プロローグ “狂いだす歯車”
どうぞよろしくお願い致します。
「……やっと……やっと見つけた!!」
「ボクは、君を探してたんだ!!」
黒髪の少女は、大きな瞳を喜びと興奮で輝かせ、目の前の少年に言った。
「ボクに代わって、魔王になってほしい!!」
――瞬間、少年の思考は停止した。何を言っているのか分からなかった。
血を流しすぎたせいでぼんやりとした頭が一気に覚醒し、しかし思考は感情についてこれず。
精いっぱいの表現として、絞り出すように、一言漏らした。
「え?」
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世は、悪逆非道の魔王が支配する、暗黒の時代。
ひとりの少年が、ある島から旅立とうとしていた。
長身の女性が、長い青髪と、銀色に光る刀を風になびかせながら、少年に問いかけた。
「さぁマイト。準備はいいかい?」
金髪の少年が、拳を突き出しそれに応えた。
「ばっちりだよ!師匠!」
「じゃあ、行くとしよう。もう船の準備はできてる」
「うん!……これでやっと、勇者になる第一歩を踏み出せる……!」
師匠と呼ばれた女性は苦笑した。
「そうだね。でも浮かれるのは早いよ。何年も修行してきたとはいえ、これからリサーベルの一兵卒としてスタートするんだからね」
「そりゃ分かってるけど……」
マイトと呼ばれた少年は口を尖らせた。
「やっぱり、師匠は一緒に来てくれないの?」
「ああ。君を育てるという仕事が終わった今、私には私で別にやらなければならない事がある。私が一緒に行くのは、君をリサーベルに送り届けるところまで。そこから先は、君次第さ」
女性は片目をつぶり、マイトの口元に指を当てた。
「いきなり一人は不安だなぁ……」
「大丈夫。すでにリサーベル国王にも君を迎え入れるよう話はしっかり通してあるし、騎士団長のイルーナは凛としていて、誰よりも強くて、それでもってとびきりの美女らしいよ。君の好みじゃないか。良かったね」
「ぼ、僕は別にそういう目的で行く訳じゃないんだよなぁ……」
マイトは挙動不審な動きをしながら言った。
「……鼻の下を伸ばしながら言っても説得力がないな。まぁ、一兵卒からとは言ったけど、君の強さだ。最初からイルーナの副官くらいにはしてもらえるんじゃないかな?」
「だとしたら、ありがたいんだけど……」
「彼女はそれこそ、リサーベルでは“勇者”と呼ばれていて、魔王打倒への期待も高い。隣で戦えば、色々と得るものもあるだろうさ」
「……うん、もうじっとしてらんないや。早く行こう、師匠」
「ああ。じゃあ、レイラ。あとを頼んだよ」
「…うん。…マイト、ローエン…気をつけて…ね…」
白髪のショートカットに、首にマフラーを巻いた女性が、眠そうな顔と声でぽつぽつと言った。
「…マイト、辛くなったらいつでも帰ってきていいんだよ…」
「お母さんかな?」
「…お姉さん…だよ…」
「分かってるよ。ありがとう、レイラ姉。じゃ、ちょっと行ってくる」
そう言うと、マイトとローエンは船に飛び乗った。
「よし、出発だ!」
魔王を倒す為、勇者を目指す少年の、ありふれた物語が幕を開けた。
少年の名前はマイト。年は十七歳で、元々は大陸に住んでいた。
十歳の時に、魔王の軍勢に村を焼かれ全てを失い、失意の中放浪しているところを、偶然通りかかったローエン達に拾われた。
元々ローエン達が、ある国で騎士団に所属していた事を聞いたマイトは、涙を流しながら叫んだ。
「僕は……!勇者になって……魔王を倒したい!!」
よくある話だ。昔から好んで読んでいた、勇者が魔王を倒す英雄譚。魔王が支配する絶望の中、弱き人々が唯一できたことは、そういった、いくつもの絵本や小説を世に送り出し、平和を夢見ることくらいだった。
そして、ありふれた英雄譚をいくつも読んできた少年は、本物の勇者になりたいと願った。
家族を、友人たちをいたずらに奪った魔王を倒し、大陸に平和を取り戻すために。
紆余曲折あり、ローエン達はマイトの願いを聞き入れ、大陸の外れ、東の果てに位置する小さな島に移り住み、マイトに修行を施すことにした。
七年の修行の果て、ローエン達も認める程に強くなったマイトは、まず、西の大陸にある一国、リサーベルを目指す事を決めた。
リサーベル王国騎士団は長年、魔王軍と第一線で戦い続けており、そして騎士団をまとめる女性は、“勇者”と呼ばれているという。
ローエンから以上のような情報を得たマイトは、共に戦い、自分も“勇者”となるべく、この決断に至った。
そこでリサーベル国王と旧知の仲であったローエンに頼んで、自分の存在をあらかじめリサーベルに認知させる事によって、スムーズに騎士団に入れてもらう、という算段であった。
「いい風だなぁ。旅立ち日和だ」
そして無事、リサーベルを目指し出航するところまで漕ぎつけた。あとは、魔王を倒すのみ。マイトは、自分の道が開けていく事を感じ、気持ちも新たに、拳を握りしめた。
しかし、その数時間後。
「いい風……いや、ちょっと強すぎない?これ……」
突然、空に雷雲が立ち込めた。そして、瞬間、数刻前までの晴天が嘘のように、船は激しい嵐に見舞われた。
「し、師匠!!これ、まずいんじゃ……」
「参ったね……ここは穏やかな海。嵐どころか、ろくに天気が崩れる事さえ無いはずなんだけど……」
ローエンは空を見上げ、呻いた。
「師匠、魔術でどうにかできないかな……!?」
「いくら私が強いといっても、しょせんは人の身だ。天災に対抗できる魔術を持ち合わせてはいないよ。うーん……想定外だね、これは」
「のんきに言ってる場合か!……僕は魔術は使えないし……え?嘘でしょ?僕、ここで死ぬの!?まだ、何も始まってもいないのに!?」
「死を恐れないのも、勇者の条件じゃないかな」
ローエンが冷静に言った。
「だから言ってる場合か!!あ、ヤバい、舟が……!」
雷が轟々と鳴り響き、高波がそこかしこを暴れ回る。もはや小舟ではどうする事もできなかった。
「うわあああああああーーーーーー!!!!!!」
舟は木っ端微塵に破壊され、二人はむなしく海に叩きつけられた。そして、なすすべなく暗い波に飲み込まれていった。
――こうして、勇者を目指す少年を乗せた舟は、あえなく転覆した。
どこにでもある、ありふれた英雄譚になるはずだった、少年の物語。
―――運命の歯車が、今、狂いだす。
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