10-3. ピクニックに行こう(3)~ピクニックに行こう①~
朝の陽射しに白い帆を光らせ、川下からゆったりと登ってきた中型船。
ぎゅっと詰めたら100人くらいは乗れそうな甲板の上で、数人の乗組員が忙しそうに働いている。
船体は青地にサクラの花の絵。
そして、これが船の名前かな? 『Sakura・Venus』 と読める、流麗な飾り文字が描かれている。
「すごい…… 愛だなぁ……」
「偶然ですよ」
「あの人なら、そうとも限らないんじゃない?」
俺とサクラとエリザがボソボソと言い合ってる間にも、川底に錨が投げ込まれ、もやい綱が結ばれ、タラップが下ろされ……
タラップが下ろされるのを待たず、たーん、と船縁から桟橋に、見事な跳躍を決める緑色のツンツンヘアー。
「お待たせー! 遅くなって悪かったな」
「気にしないでくれたまえ。それより船を出してくれてありがとう」
「このくらい何でもないぜ! これは俺のプライベート船だしな」
どうやら今日は、船で自然公園まで行くらしい。
エルリック王子にお礼を言われて、爽やかに笑うイヅナ。親しみやすい爽やか系スポーツマンに見えて、しっかり金持ちのおぼっちゃなんだなぁ……。
俺たちも口々に、イヅナに挨拶をする。
「ま、そういうことなら、遅刻も許してあげるわ!」
「おっ、サンキュー」
後夜祭以降、エリザは相変わらず上からだが、イヅナの方は態度が軟化しているな。
ふと、イヅナの目がエルミアさんに止まる。
「あれ? 君、後夜祭の時ヴェリノと話してたコ?」
「きゃーっ! 覚えてくれてたんだ! 感激ーっ!」
「うん、キレイなコだなー、と思って」
「やっだぁー、お上手なんだからー! あたし、エルミアさんっていいます。ルミたん、って呼んでね!」
「おう、俺はイヅナだ。よろしく!」
「よろしくー!」
がっちりと握手を交わすふたり。
ジョナスとのやりとりでは冷や汗かいたが、こっちはうまくいきそうだな。
「エルミアさんは今日、誕生日なんだよ」
「じゃあ、バースデークルージングだな! どうぞ、お嬢様」
「ありがとー! 優しいねっ」 「…………」
さっ、と手を差し出し、タラップへと、エルミアさんとガイド犬のナスカくんを導くイヅナ…… さすがは恋愛ゲーム対応型のNPCだな。
照れなど一切なく、さらっと女子をホメ、さらにはスマートにエスコートするとは…… いかにもモテそうだ。
俺も、見習いたいなー!
「エリザ様もこちらに」
「ありがとう」
ジョナスが恭しく、パピヨン犬を胸に抱いたエリザを案内。俺には 「お姉ちゃん、ボクとお船乗ろっ!」 と、ツヤツヤキューティクルな鳶色の頭がピタッとひっつく。
「私も一緒に行こう」
エルリック王子がさりげなく横に立つと、ミシェルは俺に抱きついたまま、小さく舌打ちをした。
「じゃあ、サクラも一緒に行こうぜ!」
「いいですよ。でもその前に、皆さん、こっち向いてくださいません?」
スチルカメラを手に持ち、ニコッとするサクラ。
「おっ、撮ってくれるの? ありがとー!」
「はい、ちーず……」
パシャ、とシャッター音が響く。
「じゃ、俺も撮るよ! エルリック、ミシェル、サクラと」
「ちょっと待ったぁぁあっ!」
サクラと並んで、と言い終わらないうちに、タン、と何かがサクラの横に降ってきた。
――― 船上から空中2回転を経ての軽やかな着地…… だと?
体操選手か特撮ヒーローか?
【女の子向けですからww】 チロルが、わざわざ解説してくれた。
【ドシン、なんて効果音にしたら、夢が壊れるでしょうww】
「ふーん…… そんなものか」
【そんなものですwww】
そんな俺たちの前では、今まさに、女の子の夢溢れるだろう光景が展開されている。
「じゃあ、お姫様をご案内! ……と、その前にスチルか! ヴェリノ、宜しく頼むぜ」
軽々とサクラの脚を片腕ですくい上げ…… その背をもう片方の腕で支えるイヅナ。
「歩けますから……っ、おろしてください!」
脚をバタつかせるサクラの顔が、船体の花の絵よりも少々濃いめに染まっている。けっこう、珍しいな。
「だってさー、つい習性でよその女の子に親切にしちゃったから、後はこれくらいしか」
「そんなことしてもらわなくても! イヅナさんの気持ちは知ってますから!」
「えっ、ほんと!? 俺、全然、伝え足りないかと思ってたぜ!」
イヅナの顔、めちゃくちゃ嬉しそうだぞ…… サクラは割かしクールなところあるからなぁ……。
良い光景なので、とりあえず、スチル連写してみる俺であった。
「おおっ、うーみー!」 「じゃなくて河でしょ」
ゴンドラ的な船には何回か乗ったことがあるが、中型帆船は初めてだ。
中型といっても、ゴンドラよりずっと大きくて、見える景色も全然違う。
何より、帆船ってカッコいいよな!
舳先の方に立つと、目の前に広がるのは、明るい陽射しでいっぱいの空。そして、船が作る白い波。
さぁさぁと吹く河風が気持ちいい。
犬たちも甲板で楽しそうに追っかけあいっこして遊んでいるし、サクラとエリザ、それにエルミアさんは、NPCとベンチに座ってゆったりお茶をして楽しそうだ。
うっかりエルミアさんを誘っちゃって、しまった、とか思ったが……
みんな仲良くできて、本当に良かったなぁ!
だが、しかし。
俺がここでしたいのは、お喋りではない。
帆 船 !
カホールくんこと、ちっちゃいドラゴン!
2つを掛けて、何と解くか、といえば。
答えは 『海賊船船長』 しか、ないよねっ!
(コスチュームを用意しておかなかったのが残念だ)
肩にカホールを載せて舳先ギリギリまで行き、空を見つめて両腕を水平に開く。
「おおおお…… タイタニック!」
このポーズをこう呼ぶのは、200年以上前の映画の影響らしい……
こんな言葉が残るくらいだから、きっと名作だったんだろうなー、と遠い昔に想いを馳せるのも、また、良いもので……。
と。俺の腰に。
背後から、誰かの手が添えられる感触が、あった。
誰だ、こいつは。
せっかく気持ち良くタイタニックしてるのに、余計な…… いやいやいや。
きっと、うっかり船から落ちないようにサポートしてくれてると、そういうことだな!
しかし、誰だ。
――― 密着してる胸に柔らかさがないことと、俺よりも身長高いことから、これは、NPC (ミシェル以外) だな。
そして……。
「タイタニックは、正確にはこうです」
そんなことも知らなかったんですか、と毒舌を吐いて、サッと離れていった背中は ―――
――― ジョナス。お前、いったい何したかったんだ?
この後、ミシェルとエルミアさんが 「わぁぁん! ボクもタイタニックする!」 「あたしも、あたしも!」 と騒ぎ出し、なし崩しに皆でタイタニックしあって遊んでいるうちに、船は自然公園最寄りの桟橋に着いたのだった。