17-15. ウェディングスチルと大湿原(10)
透きとおった水の下に、大きな1cmもないくらいの、めちゃ小さな魚が群れで泳いでいる。青いボディーに透明なしっぽ。しっぽの先は、晴れた日の夕焼けみたいな、オレンジがかった赤だ。
―― ガブさんによると、ファンタナールのこの森は、雨季にはこうして、たくさんの小さな魚たちが暮らす湖みたいになるんだそうだ。
けど、乾季には陸地 ―― なんだか、ふしぎだな。
「かわいいですね」
「ふんっ、大したことないじゃない、サクラ。かわいいだけじゃインパクトは薄くってよ!」
「つまりインパクト関係なく、めちゃくちゃかわいいよな、エリザ」
「めちゃくちゃ、ですって? 雰囲気に流されてテキトーなこと言ってるのね」
「じゃあ、かなりかわいい!」
俺たちは、両側にびっしり木がはえてるせまい水路を、ゆっくりと進んでいっていた。
カヌーは今、オートモードなのだ。
手こぎモードもできるみたいなんだけど、今回は動物たちとの出会いに集中したいのもあって、オートモードだけにしている。
魚をビックリさせるとかわいそうだから、オールを使うのは、あとでもっと広い河に出てから、ってみんなで決めたのだ。
「あっ九官鳥です」
「わー! インコー! キレー!」
木の上は木の上で、鳥たちの楽園みたいになっていた。
―― 昨日とは違ってゆっくり観察してられるのは、やっぱり案内人を雇ったおかげなんだろうな …… 『そのニャンドゥーティーのすそがたっぷりしたドレス、大自然の案内にはちょっと邪魔なんじゃ』 ってツッコミたくて仕方ないけど、とりあえずガブさん、ありがとう!
とたんに頭上の木がガサガサなったと思ったら、あらわれたのは小さなサルの群れだった。
顔と手以外の全身に、ふさふさの茶色っぽい毛が生えてる。枝にくるんとまきつけた長いしっぽがキュートだ。そして、なんといっても。
「ちっちゃいー! かわいー!」
「あの頭、イヅナに似てるねっ」
「ミシェルにも似てるぞ」
ちっちゃいところがミシェル似で、ちょっと逆立った頭の毛がイヅナ似。
おとなのサルでも背の高さはチロルと同じか、少し大きいくらいしかない。食事中なんだろう。小さい両手でヤシの実をだいじそうに持って口に運んでいる。
「赤ちゃんもいますね」
おとなのサルもかわいいんだけど、その背中にぺったりおぶわれている、子どものかわいさといったら……!
「ぬいぐるみか! どんだけ、ちっちゃいんだ!?」
「しっぽを除く体長、およそ15cm程度かと」
平静に眼鏡を抑えてコメントするジョナスの手…… よく見れば、かすかに震えているな。
そういえば、ジョナスは隠れモフモフ好きだった。なでたくて仕方ないんだろう。
「ナッツあげるアルか?」
「えっ、いいの?」
「野生動物の餌付けは、リアルでは良くないアルけど」
「ゲームだから、問題ないということだよね」
エルリック王子の手が、すでにガブさんのほうに 『ちょうだい』 してるけど……
「はい、ヴェリノ。やってみるアル!」
ガブさんがニコニコとナッツをくれたのは、俺だけだった。
「ほかのひとはごめんアル。もうないアル」
「ガブさん、気持ちはありがたいんだけど…… 俺ひとりじゃ多すぎるから、みんなにもあげるね」
「ふーん。好きにするよろしアル」
その前に着替えてください、とサクラが言い出した。ウェディングスチル撮影タイムだな。
それぞれにボタンを押して、ウェディングドレスとタキシード姿になった。
水面に、木の葉の緑と白いドレスがゆらゆら映ってる。サクラがスチルとりたくなる気持ちもわかるなあ!
「ボク、お姉ちゃんと一緒がいい!」
「よしよし、抱っこしような、ミシェル」
俺に抱っこされたミシェルが、小さく砕かれたナッツをみんなにわけてくれた。
「エルリックとジョナスには少し多めにお願いな、ミシェル」
「はあいっ…… はい、エルリック王子とジョナスのっ」
「ありがとう」
「別に多めになどと頼んでおりませんが? まあ…… 今回は、いいでしょう」
ジョナス、文句言ってる割には、眼鏡を押し上げる手がはっきりと震えてて…… なんか、かわいいなあ。
チルルル、と鳥みたいなかわいい鳴き声を背中の赤ちゃんが出した、と思ったら、群はこっちに気づいたらしい。
手を精一杯のばしてナッツを見せてやると、次々とサルがカヌーの上に降りてきた。
近くで見るとますますかわいい! そしてモフモフだ!
「はい、どうぞ…… ふふ。くすぐったいよ。はい、カホールも」
「アリガトネー」
エルリック王子は両肩に止まったサルたちにスリスリとほおずりしながらナッツをあげてて、めちゃくちゃご機嫌だ。キラキラエフェクトの数が半端なく増えている。
ジョナスもジョナスで、冷静そのもの、という顔をしながら、その目は珍しくサルしか見ていない。
「ほお。このようなくだらぬ、変態クズがポケットにしのばせていたようなモノでいいのですか…… なら食べてもけっこうですよ、ええ」
この口数の多さ…… つまりは、デレデレなんだな。(変態クズ云々はきかなかったことにしよう)
「なつっこいね。よしよし、気持ちいいかい?」
アリヤ船長の腕には、なんと赤ちゃんを背負ったサルのお母さんがすっぽりおさまってる……!
なんかウットリした顔つきだ。
エルミアさんがエリザをちょいちょいとつついた。
「ねーねー、リザたーん。あれ、いーのー?」
「なにがよ」
「ダンナがウワキしてるよー?」
「ばっ…… そんなわけ、ないでしょ!?」
カヌーが大きく揺れた。エリザが勢いよく立ち上がったのだ。
「ほら、そこのメスザル! こっちにもエサはあってよ!?」
ちらっ、とエリザに目を向けたものの、すぐにそっぽを向いてアリヤ船長の腕の中にますます深く身を沈める母ザル。
「ふんっ…… サルの分際で、なんて無礼なの」
「サルだからじゃないのー?」
至極まっとうなことを言うエルミアさんの手に、ハロルドがザラザラとナッツを落とした。
「エルミアさんさん、これもあげていいよ」
「やったー! ハロルド、やさしいー!」
こんな行動にハロルドが出るなんて…… ちょっと、意外だな。
「ハロルドはいいのか? サルかわいいのに」
「エサをあげる優先順位なんて決まってるよね?」
「なるほど……」
問題だらけではあるけど、ブレないな、ハロルドは。
結局、母ザルはナッツを食べ終わるまで船長の腕の中から出ず、妥協案として (?) エリザは子ザルにエサをあげることで納得したみたいだった。1cmくらいしかない手でナッツを抱えてはむはむされたら…… まあいっか、ってなるよね!
ナッツを全部あげ終えたところで、また出発だ。
でも、サルの群れをはなれてしばらく行くとまた、カヌーは静かに止まった。
目の前にあるのは、森の木が開けててたまたまできたような、ちょっとした湖だ。
湖のすみっこのほうには変な生き物が2頭。お風呂に入ってる感じで、じっとたたずんでいた。