うわぁっ!!」
金色の雷撃がルナリア目掛けて飛来した。
ルナリアは間一髪でそれを避け、それた雷は隣の廃屋に命中した。
ドゴォォォン!!!!ガラガラガラ……
粉々になった家の壁の破片が、ルナリアに降り注ぐ。
「うわあああああ!!!エリー、街壊したらダメでしょ!?」
ルナリアは喚きながら、シャカシャカと横に動いて何とか破片をかわした。
「お嬢が最初から逃げずに、素直に魔玉を返していれば、この街に被害が出る事もなかっただろう」
「そりゃあ屁理屈だよ、エリー。ボクを捕まえる為なら街を壊していいなんて事はないでしょ。しかもここは帝都じゃない、人様の国なんだよ?」
「自分が、そうされるだけの事をしたのを棚に上げて、よくも言えたな?」
エリーと呼ばれた女性は、その緋色の眼に怒りの炎を宿しながらルナリアに詰め寄った。
「とにかく、くだらない追いかけっこもここまでだ。……お嬢、魔玉を返せ」
「何度も言ってるだろ。やなこった」
一瞬、二人は無言で見つめ合った。
「……お嬢。最後の忠告だ。貴方は魔王候補を降りた。よって貴方にその魔玉の所有権は無い。速やかに私に返せ。返さないとあらば……」
エリーの持つ剣が、凄まじい音を上げて雷を帯びていく。
「魔王軍親衛隊・序列“十位”エリー・ラインハルトの名において、貴方の行いを魔王への反逆とみなし――」
「今ここで、極刑に処す」
しかし、その獣のような殺意を向けられても、ルナリアは怯む事はなく。
「それで、追い詰めたつもり?……甘くなったね、エリー」
ルナリアは一瞬目をつぶり、力強く詠唱した。
「“二連氷剣”!!」
瞬間、あたりに冷気が立ち込め、同時に現れた二振りの剣が、ルナリアの両手に収まった。
「氷の剣か」
エリーは冷たく言い放った。
「やる気か?……お嬢。これまでの何年かで、私に勝てた事が一度でもあったか?やめておけ。無駄死にだ」
「何言ってんのエリー。勝負は時の運だよ。やってみなきゃぁ……」
「分かんないよっ!!」
エリーが防御の体勢を取り、ルナリアは乾坤一擲、エリーに向かって駆け出す!!
……と見せかけて、ルナリアはひらりと身を翻し、自分の後ろにそびえ立つ高い壁に、氷の剣を突き立てた。
「な……!?」
エリーは絶句した。
ルナリアは、自ら突き立てた氷の上に飛び乗ると、もう一本の氷を少し高い所に突き立て、またそれに飛び乗った。
「ほい、ほい、“二連氷剣”!」
さらに出現した氷を壁に突き刺し、猫のように飛び移る。あっという間に、エリーの届かぬ壁の上へと到着した。
「……くっ……貴様!!馬鹿にしているのか!?“雷帝三日月”!!」
怒りに震えるエリーが剣で空を斬ると、三日月形の雷撃がルナリナに向かって飛んで行った。
しかし――
「そこまで遠かったら、当たんないよ!」
当たれば無事では済まない事が分かる、強力無比な一撃も、この距離では上手く狙いが定まらない。
雷はルナリアを逸れ、空の彼方に消え去った。
「くっ……」
エリーが苦々しげに唇を噛んだ。
「三十六計逃げるに如かず、ってね。さらば、エリー!縁があったらまたどこかで!」
ルナリアはおどけて言うと、壁の中に向かって飛び降りた。
「あぁ危なかった……死ぬかと思った~」
エリーの脅威からひとまず逃れた事で、降下しながら気を抜いた、その刹那。
「えっ嘘!!何であんなとこに人……!!?」
ルナリアの着地予定地点に、座り込んでいる人間がいた。
一瞬気を抜いてしまった事で認識が遅れ、避ける時間を失ってしまったルナリアは、下に向かってただ叫ぶしかなかった。
「あ、危なーーーーーーーーーい!!!ぶつかるーーーーーーーーーっ!!!」
その声で、上を見上げた少年が、あんぐりと口を開け、一言だけ発した。
「み……!!」
一瞬だけ目が合ったその刹那、ルナリアは風を浴びながら、どこか冷静に、間抜けな顔だなぁ、と思った。
第1話です。
ルナリアは本作のヒロイン、もしくはもうひとりの主人公となる、ボーイッシュなボクっ娘です。
どうしてもボクっ娘を入れたくてやりました。(笑)
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