7-10. 学園祭を廻ろう(4)
「ねーねージョナス! どっか行きたいとこ、ある?」
「そちらのお好きなところで」
やや西に傾きかけた陽射しが眩しい午後4時過ぎ。
ひたすら媚びへつらった俺の質問に、ジョナスは眉1つ動かさず、そっけなくお答えになった。
the・不機嫌!
―― 射的を教えてくれたりして、少し仲良くなれたと思ったのに……
なんかまた元に戻った感。
どうすっかなー、これ。せっかくの休憩だから、もうちょっと仲良く遊びたいんだけどな。
「体育館でやってる劇とか見たくない? ほら、この 『荒野の初七日』 とか!」
「そちらが観たいのであればご自由に」
「えーと…… あーそっか、興味ないんだ、あはははは!」
俺のわざとらしい笑い声が虚しく響く。
あれ? ここ笑うとこ違うくない?
うーん調子狂うなあ。 『あたぽん = 攻略ボーナスタイム』 だなんて、本当に本当なんだろうか。
俺、空回ってる気しかしない。
「ほら、さっき射的やってたから、ああいうの好きなのかな、と思っちゃったんだよね!」
「別に好きではありません」
「あ、そうなんだ……」
ううう…… 俺、撃沈…… あれ?
―― 射的が好きじゃないってことは、つまり、射的の景品……? まさかジョナスが?
いやしかし! ひとは見かけによらないのかもしれない!
よし、発掘するぞ、ジョナスの 『好き』 を! 仲良くなるなら、まずはここからだ。
「もしかしてジョナス、 『初代まじかるガイド・ちちふさくん』 が欲しかったの!?」
ジョナスの顔筋がぴくっと動いたのを、俺は見逃さなかった。
まさかとは思うが、やっぱりそうなのか……?
ジョナスは本気で、このゲームの最初のプレイヤーのガイド犬だったというもふもふプリティ ♡ なポメラニアンのヌイグルミを!?
もし、そうだとしたら……
ジョナスのイメージが180度かわりそう。
つまり、チャンスだ。
「あっ、まあ、そうだよね! かわいいもんね! ちちふさくん!」
「……… 違います」
「いやいやいや恥じらう必要はないってジョナス! かわいいは正義!」
やっと親近感がわいてきた!
こんなジョナスでも、かわいいは正義! うんうん、よろしい。
俺はジョナスの肩をツンツンつついてみる。
(違うって言ってんだろ、このボケが……)
「うん? いま、なんか聞こえた?」
こほん。
ジョナスが咳払いした。拳を口の前に持っていく仕草が、上品だ。
まさかこんなジョナスが言うわけないよね、 『このボケが』 だなんて。
「―― エルリック王子が 『ちちふさくん』 をコレクションしておられるので」
「…………」
俺は思わず足を止め、ジョナスの顔をまじまじと見た。
たしかにジョナスがちちふさくん好き、というよりは説得力がある……!
けど、ちょっとガッカリでもある。
ジョナスはやっぱり、ジョナスなんだよなあ……
せっかく、ちちふさくんの話題で盛り上がれるかと思ったのに。
「へぇぇぇぇ…… 王子らしいな……」
俺は 『ジョナスがちちふさくん好き』 なほうが、嬉しかったけどね!
「生き物好きそうだもんな、王子」
「ええ。それはお好きですよ」
ジョナスの藍色の目が、銀縁眼鏡の奥で少し和んだ。
まあ ―― ジョナスはエルリック王子が大好き、っていうことで、かんべんしてあげるか!
ジョナスにもちゃんと好きなものがある! ここ重要。
「エルリック王子と犬って、めちゃくちゃ似合いそう」
「ええ。それはもう、お可愛らしいです」
ああ、やっとジョナスとほのぼのとした会話ができている…… (感動)
「あ、もしかして、城にパートナー犬いたりする?」
「いえ…… NPCは犬は飼えませんから」
「えええっ!? なんで?」
「犬はプレイヤーが、必ず飼っていますから。混乱を避けるためです」
「えええっ!? そうなんだ!?」
「はい」
新情報!
―― っていうか、それって差別なんじゃ?
だって、たとえ運営的な都合があったとしても。なんとか対応できそうだよね?
首輪の色をわける、とかで。
「よっし! 俺、運営にリクエスト出すよ! 犬好きなNPCが犬飼えるように!」
「余計なことはしなくてよろしい」
「ええええ!? いい案じゃない!? だってエルリックが好きなワンコと遊びたい放題できるんだよ? かわいいじゃん!」
「………… NPCの職務の範疇外ですね」
「そんなばなな」
ジュラ紀のギャグ2回目がでちゃうよもう!
―― 別にNPCが犬飼ったっていいじゃん。
人はパンのみにて生きるにあらず、とか言うじゃん。
NPCだって、女の子に甘ゼリフ吐くだけじゃ生きてけないかもしれないじゃん!
「うー…… やっぱり俺、運営に……」
「余計なことはしないでよろしい」
ジョナスの声が氷点下になった。うっ……
同時に、俺の頭にジョナスのてのひらが軽く触れた ―― あれ? 不機嫌じゃないのかな? どっちだ?
いや、単にホコリを払っただけとか、そう思ったほうが、納得いくような……?
―― ジョナスはそのまま、スタスタと歩いていく。
ジョナスの意思をはかりかねて固まっている俺を振り返り、ひとこと。
「行きましょう」
「って、どこへ?」
「…… あれです」
別にぜんぜん楽しいものじゃないんですけどね。
というニュアンスが感じられる口ぶりでジョナスが指さす方向をみれば、たくさんのノボリがついたバルーン屋根の建物。
そよかぜでかすかに揺れる旗には 『本邦初公開! 幻想生物もふり体験』 とある。初公開、はブラフだろうが。
まあ俺にとって初めてでは、あるんだよね!
チェックしてた店のひとつだから、素直に嬉しい。
よし、ジョナスのことはもうほっといて、俺は勝手にはしゃぎまくることにする……!
「やったー! 行きたいと思ってたんだよな! ありがとう、ジョナス」
「あなたのためではありませんので」
「わかってるわかってる! 王子のためだよね! 俺、エルリックのために幻想生物のスチルいっぱいとってあげる!」
俺は、スチルカメラをジョナスに見せる。
「10枚は撮ってあげるよ! まかせろ!」
「…………」
ジョナスは俺の頭に再び、ちょん、と手を置いた ―― スチル撮影案は、気に入ってくれたのかな? それとも……?
意図をはかる暇もなく、冷たい手が頭から離れる。
そのままジョナスは俺に背を見せてスタスタ歩きだした。
「急ぎましょう」
「あ、待てよ!」
ジョナス、早足すぎるよ!
俺は慌ててジョナスを追いかけながら、ちょっと以上に疑っていた。
――― ジョナスの 『攻略ボーナスタイム』 なんて、この幻想生物もふり体験のノボリみたいなものなんじゃないか、と……
つまりは大げさな噂、っていうか。
だってどう考えても ―― 好意値が上がってるなんて、全然思えないよ!
相変わらずジョナス怖いしさ!
「ま、いっか!」
そんなことより、幻想生物との触れ合い楽しみだな!
ドラゴンとか、いるのかな ――
8/6 誤字訂正しました! 報告下さった方、ありがとうございます!