8-4. 後夜祭(4)
ミシェルと飲み物の行列に並ぼうとすると、前に並んでいた若草色の髪に尖った耳の女の子がニコッと笑いかけてきた。
「あ、ヴェリノさん! 軍服カッコ良かったです!」
「おおっ、屋台ではありがとうな!」
確か焼そば屋台で一緒にスチルを撮った子だ、と思い出してお礼を言うと、こちらこそー、とニコニコしてくれる。
「ヴェリノさんのグループ目立ってましたよー! 一番じゃないですか?」
「そっかなぁ……!?」
「表彰式が楽しみですね」
おっ、もしかして俺たちのグループも何か賞が貰えたりするのかな?
気合い入ってたもんね、とちょっとニヤけていると。
「ヴェリノ、ミシェル! こっちだよ」
数人ほどとばした前の方からエルリック王子が手を振ってくれた。
「ここは私たちで間に合っているから、イヅナを助けてくれ」
「イヅナなら大丈夫そうですが」
と、あくまで冷静なジョナスの目線を追って食べ物コーナーの方を見れば……そこには。
食べ物の容器に埋もれたイヅナが、慎重な足取りで移動していた。
腕に唐揚げとポテトの入ったバケツを下げ、片手に箱を3つほど重ねて支えている…… おそらくあの形状は、一番下がピザ、次がおにぎり、次がサンドウィッチに違いない。
そして更に、空いた片手でパスタの入った箱を取り、上に重ねて……
「あれ、大丈夫っていうか?」
「まだ持つ予定みたいですけど……」
「確か、おでんまでリクエストしてたな、エリザ」
俺とミシェルが心配しても、ジョナスは 「問題ありません」 と、冷たく言い放つ。
「イヅナはスポーツマンタイプですから。もし、あの程度でバランス崩すとしたら、そちらの方が問題です」
「確かに、私ではあんなに持てないよ」
「持てるようにはお育てしておりませんので」
王子とジョナスの会話からすると、どうやらNPCはタイプによって特技が違う、といったところかな。……ジョナスなら、裁縫か。
(実は焼そば作るのも上手かった)
とにかく手伝う必要なし、と言い切られるが、見た目的に大変そうなので、やはりイヅナを手助けしにいくことにする。
「ミシェルはなんか特技とかあんの?」
「実は数学・科学が得意なんですよ、ボク」
家の中に実験室があるんですー、と嬉しそうに語るミシェルには…… 言わないでおこう。 ――― この世界に数学・科学があったのがビックリだぜ、とは。
さて、そんな話をしているうちに、皿にせっせとおでんを積み上げてるイヅナの元に到着した。
「イヅナ! 俺……アタシも持つ、ワヨ……?」
「おう、サンキュー!」
爽やかに笑いつつ、人数分の卵を皿に入れるイヅナ。
「けど、気持ちだけでじゅうぶん! 女の子に力仕事なんてさせられないからな!」
卵を盛った皿を慎重に慎重に、片手に積み上げた箱の上に置く。
そして。
「お、スマン! コンニャクと大根の皿と、ガンモとジャガイモの皿、順にコッチの腕に並べてくれるー?」
空いてる腕を伸ばして 「手伝いにきてくれて助かったぜ!」 と爽やかに笑われ、俺はしばし迷った。
普段なら即座に 「女の子とか関係ないだろ? 俺も手伝うって!」 と言うところだが、正直いうと、見たい。
――― 果たして本当に、イヅナはそんな曲芸ができるのか ―――!?
「ほらー、はやく! みんな待ってるぜ!?」
「……よし、わかった!」
急かされて、ついに覚悟を固める、俺である。
2つの皿を、傾かないように気をつけて、そっとイヅナの腕に乗せる。
これだけでも結構難しいのだが。
さて、イヅナは……!?
ゴクリと唾を飲んで注目していると、イヅナは真剣な表情でそろそろと動きだした。
「おおおおっ! すごい! イヅナすごいな!」
これだけの量を運んでいるのに、落ちない、傾かない、こぼれない!
「アンタはまさに国の宝だぜ……!」
「それはホメすぎー」
いやいやいや。
こんな芸当してるのに、まだ余裕で照れ笑いしてるとか、もはや。
「もはや、神の領域……っ!」
「もーホメるのうまいなー、ヴェリノは」
「お世辞じゃないぞっ!?」
イヅナと賑やかにやりあってると、俺の腕がクイクイ、と引っ張られた。
見れば。
――― ミシェルが、片手に箱を5つ抱え、片手で俺の腕を掴んでいた。
積み上げた箱のフチから覗く目が、上目遣いに俺を見ている……!
「お、おう…… ミシェルもすごいな!」
誉めると、緑色の瞳が嬉しそうにキラキラした。
んんんんん! 反則だ!
かわいすぎるぞ、ミシェル……!
「アップルパイと、ピーチタルト、イチゴのケーキ、チョコケーキ。それに、シュークリームです」
「おおっ、甘い物かー、気が利くなぁ! それだけあればじゅうぶんだぜっ」
「いえ、まだ、アイスクリームとプリンとゼリーもありますので」
ミシェルは俺の肘を掴んでいた手をぱっと放して、ひらひらさせた。
「こっちの手に、積んでもらえますか?」
「……いや、俺が持つから」
「……っ!」
瞬間的にうるうると潤む、ミシェルの目。
「計算上は大丈夫です。……お姉ちゃんに力仕事なんて、させられませんから!」
……つまりは。
イヅナに対抗心を持ってるんだな、ミシェルのやつ。
――― そんなところも含めて、かわいいぜ!
頭をウリウリしてやりたくなってくるじゃないか、こんちくしょー!
「いいか。お姉ちゃんだって、可愛い妹……いや弟に、大変なコトはさせたくないんだぞ?」
目を合わせて諭してやると、「いいえ!」 とキッパリした返事。
「ボクだって…… 男の子ですからっ!」
――― 俺は、初めて 『キュン死』 という感情を、知ったのだった。