閑話 4 ~ エリザとサクラとドレスショップ(4)~
【エリザ&サクラ視点】
エリザは知っている。
サクラがせっせとバイトに励むのは、服を買う資金を調達するため、ということを ――
なぜならこのゲームのサクラの役割 = 『ヒロインモードの男爵令嬢』 の小遣いは、最低ランクの週6000マルしかないからだ。
ちなみに最高額は、エリザ ―― すなわち、婚約破棄・断罪エンド付きハードモードでプレイしている公爵令嬢の週18,000マルである。
派手に無駄遣いさえしなければ、高いドレスだって余裕で買える ―― それが、このゲーム 『マジカル・ブリリアント・ファンタジー』 の悪役令嬢だ。リスクをとるぶん、きちんとリターンがあるのである。
だが。
週に6000マルしかもらえないサクラが、いくらバイトしても、買えるわけがない。
30,000マルの値札がつくドレスなんて。
―― いや、必死でお金を貯めれば可能だろうが。
オシャレなサクラには、無理だ。
なにしろ、毎日同じ服を着るのが耐えられない人種なんだから……
だからエリザは、 名残惜しそうにドレスを棚に戻すサクラに、思い切り、上から目線を決めこんだ。
「ふんっ、自業自得ですわね!」
「えへへ…… ですよね」
「そうよ! つまらない庶民服ばかり、バカみたいに買うから!」
「えーっ…… 庶民服も、かわいいですよ?」
「貧乏くさいのよ! いやだこと! サクラといると、あたくしまでミジメさが移りそうですわ!」
「大丈夫ですよ。エリザさんだから……」
「…………」
エリザは思った。
これだけディスってるのに、なんでそんなに、ヘラヘラできるのかしら。
―― こうなればもう。
実力行使しか、ないじゃない……!
「―― 買ってきなさい」
「……え?」
「あら? 耳が悪いのかしら? それともこれが見えないの?」
片手に扇を持って顔の半分を隠し、もう片手に持った3枚の1万マル札でペタペタとサクラの頬をはたく、エリザ。
その目付きといい、態度といい、いかにもヒロインをいびっている悪役令嬢である。
―― 少なくとも、エリザはそう、信じている。
こうした上からの態度でサクラを逆ギレさせ、売り言葉に買い言葉、みたいな勢いで、なしくずしに3万マルのドレスを押しつける……
これが、エリザの作戦なのだ!
―― だが。
「ええええっ……!?」
サクラは、普通に驚いてツッコんでくる。
「いくら公爵令嬢でも、やりすぎですよ!?」
「あら。なんのことかしら」
「フリスビーより0が一個多いんですよ? ……目を覚ましてくださいぃ、エリザさん!」
「ああら、サクラ!?
つまりあなたは、あたくしが、この程度のモノも買えぬと!?」
「いえ、単に、わたしに買ってくれる義理はないかな、って……」
「そんな! あたくしたち、と、とも…… ごほっ、ごほごほっ」
サクラに 『あたくしたち、ともだちでしょうっ!?』 とウッカリ言いかけてしまったことに気づいたエリザ。
あわてて咳きこむ ―― 悪役令嬢としては、ヒロインに 『ともだち』 などと言うわけにはいかない。
けど 『買ってもらう義理はない』 と普通に言われてしまったことは、エリザには悲しかった。
一緒に 『ヴェリノに逆ハーレムを築かせ隊』 を結成したはずの仲なのに……
「とも、じゃなくて、同志、でもなくて…… そ、そうだわ! 『協力者』 よ、サクラ! あなたは、あたくしの協力者じゃなくて!?」
「まあ、そうですけど……」
「よかった…… とかでは、なくて! あっ、あたくしとしては! 協力者がみすぼらしい服を着ているのは! 耐えられませんわっ!」
「えーと、それを言うなら、エリザさん」
「なによ!?」
「わたしも、じつは、エリザさんがいつもパーティーみたいなドレスを着てるの、ちょっと恥ずかしいな、って……」
「なによ! 別によくなくて!? ゲームなんだから!」
「まあ…… 感性の違いですよね」
「うぐっ……」
サクラは、ほほえんだ。
―― エリザには 『みすぼらしい』 と言われても、サクラは庶民の服も気に入っているのだ。
新作をみかけるたび、つい買ってしまったりするせいで、たしかにお高いドレスを買うお金はないけれど……
だからって、見下げられる理由も、お高いドレスをプレゼントされる理由もないはず。
『感性の違い』 は尊重するしかないのだから……
だが、エリザは反撃に出た。
フフン、と鼻で笑いつつ、サクラにたずねる。
「……今着てるワンピース、おいくら?」
「4,000マルですけど」
「ほうらっ! 貧乏くさいわ!」
「だからそれは、感性の……」
「サクラ…… 貧乏くさい服ばかり着てると、感性まで貧乏になってよ?」
「うぐっ……」
こんどは、サクラが黙り込む番だった。
―― ドレス購入をめぐり、なぜだかいま、悪役令嬢とヒロインの舌戦が繰り広げられる事態となってしまっているが……
エリザとしては、サクラが値段ゆえに諦めるのを、見ていられないだけである。
だから、ドレスをプレゼントしたい。
―― 貧乏人だから喜んで施しを受けてくれるだろうとナメていた面も、もちろん、あるにはあるけれど……
ここまでかたくなに断られるとは、正直なところ思っていなかった。
そうなると、エリザとしても意地がある。
(ここは、徹底的にサクラを怒らせ、なしくずしにドレスを押しつけてしまうしかないわね!)
すなわち 『売り言葉に買い言葉』 作戦、続行決定 ――
さらに上から目線でサクラをディスろうと、エリザは深呼吸をした。
そのとき。
「もう、なんでもいいっ! ミシェルの好きなのでいいからっ……!」
「ダメですよ、お姉ちゃんっ! ちゃんと選ばなきゃ……!」
だだだだだっ
奥のVIPルーム (ゲームイベント用) からヴェリノとミシェルが、もつれるように駆け出してきたのだった。
◆♡◆♡◆
【ヴェリノ目線・一人称】
「いやっ、そんなの、やだ! 胸と背中が空きすぎて、なんかイヤ!」
「そっそんなぁ! 試着だけでも、してみようよっ、おねえちゃんっ……!」
「姉になんって服を着せる気なんだよ、ミシェル!」
「だって、アイリスさんがせっかくもってきてくれたんだから! ぜったい、にあうよ! おねえちゃん……!」
ドレス店奥のVIPルームから、エリザとサクラがいる、表のショールームに逃げてきて、なお。
ミシェルは、せいいっぱい背のびして、おれにドレスをあてがおうとしてきていた……!
いや、そんなミシェルは、まじにかわいいよ?
いっしょうけんめいさが出てて、すごく天使だよ?
けど、けどさぁっ!
胸の谷がいまにも見えそうな感じとか、白いレースとか、スリット入りの銀のスカートとか……
―― リアル男子の俺にはハードル、激高いって!
俺とミシェルの争いに気づいたらしい。
エリザとサクラが、こっちを振り返った…… 今度こそ、助けてくれないかな……!?
「「…………」」
だめだ…… エリザもサクラも、無言で見守る姿勢みたいだ。
エリザの目は明らかに 『しのごの言わず、その程度、着こなしなさい!』 って感じだし。
サクラのニコニコ笑顔はぜったい、 『ヴェリノさん。偏見を持たず、まずは楽しんでみませんか?』 って言ってるし……
だが!
たとえ最後のひとりになっても!
俺は俺を、貫きとおすっ! (アニメヒーローふう)
「ミシェル…… おねえちゃんからの、一生に一度のお願いだ……」
ミシェルがあてがってくるドレスをずいっと突き返し、俺は、きっぱりと言った (がんばった!)
「もっと、胸と肩を包めるデザイン、おなしゃす! …… って、なんで泣くの、ミシェル!?」
俺、せっかくがんばって意思表示したのに!
ミシェルが泣いちゃったら、めっちゃ悪いことした気にしか、ならないじゃないか ――!
「うっ、うううっ、ひくっ…… だ、だってっ……!」
ミシェルはしゃくりあげながら、言った。
「せっ、せっかくっ! アイリスさんが、おねえちゃんに、いちばんっ、にあうドレスをひぐぅっ、持っできて、くれてっ…… ぼぼぼ、ぼくもっ! ううっ! にあうって、おもったのにっ! おねえちゃんにっ、こんなにっ、きらわれちゃう、なんてっ…… ひぐっ ぼぼぼ、ぼぐ、ぼぐ、もう、がっこうにっ、いけない……っ」
「い、いや、きらってない! きらってないから!」
「ひぐっ…… ううっ…… ほんと?」
「もちろん! (俺はミシェルが) 大好きだ!」
「おねえちゃんっ……!」
ぎゅうっと抱きついてくるミシェルのやわらかな茶色の髪の毛を、俺はヨシヨシなでた。
ふう…… まさか、ドレス選びでミシェルの気持ちを、ここまで傷つけてしまうとは……
うーん…… ここは、俺がおとなになって、覚悟を決めるべきかな…… うん、どうせゲームでは女の子なんだしね、俺!
「よし、それ、試着してあげる!」
「ほんとっ!?」
いま泣いたミシェルがもう、笑った。
ぱあっと光がさすような笑顔…… うん。
―― お兄ちゃんは、この笑顔のために、だいじななにかを捨てることにするよ……!
俺は、ミシェルが差し出すドレスを手にとり、 『試着』 のボタンを押した。
とたんに店の鏡に映る俺は、シャレオツ? でちょいセクシー? なドレス姿に切り替わる。
「…… あら、ほんと。似合ってるじゃない」 と、エリザがやっと発言した。
「そうですね」 と、サクラもうなずく。
「ヴェリノさんは顔立ちがスッキリしているので、出すとこ出したデザインのほうが合いますね」
とたんにミシェルが、嬉しそうな表情になった。
「それ、アイリスさんも、いってたよっ!」
「うううう……」
俺は鏡のなかの俺を、がん見してみる…… 似合ってる? そうなの?
よくわからんけど……
やっぱ、恥ずかしいなあ、これ……
いったん覚悟は決めたはずだけど、やっぱなぁ……
「タキシードだったら、恥ずかしくても許容範囲だったのに……」
はああああ…… ダメってわかってても、どうしても、ためいきでちゃうよ……
ところが。
「「 そ れ ! 」」
エリザとサクラの目から急に、キラキラエフェクトが飛び出した…… なに?
ふたりとも、いきなり、なにをそんなに興奮してるのっ……!?
「明日の焼きそば! エプロンだけじゃ、いまいち押しもヒキも足りないと思ってたのよね!」
「わかります、エリザさん!」 と、サクラもうなずく。
「売り上げはどれだけ、プレイヤーの女子を呼び込むかにかかっていますもんね」
「そうよ! なんとなくモヤってたのだけれど、男装女子ならいけるわね!」
「そうですね。ついでにセットで、NPCには女装してもらいませんか?」
「ああら! あなたの頭も、ヘラヘラ笑ってペコペコさげるためだけにあるんじゃなかったのね、サクラ!」
「ふふふ。エリザさんの口も、扇で隠すためだけにあるんじゃ、なかったんですね」
「ほほほほっ! これで、ウチが売り上げNo.1になることは間違いないわね!」
「あ、でもそれなら、普通に学ランとか……軍服とかどうでしょう?」
「いいわね! 軍服の方がいいんじゃなくて?」
……す、すごいぞ、ふたりとも。
普段の2倍の早さで口が回転しているな!
しかし、エリザとサクラが楽しそうに盛り上がるいっぽう ――
ミシェルの目には、ふたたび、涙が盛り上がっている。
「ぼくっ、ぼくっ…… お、おねえちゃんは……っ、ドレスと軍服、どっちがいいの?」
「ううううん…… 正直に言うと…… 軍 「うっ、ううううっ、ひぐっ……! ぼ、ぼく…… ぼくっ…… ひぐっ……!」
ああ…… ミシェルがまた、泣き出してしまった。どうしよう……
やっぱりここは、ドレスにしとかなきゃ、どうしようもないのか……
ところが、ここで。
エリザが、つかつかとミシェルのほうに寄っていく…… エリザ、どうする気だ?
エリザは、腰に手をあてて胸をバーンと張り、言い放った。
「ばかね、ミシェル!」
「ひぐっ……!?」
「金持ちなら金持ちらしく、両方、お買いなさいな?」
「……っ?」
「あなたが着せたいドレスも、ヴェリノが着たい軍服も! ついでに、あたくしとサクラのまで買う! そういった太っ腹さを見せてこそ、ヴェリノが惚れる、余裕のある男というものですわ!」
「……っ! そ、そうだねっ……」
おーい、ミシェル。
なんかちょっと、だまされてないか?
少なくとも俺は、余裕のある金持ち男が趣味ってわけじゃ、ないぞ?
気をつけろ、ミシェル……!
―― 俺はミシェルに向かって口をパクパクさせて、注意をうながしてみた…… けど。
全然、通じてないね!
「うんっ、わかったよ! エリザさん!」
ミシェルの目からも、キラキラエフェクトが流星群のように飛んだ…… こりゃ、ダメだ。
「ぼくっ! このドレスと軍服、両方、おねえちゃんに買ってあげることにするねっ! エリザさんとサクラさんの軍服も、まかせてね!」
言いながら、俺をちらちらとうかがうミシェルのドヤ顔……
かわいいじゃないか……
余裕のある金持ち男は別に好きじゃないが、そのアピールを一生懸命したがるショタ枠は……
うん、簡単にいうと、逆らえないね!
「ありがとう、ミシェル……!」
俺はミシェルの小さな身体を、ぎゅっと抱きしめた。
「お姉ちゃんは、こんな弟をもって、すごく誇らしいよ!」
現実にはすぐ詐欺にひっかかってそうで心配しかないけど、ここはゲームの中だしね!
「うん! まかせて、おねえちゃんっ!」
ぱあっと輝くミシェルの表情の向こうでは、エリザがニンマリと悪役令嬢の笑みを浮かべている……!
「じゃあ、あたくしはお先に」
エリザは優雅にお嬢さまっぽいお辞儀をして、レジに向かったのだった。
そのあとをスキップしながらついていく、ミシェル…… かわいいなあ……
けど……
「つまり、後夜祭はあのドレスってことだよね……?」
「ぅおんっ♪」
つぶやく俺の脚に、これまでおとなしかったチロルが、すりすりとからだをこすりつけてくれる。もふもふだぁ……
きっと、なぐさめてくれてるんだな、チロル。
【着る着ないは、自由ですからw】
「うーん、まあ…… 断りきれなくなる予感しかしないからさ」
【wwwwww】
だから、草生やしすぎ!
―― その後。
俺たちは別の専門店で軍服を仕立ててもらい、ついでに、一緒に行けなかったNPCたちへのお土産も、ミシェルに買ってもらったのだった ――
読んで下さり、ありがとうございます!
ここで出てくる、ミシェルくんチョイス for ヴェリノたんは……
製作:秋の桜子さま(Picrewの「魔女っ子になりたい女の子メーカー」でつくったよ! )
こんな感じです! いやー似合ってますねww
そして…… エリザさんが着てるドレスはこれです!
©️砂臥 環さま
エリザは上等なものが好きですが、めっちゃ気に入ったモノを着回すタイプの子なのです……。
桜子さま、砂臥さま、改めまして、FAどうもありがとうございます!
さてさて、次からまた本編、いよいよ学園祭になるのですが…… なんでだか、まだ1000文字くらいしか書けてないという……((( ;゜Д゜)))
ごめんなさい!
来週中には、再開したいと思います!
しばしお待ちくだされば嬉しいですー!
感想・ブクマ・応援☆誠に感謝です!!
7/17誤字訂正しました。報告下さった方、ありがとうございます!