8-6. 後夜祭(6)
「……婚約破棄を宣言する―――!」
エルリック王子の言葉がマイクを通して会場中に響き渡ると、それまでザワザワしていた運動場は、数瞬、しーん、と静まり返った。
ぱぱぱぱぱぱぱんっ!
小さな花火が夜空に連続で開く音だけが、やたらハッキリと聞こえる。
えーっと、と、考えてみる俺。
――― 婚約破棄ってあの婚約破棄ですよね?
エリザが 『華々しく婚約破棄されて、あなたなんか元からお呼びじゃないのよ、的に腰が抜けるほど罵り返す』 とかプランニングしていた、アレですよね?
えーと、なんで、今なんでしょうか?
俺たち、何も喧嘩してませんよね?
というか、とっても仲良く、和気あいあいとしてましたよね?
それとも、元から、そういう予定だったんでしょうか? ……にしては、司会のピエロさんはもちろん、エリザやサクラまでが、フリーズしちゃってますけど。
俺だって驚きすぎて、いつものノリ忘れてますよ、はい。
【当然、予定外ですともww 本来なら、婚約破棄・断罪イベントは学年末の舞踏会、しかも王子がヒロインにプロポーズしてから、と決まってるんですから。
……前に、あなたから運営に断りを入れてなければ、エルリック王子は間違いなく改修されるレベルですよwww】
チロルが小さくクンクンクン、と鼻を鳴らしながら俺の脚をペロペロなめて、ピエロがハッと我に帰ったように陽気な声を上げる。
<<おおっとぉっ! これは突然の告白ぅぅっ! ……その心境など、伺ってもよろしいでしょうかぁっ!?>>
しーん、としていた会場も、魔法が解けたかのように、再びザワザワし出した。
「私は、真に愛する女性と、誠意あるお付き合いをしたいと願っている…… 私は――― 」
さっきよりも大きくなったざわめきの中、エルリック王子が声を張り上げる。
「2度と不実な真似はしない―――!」
<<………………>>
……………………………………。
司会と会場が再び、固まる中。
「――― そもそも、『一方的に婚約破棄』 とかがまず、不実の塊だろ?」
とりあえず、ツッコミを入れる俺であった。
「それについては、言い訳のしようもない。誠に申し訳ないと思っている」
キリリとした表情で返す、エルリック王子。
「だが、これ以上の不実を重ねないためには、今、婚約破棄すべきと判断したのだ……!
――― 私はもう2度とプログラムの赴くままに、不特定多数の女性に思わせ振りな態度を取らないと、ここに誓う……!」
なるほど。
――― どうやらエルリック王子は、本祭でサクラにフラれたのが、余程ショックだったらしい。
つまり、エルリックなりに考えて、『これ以上プレイヤーたちに嫌な思いをさせない』 ために、まずは婚約者との関係を精算しようとした…… といったところだろうか。
…… 問題は、エリザだけど。
もともと悪役令嬢・婚約破棄コースを選んでいて、最後は婚約破棄になる運命だったとはいえ……
いきなり言われて、大丈夫かなー?
「エリザ…… すまない」
エルリック王子が一転、沈痛な面持ちになり、エリザに向かって頭を下げる。
「君には全く落ち度はない。ひとえに、私の不徳のいたすところだ」
「………………」
当のエリザはといえば、やはり、予定外の婚約破棄宣言に戸惑っているらしい。
扇で口元を隠し、エルリック王子をじっと見詰めているが、その目には何の感情も読み取れなかった。
……まだ呆然としてる、ってとこか。
「君のことは…… 兄妹のように親しく、憎からず思っていた…… 愛情も、ある…… だが、恋ではないんだ」
「………………」
「本当に、いくら詫びても足りることではない……! 申し訳ない……!」
<<さ、さぁて! 余りにも唐突な宣言ですが、エリザさんのご意見はぁっ!?>>
マイクを向けられたエリザが、扇をパタン、と閉じて胸元に仕舞った。
瞬間、目をつむる俺である。
……どんな顔をしてるんだろう。
泣いてたら、見ていられないぜ……!
ところが。
<<おおっ、不測の事態にも関わらぬ落ち着きっぷり……! さすがは悪役・公爵令嬢ぉぉぉっ!>>
司会の台詞に、おそるおそる目を開けて、みると。
――― なんと、その顔に浮かぶのは、堂々とした笑み。
マイクを受け取ったエリザは、滑らかにまくし立てていた。
「ふっ…… このように公衆の面前でわざわざ宣言なさるとは…… 良識のなせる業とは到底、思えませんわね?」
「……うっ……確かに、その通りだ……!」
「そもそも、あたくしという完・璧な婚約者がいながら、ほかの方に心移すなど…… つまりは100%、そちら様の落ち度ではなくて?」
「……だから、謝っているだろう…… いや、謝って済む問題ではないが、しかし……!」
「そちらの落ち度で婚約破棄なさろうというのに、事前に打診の1つもなく、いきなり宣言とは…… 片手落ちも良いところね? 誠意の欠片も感じられないわ?
いえ、むしろ 『謝ればそれで済む』 的な爛れた精神を感じてよ。
誇り高き王族とはとても思えませんわね」
ここで再び扇を広げて顔を半分隠し、明後日の方に目を遣りつつ、ボソッと 「あさましい」 と呟くエリザである。
――― どうやら、予定外は予定外として 『逆に罵り倒す』 プランを実行することにしたようだ。
さて、エルリック王子の反応は……?
王子の返事を待って、会場の静寂と緊張は、半端なく高まっている。
ひゅるるるる…… どぉぉんっ!
ひゅるるるるる……どぉぉぉんっ!
花火の音だけが、やたら大きく聞こえるなぁ!
――― 華やかな虹色の光の粒が、大きく夜空を彩るその下で、エルリック王子は重々しく口を開いた。
「すまない。この償いは、必ず…………」
「だったら……」
すぱん、と扇を閉じるエリザ。
「今ここで跪きなさい!」
扇の先は、ビシリとエルリック王子を指している。
(それを睨むジョナスの目が怖い)
「そして、貴方の意中の人に永遠の愛を誓うのね―――!」
ぱぁぁぁんっ! ぱんっぱんっぱんっ!
賑やかに開く夜空の華をバックに、俺は 「なに言ってんだよ、エリザ!」 と叫んでいた。
――― だって、もしかしなくても、これって。
完全に、俺に矛先、向いちゃってるよね……!?