9-6. 嘆きの竜と学生食堂(2)
「えっとー…… あ、名前! まずは名前だよな!」
「エリちゃんだな!」 「いやよ、あたくしと一緒じゃない」
「じゃ、レマちゃんはどうですか?」 「……悪くはありませんが、やや安直な印象も受けますよ」
「砂漠谷ケンジはどうだろう」 「意味的にどうなんだよ。んでもってケンジはどっから出た」
5月8日、初の授業参加を終えた後のお昼。
VIP専用食堂で高級フルコースな昼食を囲みつつワイワイと話し合う、俺、エリザ、サクラ。そして、NPCイケメン貴族の面々。
(やっぱり味覚と金銭、ダブルの誘惑は断り難い件)
話し合いのテーマは、なし崩しに俺たちの仲間になったっぽい 『嘆きの竜』 の処遇についてである。
なんでも、さっきの熱烈な口チュー (とは認めん!) で、俺と 『嘆きの竜』 は、使い魔契約とやらを結んだらしいんだが……
ドラゴンがその気になったのは、たぶんジョナスの翻訳のおかげだろうし、使い魔は珍しいから皆も飼いたいよね、ってことで、 『皆で飼おう』 というところに落ち着いた。
基本は、俺、エリザ、サクラのうち誰かが預かり、誰もログインしていない時はエルリック王子たちに面倒を見てもらう。
「では、採決をとろう。いずれかで挙手してくれ」
優雅に 『スズキのポワレ 柚子のソースを添えて』 を食べ終わり、司会をしてくれるのはエルリック王子。
……さすが動物好き、紛れもなく嬉しそうだ。が。
「そういうのはさー、本人に選ばせた方がいいんじゃない?」
何しろ、よく分からないけど言葉が話せる竜なんだから!
好きな語感とか、きっとあると思う!
「それなら、むしろ元々の名前があるんじゃないか?」
と言うのはイヅナ。
「「「「「「……確かに。」」」」」」
俺たちの声が図らずも重なり、とどのつまりは、本人に名前を聞こうということになったのだった。
「マ・シムハ?」
「…… カホール…… カホール……」
ジョナスの問いに、ドラゴンくんはルビーの涙をザラザラ流しながら答える。
どうやら、 『嘆きの竜』 とは、ずっと泣いてるからそう名付けられたようだ。
別にいつも悲しいわけじゃないのかなー、と、ちょっとホッとする、俺である。
「カホール、意味は 『青』 です」
「まんまじゃん!」
「かつてのヘブライ語圏の辺りでは、青と白は聖なる色なのですよ」
ジョナスの説明に、俺はドラゴン…… 改めカホールをまじまじと眺めた。
光の加減で、このゲームで初めて見た、海の色にも空の色にも染まる鱗。
純白の、翼。
確かに、神々しい……っていうのかな。ただキレイなだけじゃなく、なんか特別感がある気はする!
こんなドラゴンを一発で呼んでもらっちゃうなんて、俺、すごいなー!?
実は裏ステータスで、相当高い幸運値とかあるんじゃないの?
「じゃ、カホール。これから、よろしくな!」
挨拶代わりにスズキのポワレの切れ端を差し出すと、ドラゴンの小さな口が一気に大きくなった。
ぱくっ……!
一瞬黒い舌と鋭い歯が見え、獲物を咥え込んですぐに閉じる。なかなか豪快な、食べっぷりだ。
「タイーム…… タイーム……」
おおっ。
カホールの涙が、ルビーからオパールに変わったぞ!
もしかして、嬉しいとか美味しいとか、そういう感情で涙の色が変わるのかもしれない。
これからしばらくは、要観察だな!
「ほら、これも!」
今度は、『旬のそら豆のポタージュ』 をスプーン一杯にすくって、カホールの口の前にもっていってやる。
「タイーム……」
「おおっ、そうかー、美味いか、良かったなぁっ!」
はっはっはっ、と大人物ぶって笑ってしまうほど、気分がいいぞ。
――― 意思の疎通も、どうにかできそうな気がしてきたしなー!
要はアレだ、言葉が通じない時は、身ぶりと表情と気合いと信頼だな。
加えてカホールには涙の色がある。
これすなわち。
伝わらない方がおかしい件……!
「はっはっはっは…… お姉ちゃんに任せなさーい!」
すっかり気分が良くなった俺は、この後、その場の全員の口にスプーンをつっこんで回ったのだった。