17-20. ウェディングスチルと大湿原(15)
ミシェルがはじめて釣り上げたピラニアは、糸の先で元気よくビチビチはねまわっていた。
銀色のボディのところどころで、鱗がラメみたいに光って、おなかはオレンジがかった赤だ。
ファンタナールの夕日とは少し違う。ミシェルのキャンプで山の上から見た、夕焼けみたいなきれいな色だった。
「おっ、きた!」
続いてイヅナのさおにもあたりがきた。
「よし、俺も釣るぞ!」
「では、私も」
「王子、くれぐれもお気をつけください」
「大丈夫だよ、ジョナス」
みんなでさおをおろして、あたりを待つ ―― 間もなく、次々と引きがきた。
糸がぴん、となって、水中深く吸い込まれていく。
―― きっと水面の下では今、ピラニアが群れをなして、エサにくらいついてるんだろうな……
「おっ、俺のもキタ……!」
「まだアル! もうちょい待つアル!」
手応えに、急いで引き上げようとして、ガブさんに止められた。
こんなに強く引っ張られてるのに、まだなのか……
「しっかり針を飲み込んでから引き上げるアル!」
「了解!」
両手で竿をささえて、ぐっと踏ん張ばる ―― さおごと、水中に引き込まれそうだ。
ピラニアの力、けっこうすごい。でも、俺も負けないからね!
「今アル!」
「よしっ……!」
力いっぱいさおを持ち上げる。
水しぶきをまとって、銀色の勇姿が現れた。
いきおいよく跳ねるしっぽに、きらめく鱗。オレンジがかった赤色が、ほんのりのったおなか ―― かなりな、大物だ。
「やった……!」
糸をたぐり寄せて、ギザギザ三角の歯が生えた口から針を外した。
水の外にでても、ピラニアの獰猛そのものの口はまだ、元気にハクハク開いたり閉じたりしている。
「うわ、生命力っていうのかな。すごい!」
「指入れるないアル。食いちぎられるアルよ」
「わかった」
ガブさんから俺が注意を受けている間に、みんなも次々とピラニアを釣り上げていった。
「よく釣れるなぁ!」
「全然めずらしくない魚アルから。オマエらの街でいう、ダンゴムシみたいなものアルよ」
「ダンゴムシ…… なにそれ?」
「知らないアルか?」
「をんをんをんをんっ♪」
【こんな虫ですよww】
チロルが映像を出すと、エリザが小さく悲鳴をあげて後ずさった。サクラは逆にしげしげと見つめている。
「これなら、なにかで見たことあります」
「俺も! 『百年前の貴重映像』 かな、やっぱり」
「かもしれませんね」
「なんでもいーけどー、ムカデよりはマシだよねー! ちっちゃくてカワイー! ハロルドみたーい」
「エルミアさんさん? ひどすぎない……?」
ハロルドが傷ついた顔 (たぶん演技だ) をしながらエルミアさんになにごとか耳打ちして、エルミアさんがきゅうっとハロルドを抱きしめて頭ナデナデして ―― うん。いつもどおりだな (温かい眼差し)。
一方、エリザは扇で顔全体を隠してフルフル震えている。
その肩にソツなくさりげなく手をまわして、なぐさめたりしちゃってるのがアリヤ船長 ―― ううむ、イケオジはこんなこともナチュラルにできてしまうのか…… そして、キチンとサマになっているというチートっぷり。羨ましすぎる。
「さっさと消しなさい! そんな映像……!」
「エリザ、こわがらなくていい。自然界の掃除屋だよ」
「あら、船長!? 誤解しないでちょうだい……! このあたくしが! こわがっているわけ! なくってよ!」
「そうかい?」
「ええ! 単に! おぞましい多足生物がみなさんにもたらす嫌悪感を! 取り払ってさしあげようとしているだけよ!」
「そうか。さすがエリザだね」
「ふっ…… そんなことも、当然ですわ! ―― ええい、だからチロル。さっさとおしまいって言ってるでしょ!」
「をんをんをんをんっ♪」
【ではかわりにww 地上の自然界の生態系をになう主要な生物をww ルーンブルクの街にも追加するようww 運営に言っておきますねww】
「いらないわよっ」
【wwwwww】
チロルがやっと映像を消すと、ガブさんが 「はーい注目アル!」 と手をぱんぱん叩いた。
「実は…… 竿を使うピラニア釣りは、観光客向けなのアル」
「ええっ…… そうなの?」
「そうなのアル。現地人は、実はもっと簡単な方法で大量に釣るのアル。マル秘だけど、特別にヴェリノに教えてやってもいいアル」
「えっ、俺だけ?」
「ヴェリノの付き添いのみんなも、ついでに見せてやってもいいアルよ?」
「ほぉ…… 王子が平民女の付き添い、と」
ジョナスが呟くと同時に、ガブさんがまた凍った。もはや習慣化してるな。
「これから、一番簡単なピラニア釣りの方法を紹介するアル。ヒントはコレね!」
解凍されたガブさんが見せてくれたのは、大きな鳥の肉 ―― 釣りのエサに使ったものの10倍くらいはありそうなサイズだ。
「一瞬アルから、よおく見ておくアル……!」
まずは、さおの先で水面をパシャパシャ叩いて、ピラニアを呼び込む。
そのあとおもむろに、肉を半分ほど水につけると…… 肉のまわりに、バシャバシャバシャッとたくさんの水しぶきが上がった。
すぐにガブさんが、肉をひょいっと引き上げる ―― すると。
なんと、肉に何匹ものピラニアがくいついて、銀色のボディーをくねらせているではないか。
動きがはげしいので、肉までが一緒になってゆらゆらと動いている。
「ほい。一気に5匹アルね」
「うわあ、すごい……!」
「これが南米男のテクなのアル! 惚れたアルか?」
「うんうん! びっくりしたアル!」
感動しすぎて俺まで語尾かわっちゃったアルよ……!
「じゃあ、今夜は俺の部屋に来ないかいアル、ベイビー? ふたりでフィーバーナイト 「王子をさしおいて、戯れ言を」
ガブさんが、ピラニアつきの肉ごと凍りついた。
「そもそも肉食系南米男子がウケないからそのような汚物になったのでしょう、あなた。そのくせ役に徹することすらしないとは ―― 汚物どころかもはや核汚染物質ですね」
「核汚染物質は、さすがにひどいだろう、ジョナス」
「しかし、王子」
エルリック王子はジョナスの肩にポン、と手を置くと、優しくこう諭したのだった。
「このようなNPCに世界を壊す力はないよ。せいぜいが汚物どまり ―― だが、そう呼ぶのも失礼だからね。ここは、見たままがいいと思う」
「かしこまりました。つまり、こういうことですね」
ジョナスは眼鏡クイして、じっとガブさんを見つめた。
「―― キャラ作りに迷走した挙げ句にジェンダーレスに走ってみたもののいまいちハマりきれぬ無能NPC 」
ガブさんは、凍ったまま涙を流したのだった。
そのあとみんなで交代で肉釣り(勝手に命名) をして、ピラニアが大きなタライいっぱいになったころには、お昼になっていた。
「そろそろランチにするアルよ!」
ロッジに戻る前に、カヌーの上でお昼ごはんだ。
「ピラニア、焼くの?」
「それは夕食の予定アル!」
ガブさんが、大きなカゴを2つ、俺たちの間に置いた。中に入ってるのは、こんがり狐色した半月型のパンだ ―― これも、郷土料理なのかな?




