17-14. ウェディングスチルと大湿原(9)
ダイニングのそばの林は、パンの匂いに混じって果物の甘い匂いがしていた。
レモン、オレンジ、バナナ、グレープフルーツにマンゴー ―― 南国のさまざまな果物が、この林には季節無視で実っているのだ。
ガブさんが立ち止まり、俺たちと林の木を交互に見た。
「朝ごはんアル」
「…… え?」
「オマエらの朝ごはんアル。好きにとるアルね」
「なんて斬新なフルーツバイキング!」
「この辺では普通アル」
ガブさんによると、この辺りの朝食は、庭になってる果物をテキトーにもぐだけらしい。めちゃくちゃ新鮮だな。
「俺はバナナにする!」
はしごに登って、薄緑色の実が折り重なってついてる房に手を近づけると、手の中に先の曲がった巨大な爪みたいな形の刃物が現れた。
「よし! たくさんとるぞ!」
―― こうやって、果物を実際に収穫するのは初めてだ。ファンタナールに来て良かったな。
片手でバナナの房を支えながら、片手で木につながってる部分を切る。甘くていかにも南国っぽい匂いで、頭もおなかもいっぱいになりそうだ。深呼吸しまくりたい!
バナナは枝から離れると、黄色に変わった。
「をんをんをんをんっ♪」
【とれたてを食べてもらうための仕様ですww 本来なら熟すまで吊るして待つのですがww】
「それ、とれたてと言えるかしら!?」
樹にからみついていたつる草になっていた緑の丸い実も、エリザが手にとったとたんに、ツヤツヤした赤紫色に変色した。
【パッションフルーツですww 湿地はあまり得意ではない草なのですがww 都合上ww】
「うん、楽しいからいいと思う!」
サクラとエルミアさんはそれぞれ、レモンとオレンジをもいでカゴに入れている。
ミシェルとイヅナは、パイナップルに挑戦中だ。パイナップルを両手で抱えたミシェル、なんか小人っぽくてかわいいなあ……。
宝石みたいな赤いマンゴーを丁寧にとっているのは、エルリック王子。ジョナスがやっぱり丁寧に、いっこずつ柔らかい紙みたいなもので包んではカゴに並べていってる。
アリヤ船長はなんと、ハロルドを手伝わせてグレープフルーツの収穫に挑んでいる。背の高い木の上のほうに、もりもりとなっている実をとっては投げるのだ。それをハロルドがカゴでキャッチ。意外と上手いけど…… あのハロルドに労働させるなんて、さすが船長。
イケオジの貫禄って、やっぱりあるんだろうな。
ひととおり果物をとりおわって、ダイニングに運んだら、朝ごはんまで30分の休憩だ。
近くのトイレからログアウトしてリアルの朝のアレコレと朝食を急いで済ませて、再びログインしてダイニングに向かうと ――
切り株を思わせるワイルドなテーブルの上に、カットされたフルーツの盛り合わせとフルーツジュースがどーん、とのっていた。
そばには、丸くて表面がぽこぽこしたパンが、これまた山盛りだ。
鳥たちの水場から戻る途中もフルーツ収穫中もずっと漂ってた、美味しそうなパンの匂い ―― これだったんだな。
「をんをんをんをんっ♪」
【チーパという、チーズ入りのパンですよww】
「じゃんけんみたいな名前だな」
【wwwwww】
さっそく、チーパを食べてみた。
「うまい!」
「おいしー! しっとりモチモチー!」
「しっかりとチーズの味がするのに、しつこくはないですね」
「果物ともよく合うわね」
「これまた止まらないやつだな!」
甘くて爽やかな果物と、しっかりしたチーズの味わいのパン。新たな無限ループを発見してしまった感じだ。
「オイシイネー!」
青い手のり竜のカホールが小さく切ったパイナップルを両手にしっかり持って少しずつかじってるのもかわいくて癒されるし、フルーツの朝ごはん、いいなあ!
「はい、お姉ちゃん!」
ミシェルがストローを突き刺したオレンジを渡してくれた。
「おおお…… まさにオレンジ200%だ!」
「でしょでしょ?」
ミックスジュースとはまた違った甘酸っぱい味わいと香り。
「またこぼして……」
「まーそういわずに、ジョナスも飲んでみなよ」
「けっこうです」
「では、私がもらおう」
「どうぞどうぞ、エルリック。うまくてビックリするぞ!」
「―― ほんとだ。美味しいね」
ジョナスが口のなかで舌打ちした気がしたけど…… 気のせいだな、うん。
こうして始まった朝ごはんは、ゆるゆるとおしゃべりしつつ食べるほう中心、って感じの、まったり楽しいものになった。
イヅナはサクラにパイナップルをあーんしようとして断られてガッカリした顔をした。サクラなら断るの当然…… と、サクラが逆にイヅナにあーんしてるだと!? 雨でも降るんじゃ!?
(そうか、ここいま雨季だった。)
ハロルドはエルミアさんにアレコレと食べさせてあげては意地悪そうな顔でなにかささやいてる。嬉しそうだな、エルミアさん。
そしてアリヤ船長とエリザはお互いに節度を守りながらも仲良く…… あ。
船長がちょっと無理やり、エリザの口にマンゴーを放り込んだ……
エリザ、モグモグごっくんしたあとで怒ってるな。
そうだもっと怒ってやれ! ―― と思ったら。
つん、とそっぽを向きながら、アリヤ船長にあーん…… だと……!?
(エリザもか! やっぱり雨季だから!)
「エリザ! 俺にも!」
「ななな何よっ。自分でお食べ!」
「いやだ差別反対」
「―― もうっ……!」
見られて恥ずかしかったんだろうか。
エリザは真っ赤になりながら、俺にもパッションフルーツを食べさせてくれたのだった。
「ヴェリノ。こっちも美味しいアルよ」
振り返れば、間近に、ガブさんの割かし上手に化粧した顔が迫っている……
「えーちょっと待って! さすがにそれは無理」
「ナニ言ってるアルか。こっちアル」
よく見たらガブさん、星形の果物みたいな何かが入った、パウンドケーキの欠片をフォークで食べさせようとしてくれているのだ。なんだ。つい誤解しちゃうところだった。
「それはなに?」
「スターフルーツのケーキなのアルよ!」
「へえ、かわいいな」
有り難くいただこうと口を開けた瞬間。
さっと、ガブさんの手からフォークが奪われた。
「この眼鏡、なにするアル!?」
「失礼。ですが、王子以外の者が彼女にあーんするなど、許されることではないとお心得ください」
「そんなの聞いてないアル!」
「ああ失礼。まさか案内人がこのような狼藉に及ぶとは考え至らなかったものですから…… では、王子。どうぞ」
うやうやしく差し出されたケーキつきのフォークとジョナスを交互に眺めて、エルリック王子は優しく微笑んだ。
「それはジョナスが食べさせてあげて」
「いやそこはガブさんに返すべきじゃ!?」
俺のツッコミは、エルリック王子にもジョナスにも無視されたみたいだ。
「さ、ジョナス。遠慮はいらないよ?」
「ですが、しかし……」
「命令だよ、ジョナス」
「―― かしこまりました」
返事したまま、固まるジョナス。
―― つまり、こういうことだな。
ジョナスは実は、王子以上になんでもできる。だけど、ガンコなものだから、急な予定変更に対応するのは苦手なんだ。
―― このままだと、いつ動き出すかわからないな。
「じゃ、遠慮なく、いただきます!」
俺はジョナスの手首をがっしりつかんで、ケーキに食いついたのだった。
スターフルーツのケーキ、甘さと酸味のバランスがほどよくて、めちゃくちゃ美味しい!
「ワシも、あーんしたかったのアル!」
「ごめんガブさん、また 「今度など、絶対にありませんので誤解なきよう」
ガブさんが、握りこぶしのままで固まった。ジョナスが凍らせたんだな。
そして、朝食が終わるまでずっと、固まったままだった…… ガブさん、なんかごめん……!
―― さて、ともかくも。
朝ごはんのあとは、いよいよ、森の探検だ。
昨日歩いたロッジまでの道とはまた違う、半分水の中に沈んでる森を、カヌーで進む ―― いったい、どんな動物に出会えるんだろう。
めちゃくちゃ楽しみ……!