10-6. ピクニックに行こう(6)~お弁当を食べよう②~
自然公園で、弁当食べて1日遊ぶ……
とはいえ、それはゲームの中なので、実際には腹も減ればトイレにも行きたくなる…… と、いうわけで。
弁当を広げる前に、俺たちは 『トイレ休憩』 という名の簡易ログアウト時間を取ることになった。
だが、しかし。
「許せないわ!」
トイレの中に入った途端に、いきなり吠えるエリザさん……
腕の中のガイド犬もビックリして、おっぱいから顔を上げてしまうほどの、怒りっぷりだ。
一体、どうしたんだろう?
「あの男! わざとお弁当落としてたのよ!」
「ええっ、まさか、それはないだろ!?」
あんな豪華な心尽くしっぽい弁当を 『わざと落とし』 などあってはならない!
そんなの、そんなの……
天誅ものじゃないかっ!
ところが。
「私もちょっと、そんな気がしたんですよね」 と、サクラまでがうなずく。
「AIのバグでしょうか…… 運営に報告した方が良いかも」
「ちょ、まってまってー!」
慌てたのは、エルミアさんである。
「ハッチは、アレがいいのっ。バグとかじゃないのよー!」
「いやいやいや、あれがワザとならバグだろ!?」
「違うよー! だってバグなら、とっくに修正されてると思うもんっ」
「今までどれだけヒドい扱い受けてきたっていうのよ」
呆れたような、エリザのツッコミに、えへらえへらと嬉しそうに笑いつつ、エルミアさんが話したところによると……
ハッチはあの最高レベルの人当たりの良さの裏で、実は。
「ふたりきりになった時の1人称が 『俺』 なのー」
「あ、その萌えはちょっとわかります」
ええええ?
まじにわかるの、サクラさん!?
「でね、でね、2人称は、人前では 『エルミアさんさん』 なんだけど、ふたりきりだと 『お前』 になってー、機嫌が良いときは 『エルミア』 なんだよっ」
「何様のつもりなのかしら」
エリザの呟きに 「そこがいいのー!」 と返し、エルミアさんは夢見る瞳で両手を組む。
「 "ほかの人に 『エルミア』 なんて呼ばせたら、コロすよ……? " とか言われた時にはもう……っ」
「ヤンデレ萌えは趣味ではないですけど、理解の範疇内ではあります」
「ね? だから、バグとかじゃないのよー」
ちなみに、先ほどコソコソ耳打ちされていた内容は、『俺がお前みたいなバカ女の何を心配するんだって? 自惚れるんじゃねーよ、バーカ』 というものだったらしい。
「ねー? もう、かわいすぎるでしょー!?」
「えええええ!? かわいいの、それ?」
「うんっ。ちょーべりーかわいいっ」
力説するエルミアさんである。
どうやら、確実に喜んでいるらしいんだが…… うーむ。
これは…… 否定すべきか、スルーすべきか。悩むなぁ!
――― 俺は普段、価値観なんて人それぞれだと思ってる。
だって、双子の妹とですら、キノコかタケノコかで派閥が違うんだからな!
…… 幼い日々、キノコとタケノコ、どっちを買ってもらうかで、俺たちはいつも壮絶な争いを繰り広げたものだ。
その結果。
ついに根負けした祖母は、いつも両方買い揃えておいてくれるようになった。
そう…… 違う価値観はいちいち否定するより、認め合う方が、世の中平和なんである。
だが、しかし。
エルミアさんのコレは、『価値観が違うだけ』 とスルーして良い案件だろうか!?
あ、そうだ。
「でも、食べ物は粗末にしちゃ、ダメだろ!?」
これは人類共通の認識だよね!
食べ物を粗末にする、いくない。
「えー、だって、ゲームだしー」
あ、そうだったな……。
「けどさ、せっかく早起きして一生懸命作った弁当を!」
苦労が報われないのも、いくないよね!
――― だが、しかし。
エルミアさんは強かった。
「そんなのっ! あの美味しい瞬間を目の当たりにできるなら、当然の投資だよー!」
「…… そうなのか?」
「うんっ」
ここで、エリザがわざとらしくタメイキをつき、「あたくし、お先に失礼するわ」 と個室に入っていってしまった。
「あまり悩まない方がいいですよ」 と俺に言い置いて、サクラもそれに続く。
残された俺は……
「おおー。チロルは本当にかわいい、いい子だなぁ」
【よしよしww もっとモフってもイイですよwww】
トリミングしたてのキレイな毛の感触で、心を落ち着かせ、己の価値観を確かめ直すより他なかった…… のだが。
そんな俺に、エルミアさんは、さらにドヤ顔でトドメを刺した。
「あれねー、きっと落とされると思って、スーパーで買ったお惣菜と冷凍食品しか詰めてないの」
最終的に。
俺もまた、「うん…… そっか」 と返事して、個室に入るしかなかったのだった。
45分後。
リアルでの休憩を済ませた俺たちは、再び集合した。
弁当を食べる場所は、草原で決定だ。
「おおっ、シロツメクサが咲きまくってる……!」
一面、白い絨毯みたいになっているところに、ビニールシートを広げて、皆に弁当を配る。
段々、ワクワクしてきたなー!
さっきはちょっと色々あったけど、そのことは全力で忘れよう、うん!
ガイド犬たちとカホールは早速、のびのび追いかけっこを始めているし…… 空は青くて蝶々が飛び交い、どこからか虫や鳥の鳴き声まで聞こえてきてるんだ。
楽しまなきゃ、もったいない。
絶対に、楽しい弁当タイムにしてやるぜっ……!




