8-2. 後夜祭(2)
「わぁぁっ、おねえちゃん、かわいい! ボクのプレゼントしたドレス着てくれて、ありがとうっ」
「素敵だよ、ヴェリノ。次は、私からのプレゼントを着てほしいな」
エントランスの大時計前。
俺とエリザとサクラが着いたときにはすでに、NPCヒーローのみなさんが待ってくれていた。
ミシェルとエリック王子が、真っ先に口々にほめてくれる。
その横ではイヅナが、デレッととろけた顔をサクラに向けている。
「サクラ、ドレス似合ってるぞ! 妖精…… いや、女神だな!」
「ありがとうございます。エリザさんとヴェリノさんも、素敵でしょう?」
サクラの笑顔の裏に込められてるのは、間違いなく 「ふたりとも褒めなきゃ嫌いになりますからね」 的な圧……
気の毒に、と俺はつい思ったが、イヅナはサラリと 「そのとおりだな!」 と笑顔で応じた。うーん爽やか!
「けど、ヴェリノの脚、出すぎじゃないか?」
あー、やっぱそこ、気になるか……
しかし俺の視界の隅では、ミシェルが顔をくしゃっと歪ませ、小さな口元をふるわせている ―― このまま、この子を泣かせてはいけない!
「うん! カッコいいだろ? ほらほらほら!」
俺は脚をわざとスリットから出して見せびらかした。
ミシェルの表情にぱっとひまわりが咲き、エルリックは微妙に視線をそらしつつ 「そうだね」 と微笑み、イヅナがほおを赤らめつつ 「うー、まあな!」 とうなずく。
ふー、やれやれ。
まあ、スリットくらい、慣れればなんでもないよな。とりあえず、ミシェルが泣かなくて良かった!
と、俺が内心でほっと息をついたとき。
それまで黙っていたジョナスが、氷の…… いや、絶対零度の一言を放った。
「破廉恥な」
「ちょっと待ったあ! 違う! 違うからな、ミシェル!」
「ううっ、おねえちゃん! ボク、ボク、だっ、大丈夫…… センスのない堅物眼鏡になにをいわれたって、ボク…… 気にしないんだからっ」
「ふう…… そうか、ミシェル…… なら」
なら、いっか。
言いかけて、俺は気づいた。
ジョナスの細い銀縁眼鏡の奥の藍色の瞳が 『お前は汚物だ。消毒だ』 と如実に物語っていることに……! ぶるぶる。
学園祭で仲良くなれたつもりだったけど…… やっぱ、こわ!
「調子に乗って、スミマセンでしたっ、魔王様!」
「まったくです。踊り子じゃないんですから、弁えなさい」
わざとらしくタメイキなど吐きつつ、ジョナスがタキシードの内ポケットから取り出したもの。それは……
裁縫セット
だった。まじですか。
「ジョナス! ボクがおねえちゃんにあげたドレスを、どうするつもりなのっ!?」
「…………」
ミシェルの抗議にジョナスは凄まじい流し目で応じる…… 一瞬で、ミシェルの目に涙が盛り上がった。あーあ……
「心配せずとも、良いところは残しますよ…… じっとしていなさい、ヴェリノ」
「ちょ、ジョナス! エルリック、止めてくれない?」
「……すまないが、ヴェリノ、ミシェル。私も、ヴェリノの素敵な脚をそこまで他人に見せたいとは思わないんだよ」
エルリックが肩をすくめて苦笑すると、ミシェルもついに諦めたらしい。
しゃくりあげ、こぶしをふるわせながらも黙ってジョナスの作業を眺めている ――
たしかにジョナスに、ドレスのデザインを台無しにするつもりはなさそうだ。
スリットの腰に近い、もう少しで下着が見えそうな部分だけを、縫い目が表に出ないようにしながら丁寧に閉じていっている。しかも、ものすごいスピードで。
「ジョナス、器用だな! すごすぎ!」
「王子の服のボタンがとれた時など、ヘタな者につけさせるわけには、いきませんからね」
「ふーん。それで慣れてるのか……」
エルリック、ボタンがとれるほど激しい運動したりするときもあるのかな? イメージわかないなあ?
俺が首をかしげる一方で、サクラとエリザはコソコソと話し合っていた。
「こんなこと言わせるから、薄い本が厚くなるってわかってるのかしら、運営」 「むしろ狙ってるんじゃないでしょうか」 「ありうるわね!」
薄い本? が、厚くなる?
意味がわからん。
「激情にかられて思わず引きちぎる冷酷眼鏡…… なかなか美味しいと思います」 「あら、あたくしは誘い受けもありじゃないかと」 「もっと激しく奪って、と懇願するパターンですね」 「そうよ! いったんは遠慮する! けど 『ボタンが飛んでも、きみがまた着けてくれるんだろ?』 とノーブルスマイルで見上げる王子についに理性がふっとび……」
なにを考えてるんですか、俺の友だちは!
こんなこと、ほかのみんなに聞こえてたら、どうするんだ?
「ぅおんっ、ぅおんっ」
【大丈夫ですww 聞こえてませんからww】
チロルがナイスフォローで俺の冷や汗を止めてくれたとき。
ジョナスが針を止め、歯で余った糸を噛み切った。
エリザとサクラ、再び顔を寄せ合ってヒソヒソやっているな。
「…… ほら、みなさいよ、あれ」 「わかります…… 脚に接近するのもスリリングですけど、これが胸ボタンだと……」
あーはいはいはい。
俺も何も聞こえてないことに決めた。
「…… できました」 と、ジョナスが膝をはらいつつ立ち上がる。
「これで、下品なドレスも少しはマシになるでしょう」
「ひっ、ひどいよ! 下品、だなんて! ボク、ボク……!」
ミシェルの大きな緑の目に、再び涙が盛り上がる…… いや、かわいいな! ミシェルには悪いけど!
「大丈夫、大丈夫!」
俺はミシェルを抱っこした。
もちゃっとやわらかくて温かい、幼児のからだ…… これが俺と同じ年齢設定なんて、なんて都合のいいゲームなんだ!
「ほら、ミシェル! こんなこともできるし、閉じた部分はちょっとだけで、まだ全然、かわいいし、余裕余裕!」
「お、お姉ちゃん……っ!」
えぐえぐとしゃくりあげながら抱きついてくる、鳶色の柔らかい髪を俺は片手でくしゃくしゃにする。
うーん癒されるなあ!
「縫う前からそれほど下品でないし、縫った後も似合っているよ」
「うっうう…… ひくっ…… う、うん! ひくっ…… そうだよねっ!」
エルリック王子のフォローで、ミシェルはやっと泣きやんだ。
「じゃあ、後夜祭の会場に行こうか」 と、エルリック王子が俺に腕を差し出した。
ん? なんだ?
と思う暇もなく、ジョナスが俺とエルリック王子のあいだに割って入る。
「王子、庶民はエスコートなど理解しておりません」
その様子を見て、エリザとサクラがまたヒソヒソとやっているが……
俺はもう、感知しない!
「いざ、出発!」 「おう!」
俺がミシェルを肩車して号令をかけると、イヅナがノリ良く腕を振り上げてくれた。なかま!
そして俺たちは、夕焼けの赤がゆっくりと消えていき星がまたたき始める空の下、おしゃべりをしながら後夜祭の会場へ向かっていった。




