7-8. 学園祭を廻ろう(2)
「射的、楽しかったけど難しかった! ジョナスはすごいな!? 豪華商品両方ゲット!」
「AIですから」
「またまたー。実力だって、なぁチロル?」
「ぅおんっ♪」
午後1時50分 ―― 休憩が終わるまで、あと10分だ。
なんで、俺とジョナスとガイド犬は焼そば屋台に小走りで戻りつつ、めぼしいお土産をチェックしつつ、雑談、というなかなか高度なことをやっている。
「ジョナスが親切に教えてくれたおかげで、俺も景品ゲットしたしね!」
「いえ…… そちらの短期記憶力と計算能力を考慮せず、余計なことを言ってしまい反省しています」
「まーそれ! 弾丸の軌道計算なんて、すぐにできちゃうAIがすごすぎ、っていうね!」
あのジョナスから 『反省』 ってセリフが出た! てか俺、あのジョナスと普通におしゃべりできてる……!
これも 『攻略ボーナスタイム』 の効果なのかな!?
攻略はともかく、これってジョナスとも友だちになれるチャンスなのでは……!?
うん、だっていまのジョナスは、そんなに怖くないもんね!
―― よし、がんばってもっと仲良くしてみよう!
ふわり
美味しそうなソースの匂いにつられて首を曲げると、たこ焼き屋台があった。
買うでしょ!
「ジョナス、ちょっと待ってて!」
「またそのような庶民の食べ物を」
いや俺たちだって焼きソバ売ってるからね!?
「2パック下さい!」
たこ焼きは1パック8個入り300マル。2パックあれば、俺たち7人でも2つずつ以上ある。
先に、たこせん (1枚100円) も6枚買ったから、所持金の残りは 420マルだ。
「おっ、隣はクレープ、その次はフルーツ飴か…… くぅうううっ、どっちも捨てがたい!」
「いま重要なのは、先を急ぐことです」
「わかってるけどさぁ…… あ、クレープは400マルか…… ふつーに無理だ……」
肩を落としつつたこ焼きのパックをかかえて、さらに隣へ。
「フルーツ飴なら! って、イチゴでも200マルか…… エリザとサクラのだけでも、いいかな…… ねージョナス、どう思う?」
ジョナスの神経質そうな眉が、ぴく、と動いた。
「NPCの中でそこまでフルーツ飴を熱愛している人はいないと思いますが」
「なるほど、それもそっか!」
さすがジョナス! 冷静な判断力だ。
「じゃ、イチゴ飴2つ!」
お金を払って、キラキラする赤い飴のかかった棒つきのイチゴを2つもらう。
財布の中身は20マルしか残ってないけど、気持ちはワクワクでいっぱいだ!
「エリザとサクラ、喜ぶかな!?」
「エリザ様がそのような庶民的なものを喜ぶかは、わかりかねますね」
「たしかに! じゃ、もしエリザがいらなかったらジョナスにあげるね! 今日の記念、的な?」
「遠慮しておきます」
「遠慮すんなって!」
「手作りのイチゴ飴の日持ちは、1〜2日。記念にはなりませんが」
「だってゲームだから大丈夫だろ!?」
ジョナスと言い争いながら駆け足で焼そば屋台へ到着。
ジャストで時計台が午後2時のメロディーをのんびりと流し始める。
―― 屋台のお客さん、さすがにかなり減ってきたな。
イヅナ、エルリック、ミシェルの3人がまだ忙しそうなのは、焼きソバとポーションのせいというよりはスチル撮影のリクエストのせいだ。
大人気だね、イケメンNPCメイドさん!
「たっだいまー!」
「きゃうんっ♪」 「あんあんあんっ♪」
屋台のなかから、真っ先にアルフレッドとりゅうのすけが迎えにきてくれた。
「ぅおん、ぅおんっ」
チロルと、黒い鼻面を合わせて挨拶するモフモフたち…… 可愛すぎる! これもスチル激写しとかないとね。
エリザが会計台から、サクラは焼きソバを作りながら、それぞれに 「おかえりなさい」 と言ってくれる。
「早かったじゃない、ヴェリノ」
「ゆっくりしてきても、良かったんですよ。1時半まで手伝ってくれたんですから」
「大丈夫! じゅうぶん、楽しかったから」
俺は片手に持ったイチゴ飴をサクラとエリザにずいずいっと押し付ける。
「お土産! 1本ずつね」
「わぁ、ありがとうございます」
サクラは嬉しそうに、飴がかかったイチゴをさっそく、口のなかに収納してくれた。
―― 唇が赤く染まり、ほっぺがリスみたいにモグモグ動く…… サクラ、かわいいな!
一方でエリザは……
「ふんっ、こんな庶民的なもの、あたくしが喜ぶとお思い!? ま、せっかくだから? もらってあげないこともなくってよ!?」
「やっぱり!?」
「なにが 『やっぱり』 よ!」
「いや、なんだかんだいいつつ、丁寧にポシェットにしまってくれるところが……」
「ばっ…… ばっ…… そ、そんなんじゃ、ないわよっ!」
エリザは飴をしまうかわりに扇を取り出し、顔全体を隠してしまった…… わかりやすいなあ、エリザ。
スチル撮影が一区切りついたらしく、ミシェルがととととっ、と走ってくる。
「おおっと」
軽くジャンプして抱きついてくるのを受け止めてあげると、ひまわりみたいな笑顔になった。
「おねえちゃんっ! おかえり!」
「ただいま、ミシェル! ほらー! お兄ちゃんが、とってきてあげたぞ!」
ミシェルの手に俺は、射的でとったキャラメルの小箱を押し込んだ。
とたんに、笑顔がひまわりから太陽にグレードアップだ。
「ありがとうっ、おねえちゃん! これ、おねえちゃんがとったの?」
「おうっ。射的でこう、パーン! とね!」
「わぁぁぁぁっ、見てみたかったなぁっ! カッコいい!!」
ジョナスがボソッと 「あのときは腰がひけてましたがね」 とかつぶやいてるが、無視だ、無視。
俺だって、かわいい弟ぶんにはいいカッコしたい。
「さてっと」
ミシェルをおろして、空いてるテーブルに、たこ焼きとたこせんを広げる。
「はーい! みんなにお土産! 好きに食べて!」
「おおっ! わざわざ、どうも!」
イヅナがスチル撮影のあいまにちょっと振り返り、手をあげてくれる。その顔は 『いますぐ食べたい』 だな……
けどお客さんから 「すみません、もう1枚!」 って言われちゃってる。どんまい。
ちょうど、エルリック王子も戻ってきた。
「私たちのために、たこ焼きを……? ヴェリノは本当に優しいね」
おっ、フラれ男モードからかなり回復してるな、エルリック!
―― みんなが盛り上がってくれると、サイフ空っぽにして良かった、って思えてくる……!
まあ、全員、ってわけじゃないけどね。
サクラと焼きソバ係を交代したジョナスだけは、みんなから離れて鉄板前に立って冷酷な目つきでコテを動かしてるから ―― うん、さすが。
俺は残りのたこ焼きをもって、ジョナスの隣に立った。
「おーい、ジョナスも食いなよ!」
たこ焼きを爪楊枝で差し、ジョナスの口元にツンツンしてやる。
薄くて形のいい 『イケメン』 主張してる感じの唇に、青のりとソースがたっぷりついちゃったよ…… ぷぷぷっ……(笑)
―― と。
ジョナスが片手からコテを手放した。
たこ焼き、食べる気になってくれたのかな……?
「って、ジョナス!?」
ジョナスは無表情で、たこ焼き持った俺の手首をがっしとつかむ ――
冷たいオーラが俺を取り巻いた。
周囲には5月の明るい日差しがあふれているのに、俺とジョナスのまわりだけ、なんか霜が降りてるんですけど……!?
さぶっ……
もしかしなくても、怒ってるよね、ジョナス ―― 生命の危機!
「ゴメンナサイ! 調子に乗ってスミマセンっ!」
俺は手首をつかまれたまま、ペコペコと頭をさげた。だがしかし。
「…………」
ジョナスは無言で俺の手をぐぐぐっと押し戻し、口もとにまで、押し上げてくる……!
「うっ……むっ…… ぐぅ……っ!」
俺の口に、押し付けられるたこ焼きは……
ジョナスの唇にツンツンしちゃったやつだよ!
……く、苦しいっ……! いろんな意味で!
「……むぅ……っ!」
たこ焼きが俺の唇を割り、口の中に侵入し、舌と口蓋を蹂躙してくる……!
俺はたまらず、その柔らかで少しソースと青のりが足りないそれを、噛み砕き、喉の奥へと送り込んでしまった……!
「あああ……死ぬかと思った…… でも、美味かった……」
「…………」
大きく息を吐く俺の頭を、ぽんぽん、と軽く叩くと……。
ジョナスは無言のまま、焼きソバ作りに戻ったのだった。
―― お客さんいま来てないのに、いらなくない、ジョナス?