17-12. ウェディングスチルと大湿原(7)
今、俺の皿の上には、消えかけの炭火でじっくり焼き上げた肉がある。
お腹のすく匂いを発しながら、しみでた肉汁でミラクルに輝く、健康的なピンクのお肉さまが ――
「いただきます……!」
その一片を口にしたとたん、世界が止まった。
肉! これこそが真の肉の味……!
塩だけで味付けされているから、より、肉の味を濃く感じる。
いや、もっとカッコよく言わねば、お肉さまに申し訳ない。
「奥深い豊かさが舌をあますところなく蹂躙する……!」
―― と、ジョナスが無言で、俺のおでこに冷たい手を当ててきた。
「熱は…… ありませんね」
「失礼だねっ、ジョナスったら! お姉ちゃんだって、賢そうなことくらい言えるよねっ!」
「おっ、ミシェルにもジョナスにも賢そうに聞こえたんだ! よかった!」
どうやら、お肉さまに最大限の敬意を払えたようだな ―― よし。
ありがたく、2枚目をいただこう。
「んんんんん……!」
俺は肉を口に放り込み、またしてもうめいた。
―― 2枚目にして、この感動……!
そのまま飲み込めそうなほどにやわらかく、とけそうなほどにジューシー。それでいて、しつこさはまったくない。まさしく上質中の上質。
「おおおお…… 俺の周りにはいま、ベニコンゴウインコの翼が生えた牛さまが飛び交っている……!」
「ついでにその牛たち、サッカーしてるよな!?」
「とても素敵な表現だよ、ヴェリノ。イヅナも」
エルリック王子がワイングラスをゆらしてほほえんだ。キラキラエフェクト、5割増し。
「エルリック……! エルリックもなにかない? お肉さまをほめたたえるために!」
「そうだね……」
王子は真剣な顔で、モグモグと肉を味わった。
「…… 品評会で優勝した最高ランクのワギューに勝るとも劣らない……」
「ほめすぎアルよ! 本当のことアルけどね!」
ガブさんは、俺たちのグラスにさらに赤ワインを注いでくれた。
「さあさあ、赤ワインも飲んでみるアルよ! きっと見直すアル……!」
「え? そうかなあ……?」
おそるおそる飲んでみて、びっくりした。さっきと同じ味だけど、さっきと全然違う……!
ワインのおかげで、舌に残る肉の味がさっぱりして、また次の肉が食べたくなる。さっきの3倍、食欲が増してる感じだ。
「サッパリする……! で、なぜだか、うまい気がする!」
「ねー? わかるよー!」
「オマエら、見所あるアルね!」
エルミアさんがクイッとグラスをあけると、ガブさんはめちゃくちゃ嬉しそうな顔になった。
「その調子アル! どんどん食べる飲むよろし!」
「はーい!」
―― 俺たちはそれから、食べては飲み、飲んでは食べを延々と繰り返して、ついには全ての肉を制覇し、ガブさんと、このゲームの味覚担当を心からほめたたえたのだった。
そして ――
最後の1枚とお別れする、運命のときが、やってきてしまった。
「あああ…… 俺のお肉さまが、もう ……」
「…… ああ、こら。このように汚してしまうとは…… 全く、みっともない」
ジョナスがすかさず俺の口を拭いてくれた。
「だって……! もう、もう、お肉さまと出会えないなんて……! 悲しすぎるよ!」
「ガツガツとみっともないですね」
「しかしジョナス。ヴェリノの気持ちは、わかるよ」
エルリック王子が、キラキラエフェクトを全身から放った。
「ヴェリノが気に入ったのなら、城にもアサードの設備を作らせよう。ね、ジョナス?」
「別に平民女が気に入ろうが関係は全くございませんが ―― 王子の仰せとあらば」
「そう? では頼むよ」
「御意」
「エルリック、カッコいい……! ジョナスも!」
「あくまで王子のためであって、あなたのためではありませんが何か」
「そんなのわかってるって!」
俺はふたりの肩を抱いてお礼を言い、ついでにエルリック王子からデコちゅーをくらって (まあいいや!) エルリック王子ごと、ジョナスに凍らされたのだった。
翌日 ――
「おはよーアル! 本日ガイドをつとめさせていただく、ガブリエルといいますアル!」
おとな3~4人でやっと運べそうなほどの、巨大な木の切り株で作ったテーブルが点々と置かれた、ワイルド感たっぷりのダイニング。
朝、まだ日の出前に集まった俺たちの前に元気よくあらわれたのは ――
昨日の夕食の肉焼き職人、ガブさんだった。
ただし。
「あなた、そのかっこうはなに?」
「汚物は消毒ですね」
エリザが顔をしかめ、ジョナスが内ポケットから除菌スプレーを取り出したのについ、うなずいてしまいそうになる服装 ―― すなわち。
緑色のドレスを着ていた。
正確には、黄緑一色の布のブラウスとスカートに、ふわりと広がる青系の花模様のレースを重ねているのだ。
あじさいを着てるみたいで、華やかできれいだなー。ドレスは。
「ニャンドゥティーのドレスですね。素敵です」
サクラがすかさずスチルをとった。ガブさんがポーズを決めてくれるので、2、3枚と次々とっている ―― うん、もともとイケメンだし。似合ってないわけじゃない…… かな。
「そのピアスもかわいいですね」
「気づいたアルか。お目が高いアル!」
ガブさんの浅黒い耳元には、色鮮やかな青の蝶が揺れていた。
「お土産物店でも売ってるので、帰る前に見てってねアル」
「そっか、つまり、お土産物の宣伝なわけだな!」
「ご苦労さま。お土産は必ず買うから、安心してくれたまえ」
イヅナが納得したようにうなずき、エルリック王子がねぎらうと、ガブさんはふるふると首を横に振った。
「それもあるけど、それじゃないアル……」
「あっ…… ダメだからねっ」
なにかに気づいたらしいミシェルが、なぜかガシッと俺に取りついた。
「お姉ちゃんはボクのものっ」
「―― ミシェル。勝手なことを言う子は汚物と見なして消毒しますがよろしいのですか?」
「うっ…… ち、違うもん! ジョナスみたいな独裁者のほうが汚物だもん! ねっ、お姉ちゃん?」
「んー…… ジョナスは独裁者というより 『ちょっと口うるさいお母さん』 だよなあ…… ま、とりあえずさ。せっかくだから早く外、行こうよ!」
俺たちが日の出前に集まった一番の理由 ―― それは、朝、狩りに集まる鳥たちを背景にウェディングスチルを撮るためなのだ。
ガブさんが昨日の夕食時に軽くレクチャーしてくれたところによると、狩りが始まる直前がいいらしい。
このゲームの中でも時間は有限だから、急がないとね!
「ガブさんがどんな服着ても、それは自由だと思うし!」
「あっ、スルーしないであげてください、ヴェリノさん」
「え? なんで……?」
じゃあいこっか、ってことになって、俺たちはすでに、ガブさん先頭に歩きだしていたんだけど…… ここにきて、サクラから謎の制止がかかった。
「俺、普通にいいこと言わなかったっけ、いま?」
歩きながらこそこそと聞いてみた俺は ―― 思わぬサクラの返しに、ちょっとだけ、こけそうになったのだった。