7-9. 学園祭を廻ろう(3)
午後2時からの休憩組は、サクラとイヅナだ。
「行ってきます」 「じゃあ、あとでな!」
手を振るイヅナの笑顔がまぶしい…… サクラと学園祭まわるの、楽しみにしてたんだな、イヅナ。
―― その夢、俺が守ってみせる……!
俺はちょいちょいとサクラを手招きした。
「イヅナをフっちゃダメだぞ、サクラ…… あんなに嬉しそうにしてるんだから」
「でも……」
「あのな、エルリック王子は、まだハーレム野郎の自業自得だから仕方ない…… だがしかし! イヅナは、サクラのことが好きなんだからな!」
「だからこそ、早く切っといた方がいいですよ」
「うっ…… 正論!」
だが…… せめて今日だけでも!
俺は、これ以上、気落ちする仲間を見たくない……!
「―― サクラは、イヅナのこと嫌いなの?」
「いいえ? けど、今は、ヴェリノさんの逆ハーレム作り優先ですから」
「3人以上でいけるんだろ? じゃあ、イヅナはサクラのままで、いいじゃん!」
「あのですね……」
サクラが、小さくタメイキをついた。
「3人と4人では、逆ハーレムの重みが違うんですっ!」
まさかの力説。
というか、逆ハーレムの重み、って、何だろう。
重ければいいのか? ――― 押し潰されそうな気しか、しなくない、それ!?
「ヴェリノさんはせっかく、4人を手中にできるチャンスと資格があるのですから、ここは挑戦してほしいところです!」
チャンスはともかく、資格って、なんだ。
悪役令嬢とヒロインの許可ってことかな? それならたしかに、あるけどさ!
「イヅナの気持ちは、どうなるんだよ!?」
「ゲームですから」
「ううっ…… またしても正論!」
けど俺は……
エルリックと話し合って、確信している。
NPCも、プレイヤーと同じに心があるんだ!
じゃなきゃ 『自分の設定がニクい!』 なんてセリフは出てこないと思う。
―― どうやったら、サクラに納得してもらえるんだろう……?
いや、すぐには無理か……
だってサクラにとっては、あくまでゲームなんだから。
いくらNPCと仲良くしてみせていても、それは 『攻略』 であって 『会話』 ではない。
サクラはNPCにも心があるだなんて、全然、信じちゃいないんだ。
―― サクラはいい子だし、一緒に遊んでても楽しいし、もっと一緒に遊びたい。
でも、NPCたちに関してだけは、意見が一致しそうにないな……
よし、こうなったら……
いまから俺は、嘘ツキになる!
「じつはな、サクラ」
「なんですか、ヴェリノさん?」
「俺も、NPC攻略? ちょっと、してみたいかな、って」
「えええ!?」
青い瞳が、まじまじと俺を見た。
「ヴェリノさんが!?」
「うっ、うん…… ほら、ヒロイン公認で、ヒロインのことが好きなキャラを盗る機会なんて、めったにないしさっ」
頼むから、ちゃんと動いてくれ、俺の口。
「こっ、ここは、ちょっと、そういうの、やってみたいかな、ってね……!」
「…………」
サクラ、びっくりしてる。
俺がこんなこと言い出すなんて予想外だったんだろうな。
「だ、だからさ! イヅナは、いまのところ、サクラのことが好きなほうが、お、お、おとしがいがあるよね!」
「…… そういうことでしたら……」
サクラがうなずく。納得してくれたんだ
「良かっ…… あ、と、じゃなくて」
俺は思わず叫びかけて、あわてて取り繕う。
「よっし、サクラ! イヅナはきっと、俺が奪ってみせるからな!」
俺はサクラに向かって、手を差し出した。
「正々堂々と、勝負しよう!」
―― よく言えた俺! がんばったな俺! 偉いぞ俺!
内心で自分をほめまくる俺の手に、サクラの手が、そっと重なった。
「わかりました…… ヴェリノさんの挑戦、お待ちしてますね」
「うん、よろしく!」
俺はがっちりとサクラの手を握った ―― 決まったな。
サクラが手を放し、俺にクギをさす。
「ですが今日は、ジョナスさんの攻略が第一ですからね。イヅナさんは、後日で」
「う、うん…… わかってる」
「では! 一緒に最高の逆ハーレムを作りましょうね!」
「お、おう!」
俺とサクラは再びがっちりと握手を交わしたのだった ――
そして。
サクラはイヅナと並んで、屋台から出ていった。
イヅナ、嬉しそうだな…… よかった。
「さてと! 俺は焼きソバ係だな!」
サクラとイヅナを見送ったあと、俺は鉄板の前にたった。
これから2時間は、なんと、俺が焼そば担当なのだ……!
ついに!
俺が昨日、3時間半かけて鍛え上げた腕前を見せる時が、来た……!
まずはコンロの火蜥蜴に、点火するところから。
『―― 汝が力を我に貸したまえ。
……点火!』
両手を前で交差させ、高らかに呪文を唱えてみる。
ぼぼぼぼぼぅっ!
コンロの中の火蜥蜴は目を大きく見開き、火の息を吐き出した。
「よし!」 と思わずガッツポーズ。
「1回で成功したね」 「おねえちゃん、すごい!」
エルリックとミシェルがそれぞれの持ち場 (お客さん対応と会計) から拍手を送ってくれた。
ジョナスは……
こちらに目もくれず、淡々とポーションを保冷ボックスから取り出している。
やっぱりか……
せっかく1発で点火できたのにな。ちょっとガッカリだ……
と思ったら。
ボソッと冷徹な声が聞こえた。
「その程度で」
「なんだジョナス! 見ててくれたんじゃん!」
「……だから?」
「ありがとな!」
「…………っ」
ジョナスが眼鏡を中指でクイと押し上げつつ、保冷ボックス内のポーションとにらめっこを始めた。よくわからん。
だが俺は、俺の偉大なる挑戦を見ててもらえてたたけでも大満足だ……! ありがとージョナス! 元気でた!
「よし! やるぞ!」
俺は、どでかい焼そば用フォークを両手に構えた。
手順はもう、覚えている ――
鉄板の上で軽く野菜を炒め、上に肉をのせて、かぽん、とフタで覆う。
その隣に麺を載せて、焦げ付かないように底から掬い上げては、落とす。
麺がほぐれたら、野菜・肉と合わせて、ソースで味付けする。
―― ここでも大事なのは、『焦げつかないように底を大きく起こす』 感覚。
やたらと混ぜたり、力を込めたりする必要は、ぜんぜん無いのだ……!
芳しいソースの香りがふわりと漂う。
「よっしゃ…… 俺の屋台焼そば第1弾! ついに完成!」
焦げ付いてもいないし、べちゃついてもいないし、麺が切れてもいない……!
「大 成 功 !」
両手をバンザイさせて叫ぶと、お客さんたちからパラパラと拍手が上がった。
―― って、いたのかお客さん!
拍手までくれるなんて、いいお客さんたちだ!
「一緒にスチルとってください!」
「はい! じゃあ、焼きソバどうぞ!」
ぱちり
受け渡しする瞬間を、エルリックがお客さんのカメラにおさめてくれた。
「ありがとう!」 「はい、まいど!」
焼きソバとポーションを持ってテーブルまで歩いていく俺のお客さん第一号を、手を振って見送る ―― 美味しく食べてくれたら、嬉しいな!
なにしろ自信作だ。
ミシェルが 「かんぺきだね、おねえちゃん!」 と抱きついてきてくれるほどの……
「あら。5歳児の料理よりはマシになったじゃない」 と、めずらしくエリザもほめてくれてるほどの、な……!
俺の焼きソバ、どうか、美味しく食べてもらえますように!
―― そうこうしているうちに、午後3時のメロディーが時計台から流れてきた。
「ただいまっ!」 「みなさん、お疲れ様です…… これ、おみやげです」
イヅナとサクラが休憩から戻り、入れ替わりにエリザと王子が出ていく。
「ほいっ! 食べてみてくれ!」
俺はさっそく、イヅナとサクラに俺作・ウマイ焼きソバを差し出した。
「おおっ、腕を上げたな」 と、イヅナ。
「すごい! 頑張ったんですね」
サクラもほめてくれる。
うーん充実感! 承認欲求がモリモリ満たされちゃう!
「いやぁ! あざます、あざます!」
俺は、ほめてくれるふたりにペコペコと頭をさげつつ、ちらりと思った。
―― イヅナとサクラ、デート上手くいったみたいだな……
午後3時代は、オヤツの時間だからか、またお客さんがちょっと増える。
ウマイ焼きソバを一生懸命に作り、たまのスチル撮影に応じ、サクラ大好きオーラがなんか出てるイヅナと、あくまでクールなサクラを観察し……
と、忙しく働いているうちに、1時間はあっというまに過ぎた。
午後4時のメロディー。
いよいよ、俺とジョナスの2回目の休憩時間だ……
「行きましょう」
相変わらず氷の棒読み×無表情で声をかけてくれるジョナス…… こ、こわい…… じゃなくて!
次は友だちになれると、いいな ――
8/6 誤字修正しました。報告下さった方、どうもありがとうございます!