7-5. 学園祭スタート!(2)
午前11時の3分前。休憩に行っていたサクラとエルリック王子が戻ってきた。
サクラが、ほかの店から買ってきたらしいクッキーを紙皿のうえに広げる。
「ただいまです、みなさん。これ、お土産です」
「おおっ、サクラ、ありがと! うまっ……」
俺がさっそく1枚もらうかたわらで、エルリック王子がふわりとほほえんだ。
「次の休憩はエリザとミシェルだね。行っておいで」
―― あれ?
エルリック、なんだか元気ないな……?
「ふっ、言われるまでもないわ!」
「おねえちゃんっ、ぼくもお土産、買ってくるね!」
「ありがとう、ミシェル……!」
俺と一緒に学園祭まわれなくて、かなりへこんでたミシェルだけど…… いまは俺とエリザ、両方の腕につかまってニコニコしている。
俺に気を使ってくれてるんだろう。来年の学園祭はいっしょにまわろうな、ミシェル!
時計台が11時を告げる明るいメロディー。
これからの持ち場は、俺がポーション、サクラが会計担当。エルリック王子が焼きソバ担当で、ジョナスはお客さん対応と全員のサポートだ。
「ほら! 手! はぐれないように、つないであげてよ!」
「ひどいなあっ、エリザさま! ぼくだってもう、おとなだもんっ」
「幼児は黙って言うことをおきき!」
エリザとミシェルが屋台を離れると、俺はエルリック王子をこっそり眺めた。
「王子ですよね? スチルお願いします!」
「すまない、今はちょっと……」
やっぱり、元気がない。
いつも誰に対しても神対応しかしないエルリックが、お客さんを断るなんて……
それに顔つきも、ちょっとドンヨリしてる。
「エルリック、どうしたんだ?」
「いや…… なんでもないよ」
明らかにそれ、なんでもなくないやつ!
このシチュエーション、いつもならキラキラエフェクト倍増でスキンシップを求めてくるとこだよ!? 『心配してくれてるんだね』 とか言って!
「エルリック…… 大丈夫か? 焼そば食う? それともクッキー?」
「…… いや、いまはいい。気持ちだけ、いただくよ……」
エルリック王子はしょんぼりと焼きソバを作り始めた。鉄板のうえで優雅に、だが大胆にコテをひるがえすさまは、さすがNo.1ヒーロー。焼きソバ作ってるだけでサマになっている。
だけど…… 心配だな。
ついエルリック王子が気になって、俺が保冷ボックスからポーションを取り出す手も止まりがちだ。
―― と。
お客さんが途切れたところで、サクラが俺の隣にやってきた。
ポーションを取ってくれるふりをしながら、そっと俺の耳に口を寄せる。
(エルリック王子と、きっぱり別れてきたんです)
「えええええ!?」
エルリック王子以外のみんなが、いっせいに俺を見た。
「あっ、すみません。はい、ソーダ味2本ですね! お会計はあちらで」
お客さんを見送って、俺はサクラに目だけで聞き返す。サクラは (逆ハーのためです) とキッパリ言いきった。
(これからは王子との個人的なイベントには、いっさい参加しません。ヴェリノさんだけを大切にしてあげてください…… って伝えました)
(そりゃ凹むなぁ、エルリックも!)
(いいんです。そもそも婚約者がいながらヒロインに惹かれる設定が終わってるんですから)
(いいかた!)
けど、俺は思う。
エルリック王子が落ち込んでるのは、もしかしたら、こんなことを言わせちゃうほどサクラの気持ちを傷つけた、ってことに対してじゃないのか……?
サクラに持ち場をまかせ、俺はテンポの速いダンスみたいな手つきで焼きソバを炒めている王子の背後から、声をかけた。
「大丈夫か? エルリック?」
「……」 エルリック王子は俺をすっと振り返り、早口でささやく。
「気にしないで、ヴェリノ。すべては私の不徳のいたすところだ」
―― やっぱり。
エルリックだって、自分の設定のク◯さは自覚してるんだよ。
だけどAIだから、基本、設定に逆らおうという知恵がない。
きっといまのエルリックは、こう思ってるに違いない。
『欲望通りにしか動けない、この身が憎い!』
「エルリック……」
俺は王子の孤独な背中をじっと見つめた。
本当は、設定なんかに逆らったって、ぜんぜんかまわないんだ。
だって人間だって…… もしみんなが設定のとおりにしか生きれないとしたら、こんなにリアルで作り込みのすごいゲームなんか、世の中に出てきたりしてないだろうし。
―― 自分の設定に疑問や不満が生まれたら、それは設定に逆らうチャンスなんじゃないかな。
しんどいけど、がんばって。
こわいけど、勇気を出して。
わからなくても、工夫して。
―― エルリック王子だって、そのうち、気づくはずだ。
だって、完璧な王子サマなんだからな!
俺は焼きソバ作りの邪魔にならないよう、腕をのばしてエルリックの背中を軽くなでた。
(エルリックは良いヤツだって、俺もサクラも知ってるよ。エルリックならぜったいに、乗り越えられる!)
エルリックがまた、振り返った。
あっ、と思ったときには、俺の肩に温もりと重みがのっていた。さらさらの金髪が、ほおにあたる。
「きゃーっ!」 「尊い!」 「スチル撮っていいですか?」
お客さんが口々になんか言ってるが、まあ、勝手にしてくれ。
そんなことより、いま俺の最重要は、弱りまくってる友だちを元気づけることだ!
ジョナスがちっ、と舌打ちしつつ、エルリックと俺を押しのけて鉄板の前に立った。サクラはポーションの保冷ボックスを会計台のそばに運んで、会計とポーション、両方やってくれてる。
サクラもジョナスも、俺と同じ気持ちなんだろう。
―― 元気だせ、エルリック……!
俺は肩にエルリックのおでこを置いたまま、その背中に両腕をまわしてハグしてあげた。
「きゃーっ!」 「女装NPCの百合展開!」 「ありよりのありで御馳走さまです!」
ギャラリーからまたしても声があがった。
だが、いつまでもこうしてはいられない。
時刻はもう11時半。お昼時にさしかかって、お客さんが急増している……!
「さっ、俺はポーションに戻る! エルリックもそろそろ気を取り直して、焼きソバ作ろうぜ!」
と、ここでジョナスが、コテを握った手を動かしつつ振り返った。
その表情はまさに、毒入り焼きソバ作成中…… 無理に笑おうとするな、こわいから!
「王子にご負担をかけるわけには参りません。こちらは私ひとりでまかなえますので、あなたは王子をお願いします」
「へ? いいの? エルリック慰めるなんて、ジョナスがしたくてたまらないだろ?」
「バカなことを」
ちっ、とまた舌打ち。
「王子のご要望をかなえることが、私の一番の望みですので。さっさと王子をあちらへお連れして、休ませてさしあげてください」
「でも、サクラがたいへんかなって……」
「わたしも大丈夫です!」
サクラがポーションを取り出しながら、すかさず声をあげた。
「すみません、ヴェリノさん。王子をよろしくお願いします!」
「…… ほんとにいいの? 特にジョナス? そもそも、そんなに俺を信頼しちゃって、いいんですか?」
サクラはもう返事をせず、お客さんの対応にあたってる。
王子をフったらこんなに凹むとは思ってなくて、いまさらながら責任を感じてるんだろうな、たぶん。
いつになくキリッとした表情だ。
で、ジョナスのほうは。
「はやく行きなさい」 と舌打ち。
こっちを見ながら、焼きソバ作りの手だけは正確に動かすという、神技を披露している。
「あなたみたいな単純バカを疑うだけ時間の無駄です」
―― あれ?
ここで俺は、やっと思い当たった。
「ジョ、ジョナス…… お前も……」
「だから、さっさと行きなさい。判断が遅すぎますよ」
これは 『ツンデレ』 なのでは?
ジョナスはエリザみたいに表情が変わらないから、見逃してたけど、間違いない……!
「……ジョナス。これまで誤解しててごめん! ジョナスのこと、こわいひとだと思っちゃってたよ、俺……!」
「いえ、誤解ではありませんね」
素晴らしくエレガントに、かつ猛スピードで出来上がった焼きソバを箱詰めしつつ、ジョナスはピシャリ、と言い放ったのだった。
「あなたなんて、ただの敵でしたから」
やっぱり、ツンデレだ……!




