8-6. 後夜祭(6)
「……婚約破棄を宣言する―――!」
エルリック王子の言葉がマイクをとおしてあたりに響き渡る。
それまでザワザワしていた会場が急激に静まり返った。
ぱぱぱぱぱぱぱんっ!
小さな花火が夜空に連続で開く音だけが、やたらハッキリと聞こえてくる。
が、誰も夜空を鑑賞なんてしていない。みんな、固まっちゃったからだ。もちろん、俺も。
―― えーっと……
―― 婚約破棄って、あの婚約破棄ですよね?
―― エリザが 『華々しく婚約破棄されて、あなたなんか元からお呼びじゃないのよ、的に腰が抜けるほど罵り返す』 とかプランニングしていた、アレですよね?
―― えーと、エルリックよ。なんで、今!?
―― 俺たち今、とっても仲良く、楽しくおしゃべりしてたよね……!?
おかげで、司会のピエロさんも、エリザやサクラまで、フリーズしちゃってるよ!
俺だってリアクションできないからね、これ!?
俺は、ひそひそ声で足元のガイド犬にきいてみた。
(ねえねえチロル、婚約破棄って、後夜祭のスケジュールに入ってんの?)
(ぅおんっ) チロルの鳴き声も、小さめだ。
【そんなわけありませんってww 婚約破棄・断罪イベントは学年末のパーティーで、と決まってるんですから。
エルリック王子は間違いなく、やらかしてますww】
と、ここで司会がハッと我に帰ったようだ。
ピエロらしくわざとらしいポーズでよろめいてみせつつ、陽気な声を張り上げる。
<<おおっとぉっ! これは、突然の告白ぅぅっ!>>
しーん、としていた会場が、またザワザワしはじめた。魔法が解けた感じだ。
<<エルリック王子ぃぃっ! その心境など、うかがってもよろしいでしょうかぁっ!?>>
エルリックがうなずき、しっかりと前を向いた。マイクをにぎりしめる手。覚悟を決めた、目。
「私は、真に愛する女性と、誠意あるお付き合いをしたいと願っている」
ここで、ひと呼吸。
「私は、プログラムに反しても! 2度と不実な真似は、しない――!」
エルリックは叫ぶように言った。今までで、いちばん大きな声だ。
<<………………>>
……………………。
あらら。司会と会場、両方ともノックダウンされちゃったみたいだ。
どうも 『プログラムに反して』 が衝撃的だったらしいな。
―― どーすんの、これ。
―― シンギュラっちゃってるよ……
というみんなの戸惑いが、伝わってくるなあ……
ま、そのプログラムがめっちゃ迷惑だった俺としては、エルリック王子の宣言は、大歓迎なんだけどね!
しかし、このまま場をフリーズさせておくわけにもいかない。
この場をおさめるのって、いったい、どうしたらいいんだ……?
脳ミソをせいいっぱい回転させた結果。
俺が思いついた手段は、ひとつだけだった。すなわち ――
エリザをその気にさせて、たっぷりとエルリック王子を罵ってもらうしかないだろう!
予定より時期が早くなってしまったが、頑張れエリザ!
よし、じゃあまずは、エリザを覚醒させなきゃな。まだ、ガチガチに凍ったままだから。
俺はエルリックのほうに手を伸ばし、マイクを譲ってもらった。
こういうときには、ツッコミから入ると空気がほぐれるはず。たぶん。
「―― とはいってもさ。 『一方的に婚約破棄』 とかがまず、不実のカタマリだろ? どーですか、エルリックさん?」
「それについては、言い訳のしようもない。誠に申し訳ないと思っている」
おお、エルリック、なかなかキリリとした返答。
「だが、これ以上の不実を重ねないためには、今、婚約破棄すべきと判断したのだ。
―― 私はもう2度と、プログラムの赴くままに不特定多数の女性に思わせ振りな態度を取らないと、ここに誓う! そのほうが、プレイヤーのみなさんも、このゲームをより、楽しめるのではないか?」
なるほど。
この後夜祭での婚約破棄宣言は、運営対策か……!
大勢のプレイヤーの前でこんな宣言すれば以後、エルリック王子は注目され、運営としても気軽に改修できなくなる。
プレイヤーたちを味方につけることができれば、ますます、改修はしにくくなるだろう。
―― さすが、王子サマだな。本祭でサクラにフラれたことにショックを受けただけでは終わらなかった。
これ以上プレイヤーたちにイヤな思いをさせないために、自分から立ち上がったんだ。
「なるほど! 並々ならぬ決意だな!」
俺は再び、エルリックからマイクを受け取る。なんか漫才の配信者になった気分だ。ま、ネタはそこまで面白くないけどね!
「しかし! 俺たちの友だち、そして大将たるエリザさまに、その態度は! ちょーっと以上に問題じゃないか? どーですか、エルリックさん!?」
そろそろエリザ、この悪役令嬢・婚約破棄コースを選んだ当初の志に戻って、王子を罵り倒してほしいんだが…… だめだ。
まだ、呆然としてるみたいだ。
口元を隠した扇の上の、青紫の瞳にはなんの感情も浮かんでいない。
「エリザ…… 本当に、申し訳ないと思っている」
エルリック王子は沈痛な面持ちでエリザに向かって頭を下げた。
「君には、まったく落ち度はない。ひとえに、私の不徳のいたすところだ」
「…………」
エリザ、まだ無言だ…… 頭と気持ちの整理が、つかないんだろうな。
エルリック王子は、言葉を絞り出すようにして訴える。
「エリザ、君のことは…… 兄妹のように親しく、憎からず思っていた…… 愛情も、ある…… だが、恋ではないんだ」
「うわっ、イヤなセリフ! どーですか、エルリックさん!?」
「え? ダメか……?」
「それこそわざわざ、人前で言う必要なくない?」
「そっ、そうか……! すまなかった……! 本当に、いくら詫びても足りることではない……! 申し訳ない……!」
エルリック王子、こんなにペコペコと頭を下げるのもおそらく人生で初だろうな。
と、ここで。
やっと司会が正気にかえった。
サンキュー、とばかり俺に目配せし、派手な宙返りで会場の目をひきつける。
<<さ、さぁて! エルリック王子のおっしゃることも一理、あるか!? だが、あまりにも唐突かっ!? さあて、ここで注目の、悪役令嬢! エリザさんのご意見はぁっっ!?>>
エリザの前にずずいっとマイクを突き出す。
「…………」
エリザが、扇をパタン、と閉じた。
―― 大丈夫かな、エリザ。
まさか、泣きはしないと思うけど……
こんな急で、かんだり照れたりせず、無事にエルリックを罵り倒せるんだろうか……?
だが、俺の心配は杞憂ってやつだった。
<<おおっ、不測の事態にも関わらず、この落ち着きっぷり……! さすがは悪役・公爵令嬢ぉぉぉっ!>>
エリザは、堂々とほほえみ、舞台の上でバレリーナとかがするような、片足を一歩後ろに引くキレイなお辞儀を披露してみせてくれたのだ。
強いな、悪役令嬢!
マイクを受け取ったエリザはエルリックに対して 「ふっ」 と斜め上から目線を決めた。
「エルリック王子」 呼びかける声も、よく通っていて滑らかだ。
エリザ、完全復活、かな?
これは、この場をなんとかしてくれるって期待できそう! 頑張れエリザ!
「このように公衆の面前でわざわざ婚約破棄を宣言なさるだなんて! あたくしに恥をかかせるおつもりかしら?」
「いや、そんなつもりは」
「あら! では、ただの考えナシなのかしら!? それとも悪意でもあるの? 信じられない仕打ちですわね!」
「いや、悪意など…… いや、だが、たしかにひどかった…… まことに、申し訳ない」
「そもそも、あたくしという完・璧な婚約者がいながら、ほかのかたに心移すというのが、ありえないのではなくて?」
「だからそれは、プログラムに従った結果なのだ。わかってほしい、エリザ。今後は2度と、しないから……」
「はっ! プログラムに振り回されるなら、人間である必要ないのではなくて!? 運営さんに頼んで、ペットのチンパンジー型にでも外見を改修されたら、いかが?」
「だ、だから、もう2度とプログラムには」
「だまらっしゃい!」
おおう、エリザ、カッコいい!
「王子。そちらの落ち度で婚約破棄なさろうというのに、事前に打診の1つもなく、いきなり宣言だなんて、片手落ちも良いところね? いくら謝ってもらっても誠意のカケラも感じられないわ?
いえ、むしろ 『謝ればそれで済む』 的な爛れた精神を感じましてよ。
誇り高き王族のなさることとは、と・て・も! 思えませんわね」
ここで再び扇を広げて顔を半分隠し、明後日の方向を見つめつつ、ボソッと 「やはりサル、いいえイタチかしら」 と呟くエリザである。
いや、なかなかの切れ味だな、エリザ!
急だったとはいえ、これだけ罵りつくせたら、もう思い残すことはないんじゃないだろうか。
で、さて。
エルリックのほうは、どうするのかな――?
不謹慎だけど、なんかワクワクしてきちゃった! ほんとゴメン!
でも、俺だけじゃないと思う!
会場のみんなもほら、王子がどう返事するのか、待ってるし?
ちょっとつついただけでも、弾けそうな緊張感。そんなものが、会場全体を覆っている。
ひゅるるるる…… どぉぉんっ!
ひゅるるるるる……どぉぉぉんっ!
花火の音だけが、やたらと大きい。
だが、エルリック王子は、エリザのイタチ発言に、よりしょんぼりしただけらしかった。
重々しく告げられたのは、俺たちの期待を裏切る、当たり前すぎる謝罪だったのだ。いやまあ、エルリックらしいとは思うけど!
「すまない、エリザ。この償いは、必ずするから」
「どうやって?」
うっ、とエルリックが詰まった。
そうだよなあ。
こんなの、普通に考えて償いきれるもんじゃないしな……
俺はエリザに小声で呼びかけた。
(エリザ、その辺は、あとで考えない? あんまり引っ張っても)
(ふっ…… 余計なお世話よ、ヴェリノ!)
エリザも小声で返して、不敵な笑みを浮かべる。
「そうね…… 本気で、あたくしに悪いと思っているのなら」
エリザは扇の先で、ビシリと俺の足元をさした。チロルの隣の、ちょうど人ひとりぶん立てそうなスペースだ。ちなみに、俺の真ん前。
―― え? つまり、俺??
「いますぐに、ここに、ひざまずき!」
―― え? エリザ? 何言ってるの? エルリック王子むかって? そんなこと言っちゃったから、ほら…… 王子の腰巾着がキレて、にらんできてるよ!? こわっ……
「そして、貴方の意中の人に、永遠の愛を誓うのね……!」
―― や、やめて! エリザ!
こんなところで、いきなり俺に、振ってこないで……!
ぱぁぁぁんっ! ぱんっぱんっぱんっ……
賑やかに開く夜空の華をバックに。
俺は心のなかで叫びまくったのだった。
いま要らない! 永遠の愛とか要らない!
俺は、のんびり学園生活送りたいだけ……!
―― なんでドヤ顔なのかな、エリザ……




