16-15. クリスマスの恒例イベント(2)
「君たちっ……!」
ショータロー先生はまるまっちい人差し指を、ビシッと俺たちに向けた。
「忘れたとは言わせないのじゃ! あの、えげつないイジメの数々を……!」
忘れてました、と、サクラ。
「といいますか、あれはテンプレ的なお約束で…… わたしもけっこう、楽しんでましたし」
「えっ…… そうだったの……」
俺、本気になってエリザに食ってかかった思い出が超あるよ!
「恥ずかしい……!」
「でもあれで、ヴェリノさんがいい人だってすぐにわかったんですよ」
あれからいろんなことがありましたね、とサクラが懐かしそうな目をした ――――
そんな俺たちのやりとりは、狸耳の先生には全然聞こえていないようだ。
「ショーコだって、そろっておるぞ!」
丸いしっぽをふりふりして、ショータロー先生は 「ふんっ!」 と胸を張った。
「おっととと……」
ふんぞり返りすぎて、後ろによろめきかけたのを、短いあんよでぐっと踏ん張っている……!
「よっ、と。ともかくも、これを見るのじゃ!」
俺たちのテーブルの真ん中、ローストビーフの真上の空間に、映像が現れた。
―――― 最初は、エリザがサクラの足をひっかけて、すっころばしてる様子の連続だ。
「…… きゃっ☆」 「あら! ごめんあそばせ!」
「…… あっ☆」 「あら! 見えなかったわ。あまりに空間にとけこんでらして」
「…… きゃあっ☆」 「あーら! いいこけっぷりじゃない?」
サクラの悲鳴とエリザの嘲笑が…… どの回も、すごくわざとらしいな。
それに、サクラのこけ方。見た目は派手に転んだふうだけど、きっちり受け身はとっていて、しかも段々と上手くなっている。
「…… おかげで、今ではどれだけこけても怪我しない自信ができました」
サクラが、しみじみと当時を振り返った。
「そうそう。こけるのは悪いことじゃないよな! 大事なのは、どうやって上手にこけるか、ってことで!」
俺、名言! (どやぁ!)
「そのような考えだから、あなたはよく失敗してるんですね、ヴェリノ」
「それは否定しないが、みんなのおかげで、常になんとかなってるだろ? だから別にいいのだ! もちろん、ジョナスのおかげも、すごくあるしね!」
「くっ…… そのようなこと言ってたら、いつか痛い目見ますよ?」
それでもこのメンバーなら、誰かがなんとかしてくれる気しか、正直しないんだけどね。
「大丈夫! 俺、みんながめちゃくちゃ大好きだから!」
みんなのおかげで、俺はここまで楽しくゲームを続けてこれたんだ。
痛い目にあっても、みんなと一緒ならいっか、って思う。
「私も、ヴェリノが大好きだよ」
「オレも!」
「ボクのほうが、いちばん、好きなんだからねっ!」
「カホール ダヨ!」
エルリック王子とイヅナとミシェルとカホールが競争みたいに返事をしてくれ、最後にジョナスがはっきりと舌打ちをした。
「それとこれとは関係ないでしょうが。まったく、これだから……」
ほんと、ほのぼのするなぁ……
「こほんっ。まだ、ショーコはあるのじゃ!」
ショータロー先生が次に写し出したのは、エリザがサクラに 「平民」 とか 「身の程知らず」 とか罵ってる映像。続いて、エリザがサクラを無視しまくってる映像も……
「わたし、嬉しかったんですよね……」
サクラがまた、しみじみと呟いた。
「悪役令嬢なんて大体は、お小遣いに大金をもらうことだけが目的で、あとはあの手この手で貧乏ヒロインにザマァして一生勝ち組でいることしか考えてない子ばかりが選ぶコースだと思ってたのに…… こんなに真面目に悪役令嬢に徹してくれようとする子がいるなんて」
「ふっ…… ふん……っ! あたくしはただ、あなたのような思い上がった平貴族が大きな顔して振る舞うのが、気にくわなかっただけよ!」
「その上、恩着せがましいところは一切なく、控えめで…… こんないい子と仲良くなれるなら、このゲームも捨てたものじゃないと思いましたし…… それで今、こんなに仲良くなれて…… 本当に、良かったです」
「あばああばばばあああば!」
エリザがついに、ちょっと壊れた。
「いい子なんて、かきくけか、こんちがい、いえ、勘違いよっ!」
「そうじゃ! 勘違いじゃ! わが生徒を悪くいいたくはないが…… この子はいじめっ子なのじゃ!」
ショータロー先生の、ぷくっとした短い指が、ビシリとエリザをさす。
「この、決定的瞬間を見よっ……! なのじゃ!」
映し出されたのは、エリザが階段の上からサクラを突き落としているシーン。
「ああこれ」
くすりと小さく、サクラが笑った。
「このときちょうど、下にイヅナさんがいたんですよね」
「あのときは、空から天使が降ってきたのかと思ったぞ、サクラ」
どうやら、イヅナとサクラの出会いはばっちり、エリザのおかげであるらしい。
さすが、いい仕事してるな、エリザ……!
「あれから、イヅナさんにはすごく気にかけていだいて……」
「だって、サクラみたいに女の子らしくて可愛いくて守ってあげたくなる子、ほかにいないからな!」
「もう、また…… わたしはそんな子じゃないですよ」
「それでもオレが守ってあげたい、って思うんだから、いいだろ!」
「イヅナさん……」
「サクラ…… オレ、オレ…… サクラと……」
「あ。プロポーズは、何度も言ってますけど、先にヴェリノさんにしてくださいね」
いい雰囲気だったけど、サクラはやっぱりサクラだった。
「とにかく……! いじめはダメなのじゃ、絶対! 断罪じゃ断罪!」
ショータロー先生、ジタバタしてるなぁ……。
―― と。
短い手を振り上げて、エリザの処罰を主張し続けてる (KY気味だけどかわいい) 狸型獣人の後ろに、すらっと背の高い人影が現れた。
「ほう…… 断罪」
遅れてきたヒーロー、アリヤ船長だ!
船から降りて駆けつけた、ってところか。
きっと 『遅刻、遅刻ぅ!』 って食パンくわえて走ったんだろう…… なんてことは絶対にあり得なさそうなイケオジぶりがちょっと腹立つが、急いだことは間違いない。
だって、もともとが悪役令嬢の救済要員だし、エリザとの仲も順調だからな。
(遠距離恋愛ではありますが、3日に 1度以上の文通や、月1度のサクラからの 『エリザ・ザ・ファースト ~厳選スチルアルバム~』 で着実に想いを重ねてきたのです…… とか、紹介してあげたい!)
―― と、それはさておき。
ともかくもアリヤ船長ならば、きっと、ショータロー先生をスマートに止めてくれるに違いない。
「具体的にはどのような罰を与えるおつもりですかな、先生」
「そうじゃな…… まず、サクラさんに謝るのじゃ!」
「ほう」
「それから、学園中の大掃除じゃ!」
「ほう」
「それから、冬休みの宿題に反省文10枚じゃ!」
「ほう…… それから?」
「それから、それから…… そうじゃ! 誓約書も10枚追加じゃ! くっくっくっくっ…… それも……」
「それも?」
「香り高き墨をゆっくりとすり、筆にじんわりと含ませたあと適度にしぼって微調整し、最高級半紙に心を込めて書くのじゃ! 書き初めじゃ!」
「なんと書くのでしょう?」
「もちろん! 『 2度といじめはいたしません。エリザ』 じゃ!」
「ほう…… それから?」
「うーむ…… 以上じゃ!」
「ほう……」
アリヤ船長の瞳に、剣呑な光が宿る…… ヒーローっぽくてカッコいいな!
だが。
「…… 許せないね」
その背のあたりから、闘気とでも呼ぶべきなにかをユラユラと立ち上らせて、ショータロー先生に対峙するアリヤ船長に……
「どこが!?」
と、つい、ツッコんでしまう、俺であった。




