17-9. ウェディングスチルと大湿原(4)
女の子たちの長いウェディングヴェールが風になびいて、オープン・マイクロバスに白い羽がはえたみたいになっている。
「ほら、ギャップ萌えでしょう?」
「うん、なんかすごい!」
サクラが見せてくれたのは、オート撮影されたばかりのスチルだった。
塗装がはげまくってガタガタの車体に、まばゆい白のウェディングドレスとタキシード。
背景はどこまでも青い空と、さざなみが広がる水の大地に、丸い形に枝を広げた大きな木 ―― プレイヤーからは撮影できない角度と距離からのパノラマスチルは、たしかに感動もののできばえだった。
―― ちなみに、オートモードのスチル撮影機能は、サクラが今回のファンタナール行きに合わせ、初課金して備えたものだ。俺たちも協力を申し出たのだが 「わたしが好きでしていることですから」 と断られてしまった。
サクラの熱意にはもう、尊敬しかない……!
「これがギャップ萌えなんだな……!」
「萌えるかどうかはともかく、悪くはないと認めてあげてもよくってよ」
「面白いよねー!」
エリザとエルミアさんの評判も、いい感じだ。
だけど俺はふと、気づいてしまった。
―― 今、つまり3月のファンタナールは、雨季のはずなんだけどな。
「あのさ…… 今って、雨降るはずなんじゃあ? なんで晴れてんの?」
【雨季だから地面は水びたしの湿原ですがww リアルままだと活動しにくいので、雨量は調整していますww】
チロルによれば、ゲーム上のご都合主義ってことらしかった。
【ジャガーなどとの遭遇率も、このゲームでは雨季・乾季で変わらずとなっていますww 】
「ジャガー! 会えるの?」
【ロッジで有料のNPC案内人を雇うと、遭遇率が上がりますよww】
「アリヤ船長のポケットのカツオブシじゃあ無理かな……」
「カツオブシではなく、ワギューならいけるかもしれないね」
ウィンクなんて動作がきっちりハマるのも、イケオジの貫禄だよな…… うーん羨ましい!
「カツオブシでも、ピラニアくらいは釣れるかもしれないが」
「ピラニア! ってあの有名な?」
「そう。水面に指やしっぽを出さないほうがいいよ。臆病な魚だから、自分より大きなものを襲うことはめったにないけれど、ね」
「へー。イメージと違うー!」
しゃべっている間にも、バスはゆっくりと大湿原の中を進んでいった。
水辺にはワニがのんびりと詰めあってて、いろいろな鳥が次々と姿をあらわす。
鳴き声やはばたきの音が聞こえて、にぎやかだ。
【リュウキュウガモ、アオサギ、アオツラサギ…… wwww】
「当然というか、やっぱり多いのは水鳥だな。それとダイサギ、近くで見るとほんとに大きい!」
「キレイですよね」
サクラが夢中になって、鳥たちのスチルを撮りまくっている。
形がキレイな鳥もいれば、色合いがいい鳥もいて、撮ろうと思ったらいくらでも撮れそうだった。
「あー! あの鳥もキレー!」
【アメリカトキコウですww】
ダイサギと同じくらいか少し大きいくらいの白い鳥だ。首筋から頭にかけてほんのり赤い色合いが、初日の出で見た朝焼けみたいだった。
「もうすぐロッジです」
水でおおわれた、まっすぐな地平線の上にあらわれた森の影を、ジョナスが指さした。
―― 今夜は、森のなかに泊まることになるんだな。
そのとき。
「あっ、お姉ちゃん! 見てっ」
うっそうと重なった木の枝を突き抜けるみたいにして、大きな鳥がいきおいよく飛び立っていった。
目がさめるような、鮮やかな青の翼 ――
「あれは、スミレコンゴウインコだね」
【大正解wwww】
エルリック王子、さすが、かくれモフモフ好きなだけあるなあ……!
森の前で、バスが止まった。
ここからロッジまでは、木でできた細い道を歩いていく。
道の下はギリギリまで水で、小さな魚がぴょいぴょい動いているのが見えた。
道の上は、木が覆いかぶさってて、ときどき何かがガサガサと枝をゆらす。
小さなサルとかのようだけど、しっかり見る前に姿を消してしまうことが多くて、惜しい感じだ。
【案内人を雇うと、こういった小動物の観察時間も、長くなりますよwwww】
「なんつー商売!」
【どうもwwww】
ファンタナール旅行は短くて、明日、1日いっぱいしかない。
だから明日は早起きして、カヌーで森の中を渡ってピラニア釣りをしてジャガーを見よう ―― と、森の道をみんなでのんびり歩きながら、だいたいの計画を立てたとき、目の前に、木のゲートと三角屋根の建物が見えた。
―― ついに、ロッジについたのだ。
※※※※
「あら、大したことないけど、悪くもないじゃない」
「このベッドカバーは、アオポイですね。伝統の綿織物です」
「へえ! サラサラで気持ちいいな!」
「ベッドも気持ちいーねー!」
ロッジの部屋はかなり広かった。女の子ばかりの4人部屋だ (女の子になって良かった!)。
ベッドが壁際に2つずつ。ほんのちょっとの草地の向こうに大きな湖の見えるウッドデッキはかなり広くて、チロルたちモフモフガイド犬がさっそく、追いかけっこして遊んでいる。
窓際にはゆったりしたソファとミニテーブル。色とりどりの糸で花模様の刺繍がされた、レースのクロスがかけられている。
「これはニャンドゥティっていうんですよ。かわいいですよね」
「サクラ、くわしすぎ!」
「だってほら、調べても調べても…… 世界にかわいいものとオシャレなものは、尽きないじゃないですか。それぞれ違うのに、みんなキレイですよね」
「ふうん……」
「あたしはー、そんなサクラっちがステキと思うなー」
俺とエルミアさんがベッドでゴロゴロしている間にも、サクラは次々とスチルを撮っていった。部屋全体から、刺繍の細かい模様まで。いつもどおりに膨大な量になってそうだ。
エリザはソファで、用意されてたウェルカムドリンクを味見していた。飾り切りされたレモンが添えられたグラスに入った、黄色っぽいジュースだ。いかにも南国っぽい。
「エリザ、どんな味だ?」
「気になるなら自分でお飲み」
「つまり美味いんだな?」
「だから自分でお飲みと言っているでしょう!?」
飲んでみたら、コーラっぽい味の炭酸だった。コーラよりもうちょい、甘みが爽やかで飲みやすい感じだ。
「これいいな! デッキでのんびり飲みたい!」
「あたしもー!」
「そういえばエルミアさんは、ハロルドと一緒の部屋じゃなくて良かったの?」
「うふー。おあずけ中なのー♡」
―― 出会って初めて、ハロルドがなんだかちょっと、かわいそうになった。
デッキに出ると、見渡すかぎり、赤い花みたいな色にぼんやり染まった湖と森の影だった。もう、夕方なんだ。
ひたすら大きな空に浮かぶたくさんの雲も、もれなく赤い ――
俺たちのあとからエリザとサクラも出てきた。
みんなで、デッキチェアに座ってどこまでも続きそうな空と水と、その間にある木々をぼんやりと眺める―― なんにもしてないのに、すごくぜいたくな時間な気がするな。
俺たちはみんな、この大きな世界の中の、ほんのひとつの点でしかないんだけど、なんだかそれが、めちゃくちゃいいのだ。
「すごいなあ、地球…… うもれたいなあ…… 」
「これ以上、どのようにしてでしょう?」
「ジョナス! みんなも!」
相変わらずの不機嫌そうな問いかけ。
見ると、隣のデッキから、男の子たちが手を振っていた。眼鏡クイしながら、しごくまっとうなツッコミを入れてくるのは、当然ジョナスだ。
「あなたがたのリアルは地下生活でしょうが」
「そっか…… そうだな!」
俺たちはリアルですでに、地球に埋もれているようなものだった……!
「そう考えると、リアルも楽しいかもな!?」
「楽しいのはあなたの頭の中でしょうが、ヴェリノ」
「ジョナスって…… 俺のこと、そんなふうに思っててくれてたのか……!」
カッコいい、っていわれるのも嬉しいけど、楽しい、っていわれるのはもっと嬉しいよね!
「さすがジョナス! 実はよく、わかってるぅ!」
「…………っ」
ジョナスが絶句し、ミシェルが身を乗り出して叫んだ。
「そろそろ、夕ごはん行くよっ」
―― そういえば、肉を焼くにおいがめちゃくちゃしてる。
食べるぞ!