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2-2. 汽車に乗ろう

 カンカンカンカン、と踏切が鳴る。ガタゴト、シュシュシュと汽車が近づき、ポーッ、汽笛がのどかな声をあげる。

 いろんな音があふれ、春らしいパステルカラーのドレスやワンピースを着た女の子たちが行き来する、ルーンブルク鉄道駅のなか ――

 俺はきょろきょろ、周囲を見回していた。


「あれ? 昼メシは?」


「ふんっ、食事の心配ばかりとは、やはり平民ね、いじましいこと! おーほほほほほ!」


 気持ち良さそうな、高笑い。

 エリザは金髪縦ロールをふぁさりとかきあげて宣言した。


「せっかく海まで行くんですもの。ランチは汽車の中よ!」


 なんと…… 汽車で昼メシとは!

 もしかして、これは 『旅』 というやつでは?


「さすがですっ! 大将!」


「ほっ、ほほ、ほめてもせいぜい、お弁当をご馳走してあげる程度よ!?」


「それ、気持ちは嬉しいけど、いいよ。俺、自分で弁当、買ってみたい!」


「こっ、このあたくしのオゴりを断るだなんて…… いいわ、覚悟なさいっ!」


 覚悟って、なんだろう?

 その内容は、1番線のホームで弁当と飲み物(ポーション)買って、汽車に乗り込んだあとに明らかになった。


「出発しまーす!」


 車掌の合図で、ガタンと車体が動き出した。

 窓から入る、なんかいい匂いの風が気持ちいい。

 ゆるゆると流れていく街の景色を眺めながら、俺たちは弁当を開けた。


 俺のはオニギリ弁当、350マル。

 お手頃価格だし、つやつやしたごはんの、大きい三角オニギリがめちゃ美味そうだ。竹の皮に包んであるのも、いかにも 『旅』 って感じでいい。


 包みをあけて、さっそくオニギリをひとくち。


「……! まーう゛ぇらす……っ!」


 口のなかで、ほろりとほどけるごはんの、幸せなかおりと、ほのかな甘味と、『ちょうどいい』 としか言いようのない、塩加減。

 ぱりぱりの海苔のうまみと、こうばしいかおりがまた、ベストマッチ……!

 米、最高! 海苔、最高!

 現実世界の疑似食品 (プランクトン原料) より、はるかに美味い。

 なんだ? このゲームの味覚開発担当さん、神か?


「ふふふふ…… このゲームの本質は、こっちよね…… おーっほほほほ!」 


 俺の向かいに座るエリザも、ナイフとフォークを両手にかまえて、満足そうに笑ってる。


「なんだ? オシャレで高級そうだな、エリザの弁当」


「ふっ…… これは、旧世界の誇る食遺産! 高級フレンチ懐石弁当でしてよ!」


「おおっ、なんか知らんがすごい!」


「ふふっ…… 悪役令嬢たるもの、と・う・ぜ・ん、ですわっ!

 こちらから、季節の野菜のエチュベ、エスカルゴのブルゴーニュ風、舌平目のムニエル。そして、鴨のロティ・オレンジソース添え。デザートは、ガトーショコラ・アイスクリーム添え…… ほーほほほほほ! 羨ましいでしょ!?」


「美味そうだなー!」


「平民には手の届かないランチ、せいぜい吠え面かいて悔しがるがいいわ!」


「うーん…… そこまで悔しくは…… こっちのオニギリも、めちゃくちゃイケてるし」


「ふっ…… これだから貧乏人は。お裾分けするから、せいぜい悔しがりなさい! 羨ましがりなさい!」


 エリザが俺の竹の皮のうえに、豪華なおかずを半分コで並べていく。


「エスカルゴ、鴨のロティ! デザートもしっかりお食べ! この所持金5000マル以下の初心者が――!」


「大将が、いい人すぎる……!」


「なななな、なぜ、そうなるのかしらぁ!? あたくしは、立派な悪役令嬢たるべく、他人を踏みつけ嘲笑って我が道を直進するのよっ!?」


 そのこだわり、よくわからん。


「じゃ、ま、あざます! いただきます!」


 まずは、エスカルゴ。


「こ、これは……」


「ふふふふ…… 庶民が口にしたことのない味でしょう?」


 もちろん食べたことないし、エリザのドヤ顔も 『ごもっとも!』 としか思えない。

 ―― アツアツの貝にとろりと濃いバターが絡まり、そこに、食欲をそそるパセリとニンニクのほのかな匂いが絶妙にミックス……


「貝とバターのミラクルハーモニィィィっ!」


「ほーほほほほ! わかったわね、格の違いが!」


「いやいやいや、もーめっちゃわかりましたよ、大将!」


「だからそこは姫君とお呼びっ!」


 さて、次は 『鴨のロティ』 だな……

 エスカルゴが美味かっただけに、期待が増しちゃうのがこわい!

 期待より美味しくなかったら、どうしよう……!?


 おそるおそる口に運んで、俺は昇天した。

 ―― 肉の味をひきしめ、引き立てる、まろやかでスパイシーな粗びき胡椒。ぎゅっと旨味が込められているのに下品にならないのは、甘酸っぱくて良い香りのオレンジソースのおかげか…… 

 めちゃくちゃ良いもの食べてる感しか、しない ――


「ちょっと!? どうしたのよ、急に!?」

 

「…… 俺はこれから、一切の期待を捨てることにする」


「えええ? うそでしょ!? そんなに、口に合わなかったの!?」


「いや、逆…… 俺の貧困な想像力で、このゲームの料理に期待するとかなんとか、おこがましいにも程があると、さとった……」


「まあ…… っ、そっ、そうね! やっと貧乏人と認めたわね! この平民が! おーほほほほほ!」


「うんうん、俺、めっちゃ庶民!」


「そこは羨ましがりなさいよ!」


 いや、そこは…… なんだかんだ言って、シャケのオニギリも最高なんで。


 ひたすら 『美味い!』 『ザ・美味いすと・オブ・美味い!』 と繰り返しながら、お裾分けしてもらったおかずとデザートを食べているうち。

 畑や牧場が広がるのどかな景色を過ぎ、またもうひとつ、街を経た。


「海だ! 街の向こうに、海があるー!」


「まったく、その程度で、はしゃぐだなんて……」


「えー! ここは、はしゃぐべきでしょ!? ここで楽しまないなんて、人生、半分損してるくない!?」


「……っ! まったく。これだから、初心者の庶民の貧乏人は……!」


 つん、とそっぽを向くエリザの金髪縦ロールを、あけはなった窓から入った不思議なにおいのする風が、揺らした。

 

「海~、次は海~」


 車掌のアナウンスがあってしばらく。

 ガタンガタン、と車体が大きく揺れて、汽車が止まった。


 どうやら、到着のようだ。


 カバンとチロルを抱えて、駅に降りる。

 線路の向こうすぐに、砂浜が広がっていて、その向こうに、青い水平線があった。

 やたらと耳に響くような、包みこむような、波の音。

 ざぁぁぁっと白い泡をたてながら寄せて、また、ざぁぁぁっと黒い跡を残して退いていくのが、駅からでも見える…… すごい。

 はやく、あれにさわってみたいな!?


「よっしゃ、いこう!」


「ちょっと、待ちなさいよ!?」


「どっちが先につくか、競争!」


「そんなの、ドレスより制服が有利じゃない! 待ちなさい!」


 俺は、振り返らずに走った。

 エリザだったら、絶対に追いかけてきてくれるよね…… たぶん。

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◆日常系の異世界恋愛作品です◆ i503039 

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― 新着の感想 ―
[一言] 拝読し始めましたー! エリザたん親切ですね。(悪役令嬢なのに!) それぞれキャラが立ってるし、読んでてワクワクします♫
[一言] めちゃくちゃ美味しそう! お腹空いてきました。
[一言] エリザが普通に良い子でほっこりしますね(´∀`) 弁当めっちゃ美味しそうでした 時代劇に出てくる竹包みのおにぎりも個人的には気になる一品です。
2020/08/12 23:01 退会済み
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