9-2. 授業を受けよう(2)
召喚術・初級の教室は、意外なことに…… 普通の教室だった。
もうちょっと、アニメで見るような感じの、魔法陣がバーンと真ん中にある広い部屋、みたなのを予想してたんだけどな。
――― もちろん、こんな風に机・椅子が並んでたりはしなくて。
適当に空いてる席につき、キョロキョロと辺りを見回す。
エリザは実践魔術・上級に、サクラは音楽に。それぞれ別の授業を取っているために、今回は俺ひとりだ。
――― 誰か顔知ってる子、いないかなー。
教室の中に人はいて、ざわざわしているのに、なんでだか顔は表示されないし、何を言っているのかも良くわからない。
「ううっ…… 人がいるのに、寂しい。いや、人の中だからこそ、寂しいっ!」
「くぅん……」
ぼやくと、チロルが宥めるようにペロペロと脚をなめてくれた。
【ゲーム内のプレイヤーは、お祭りを除き、同時刻同場所にいる、交遊関係のある人しか表示されないようになっているんですよww】
「どうして……っ!?」
【余分な混乱や諍いを防ぐためですw】
なるほど。
日常系ゲームだからこそ、プレイヤー同士のトラブルはなるべく避けたい…… ってところ、なんだろうな。
「でも、寂しいんですけど…… せめてNPCとかいないの?」
【イケメン・スパダリな皆さんですからww 上級か音楽・美術の授業にしか、参加されませんww】
「なるほどなー…… じゃあ、早く追いつかなきゃな!」
【頑張ってくださいwww】
チロルとの会話が途切れた時。
「あっ、ヴェリノさんっ! 奇遇ですね」
透明感のある声が、話しかけてきた。
――― 若草色の髪と尖った耳の、キレイ系な美人さん……!
足元にはガイドなんだろう、毛が長くてほっそり上品な顔立ちのコリー犬が、お行儀よく両足を揃えて座っている。
「おおっ! エルミアさんさん!」
ちょうど、ぼっちで泣きかけていたところだ。そんな俺にとって、彼女はまさに……
「女 神 降 臨 っ !」
俺の発言に、エルミアさんさんはコロコロと笑った。
「やだもう、ヴぇっちったらぁ、お上手なんだからぁっ」
「あの…… ヴぇっちって、俺のこと?」
「ほかに誰がいるのー! あ、あたしのことは、ルミたんって呼んでね。こっちはガイド犬のナスカくんだよっ」
エルミアさん、だから ルミたんね! と、言わずもがなの説明をされる。
「おう、改めてよろしくな、ルミたん! ナスカくん!」
「はーい、よろしくねーヴぇっち」
「…………」
どうやら寡黙なタイプらしいガイド犬が見守る中、俺たちは握手を交わす。
そのまましばらく、お喋りをしていると……
「うぉっほん!」 と咳払いしながら誰かが入ってきた。
丸い耳と膨らんだしっぽ。柔らかな、焦げ茶色の髪に、丸い顔。
丸い大きな瞳。
――― 年の頃は、7・8歳くらいか。
【タヌキ型獣人です。あれでもオトナですよww】
チロルがコッソリ解説してくれなかったら、新しい攻略対象なのかと間違えるところだったぜ……!
オトナってことは、このクラスの先生かな?
ちっちゃい耳をぴょこんと立てて、また 「うぉっほん!」 と似合わない咳払いをしている。
「ワシは、召喚術のクラスを受け持つ、ショータロー先生なのじゃ。よろしくなのじゃ」
おおおおっ、なんだか口調が偉そうなのじゃ……!
以前、祖母が 『学級崩壊』 とかいう現象について話してくれたことがあったけど、こんな先生のクラスでは、起こらなさそうだ。
反抗したら泣いちゃいそうだもんな!
「先生? まじ先生!? きゃー♡」
かーわーいーいー! と、エルミアさんも悲鳴を上げて喜んでいる。
「ねーねー抱っこ! 抱っこさせて! スチルも撮らせて!」
猛然とタヌキ耳の少年に突進する…… が。
ひらり。
小さな身体をひねり、急な攻撃を躱すショータロー先生。
鮮やかな、身のこなしだ。
「こら! いきなりオプションに行っては、ダメなのじゃ! 抱っこもスチルも、勉強の後なのじゃ」
「まじですか!? まじですね? 約束しましたよ!? オトコとオンナの約束ですよ? 破ると泣いちゃいますよっ!?」
鼻息荒く、詰め寄るエルミアさん…… その気持ちは、わかるなぁ。
「俺も、俺も!」
ここは乗っかるのが正義だぜ……!
「抱っことついでに耳カイカイもさせてー!」
「うぉっほん! とにかく、授業なのじゃ。それ以上騒ぐと……」
にやり、とショータロー先生の口許が歪む。
「永久に合格点は、つけてやらぬのじゃ……!」
「「あっ、はいスミマセンでした……」」
教室ではワシが法律なのじゃ、と胸を張る、どう見ても7・8歳のタヌキ型少年に、俺とエルミアさんは、しおしおと詫びを入れたのだった。
「では、授業を始めるのじゃ」
ショータロー先生が、紙やカッターナイフなどがゴチャゴチャと入った透明な袋を空中から取り出し、俺たちに配る。
「ショータロちゃん…… じゃなくて、ショータロ先生! それ、何ですかーっ?」
エルミアさんの問いに、たぬき型の少年は、丸い顔にニヤリと黒ずんだ笑みを浮かべて答えた。
「砂絵セットじゃ……!」
「わー、楽しそうだなー!」
「センセ、ナイスセンスじゃん!」
口々に誉める俺とエルミアさんだったが……
『召喚術』 は、いったいドコに行ったのじゃ……?
9/13 誤字訂正しました! 報告下さった方、ありがとうございます。