17-21. ウェディングスチルと大湿原(16)
「はーい、エンパナーダ食べるよろし!」
「ガブさん、ありがとう!」
俺たちは、こんがりいい色のパンが山盛りになったかごをのぞきこんだ。まだ、ホカホカしてるな。
「パンでしょうけど、ちょっと見たことのない感じですね」
「揚げパンかなー?」
サクラとエルミアさんが首をかしげた。
エリザは腕組みして、じっとカゴの中をにらんでいる。
「まさか、これだけなのかしら?」
「ノーノー、飲み物もあるアル! おかわり自由アル」
もう1つのカゴにはたしかに、ポーションの缶がたくさん入っていた。
「パンと飲み物だけだなんて、あたくし公爵令嬢になって以来、はじめてよ!?」
「それは良かったアル! 初めての体験は貴重だからアルね」
「ふざけないでいただける?」
「こわいアルな、食い意地はった娘っコはアル!」
「なんですって!?」
「食い意地はった娘っコはまったくもう、こわくてしょーがないアル」
―― ガブさん、めちゃくちゃ楽しそう。
きいっ、となったエリザをアリヤ船長が慰めてる間に詳しく聞いてみると、エンパナーダというのは、中に具が入ってるタイプの揚げパンらしい。
「細かく切った肉と野菜を炒めて、薄いパン生地で包んで、じゅじゅーっとしたアルよ」
「ガブさんが?」
「YESアル。愛がつまってるアルよ、ヴェリノ」
バチッとウィンクするガブさんだったが、そのまま動かなくなってしまった ―― また、ジョナスだな。問答無用で冷凍だ。
「ジョナス…… 最近キレやすくなってない?」
「風紀を乱すおぶ ―― 残念な無能NPCには、当然の措置です」
「いやいや、だけど、ガブさんのおかげでジャガーとたくさん遊べたじゃん」
「そうそう。サクラもたくさんスチルが撮れて嬉しそうだったし、オレは感謝してるぞ」
イヅナ、ナイスフォロー!
「…… ネイチャー・ガイドとして雇った料金分の働きをするのは、当然でしょう」
相変わらずな返答だったが、ガブさんは再び、動き出した。自然解凍にしては早いから ―― ジャガーの赤ちゃんをすーはーした思い出に免じて、こっそり解凍したんだろう。ジョナスはこういうところがかわいいと思う。言わないけど。
「さあさあ、温かいうちに食べるアル! ガラナもどうぞアル」
俺たちはカヌーの上に乗ったまま向かい合い、ガラナ ―― 昨日飲んだ、シュワシュワ爽やかな黄色いポーションの缶を軽くぶつけ合わせた。
「「「「 かんぱーい!!!! 」」」」
ゴクゴクとガラナで喉をうるおしたあとはまず、パンをひとくち。
サクっとした生地をかじると、中から出てきたのは、ちょっとトロッとした肉のそぼろだった。ニンニクがほのかに効いてて、ピリッとスパイシーで、一緒に入ってる野菜がいい仕事してて ―― 肉の美味みはしっかりあるのに、全然しつこくない。
「これは……! いくらでも食べられるやつ……!」
「ジャンクっぽいし、なぜわざわざ揚げてカロリー増やすのかしら、とは思うけど…… ま、別によくってよ!」
つまりは気に入ったんだな、エリザ。
小さい口をいっぱいにあけて頑張って食べてるのが、意外なところで小動物っぽくて和む。
たぶん、アリヤ船長も俺と同じことを考えているんだろう。目を細めてエリザを眺める表情、あれは ―― 森で出会ったフタオマキザルの赤ちゃんに向けてた顔といっしょに見える……!
「おいしいねっ、お姉ちゃん!」
ミシェルが俺のほうににじりより、膝の中にちょこんと座った。
「お、口の端に肉がついてるぞ、ミシェル」
「あっ、ワシもアルよ、ヴェリノ!」
次の瞬間、ガブさんの口をジョナスがグイッとぬぐった。
「いたいアル!」
「―― これでよろしいですね、残念かつそこそこ無能さん」
「よろしくないアル! ワシはヴェリノに 「では、私も…… いたいよ、ジョナス」
「そこの平民女などにふいてもらわなくても、王子には私がいますよね」
スチルで音声まで残せないのが残念です…… とサクラがつぶやいて、なにやら手帳にメモした。きっとアルバムに編集するときに使うんだろう。
デザートは、クリームとフルーツがたくさん入ったエンパナーダだった。
「中身が甘いのは、だいたい中央アメリカ地域のものアル」
「旧メキシコあたりだね」
「正解アル! さすが船長アル」
「とりあえず、うまい!」
「ヴェリノ! ありがとアル!」
甘くてコッテリしたクリームと、さっぱりしてジューシーな南国フルーツのとりあわせ、最高だな……!
たくさん食べたあとは、もう夕食までの予定はない。
カヌーでロッジまで戻ったら、いったんログアウトしてフリータイムだ ―― と、ここで。
「そこのハンモックからもログアウトできるアルよ!」
ガブさんが指さしたのは、ヤシの木につりさげられた、枕とシーツつきの網。
タイミングよくさっと吹いた風に、ゆらゆらゆれている ――
「あおあおおおおおおお……! なんとこれが! あの全人類の憧れ! ハンモック!」
「あたくしは別に、そんな原始的なもの …… でもそうね、あなたがたが、ここからログアウトしたいなら、つきあってあげないこともなくってよ?」
「うんうんうん! つきあって、エリザ! サクラとエルミアさんも!」
「もちろん、いいですよ」
「いーよー! あたしもハンモックしたーい! …… よっ、と」
サクラがとりあえず、って感じでスチルを撮り、エルミアさんがさっそく、ハンモックの上に乗った。
「気持ちいいー! ふわふわー! ゆらゆらー!」
「よし、俺も!」
エルミアさんの隣のハンモックに乗って、寝転ぶ。俺が動くと当然だけど、ハンモックがゆれる。
「面白いな! えい」
ゆらゆらさせるの楽しい!
「お子さまね」
「エリザも楽しいからやってみろって!」
「その前にウェディングドレスに着替えてくださいね」
サクラ、ここでもスチル撮る気なんだな。
―― ならば俺にも、いいアイデアがある。
俺はボタン1つでぱぱっと着替えてハンモックを降り、エリザのほうに行った。
エリザも白いウェディングドレスにもう着替えているな ―― よし、ゆらそう。
俺は、ハンモックのふちに手をかけ、思い切り力をこめて押した。
「ほれ、エリザ! ゆらゆら、ゆらゆらぁ!」
「きゃあ!」
おおっ、エリザが 『きゃあ』 だとな!?
「なんて言うわけないでしょ! ふっ、この程度のゆれで、このあたくしがどうにかなるとでも?」
「ほれ、ゆらゆら、ゆらゆら、ゆらゆらぁ!」
「ふっ、全然へいきよ!」
「えええ、そうなんだ……」
―― ちょっとガッカリだが、ま、いいか。
俺は自分のハンモックにもどって寝転がり、手足をぐっとのばした。からだを包みこんでフィットする感じとか、微妙なゆれが…… クセになりそう。
「じゃあ、今度は俺のほうやって?」
「お子さまね、まったく」
エリザはハンモックに腰掛けるみたいにして、片足で、俺のハンモックをゆすってくれた。
エリザが足を動かすと、俺のハンモックがゆれる。一緒に、ウェディングドレスのすそも大きくゆれる。
なんかドキドキするというか、なんというか…… 最近ちょっと慣れすぎてて忘れていたけど、うん、なんか、ウェディングドレスから素足が出ててそれが俺のハンモックをゆすってる、っていう、それだけのことなんだけど……!
ううう。これ以上は俺、挙動不審になっちゃいそう……!
「ううっ、もうやめて……!」
「あら? もう降参なのかしら」
「そのとおりですっ! まいりました、大将!」
「ふっ…… ざまあご覧なさい! それから、姫君とお呼び!」
「うう…… まいりました、姫君……」
「けっこう」
と、今度は、エリザと反対側から別の足が、俺のハンモックをゆすってきた。エルミアさんだ。
「ねーねー! それ、あたしにもやってー!」
「OK! ほーら、ゆらゆらゆらゆらゆらぁ……!」
「きゃー! たのしー!」
エルミアさん、子どもみたいにはしゃぎまくってるな。向こうからハロルドがじっとりと眺めてるけど…… 気にしないもんね!
「ねーねー! サクラっちも、やってみてよー!」
「じゃあ、ちょっとだけ」
位置的に、サクラのハンモックをゆらすのはエリザだ。
「ふっ…… おそれおののくがいいわ!」
「すごいです、エリザさん。風が気持ちいい……!」
サクラは、どれだけゆれても平気みたいだ。
俺たちはそれから、ハンモックをゆすりあいっこしてたくさん遊んだ。
そのあとはのんびり寝転がって、いろいろなことをおしゃべりした。
おしゃべりは、眠くなって 「じゃ、そろそろ失礼するわ」 「おやすみなさい」 「またあとで!」 「おやすみー!」 ってあいさつしてログアウトするまで、ずっと続いたのだった。
―― 4時間後。
『ミラクル・マジカル・はじまるよっ!』
リアルに戻ったあと、大急ぎで昼寝して妹の少女マンガ読んで、ばあちゃんの手伝いして早めの夕食たべて、恒例・ちょっと恥ずかしいフリつきで張り切ってログインしてみたら……
目の前にあったのは、雨があがったばかりの森だった。




