16-14. クリスマスの恒例イベント(1)
「…… ホニャララ公爵令嬢! 私は貴女との婚約を破棄する!」
「婚約破棄を宣言する!」
「婚約を破棄することを、ここに誓う!」
誓ってどうするんだ。
…… という、ツッコミはさておき。
学園のクリスマスパーティー会場では、ファーストダンスが終わったとたんに、やたらと凛々しい大声があちこちから響き出したのだ。
「きましたね、 『恒例☆婚約破棄』 イベント」
「楽しそうだな、サクラ……」
「楽しいですよ。見たら、ヴェリノさんもわかると思います」
「ふぅん……」
「サクラが楽しいなら何のイベントでもいいぞ、オレは!」
楽しそうなサクラと、最高にデレてるイヅナをはじめ、俺たちのグループはのんびりとしたものである。
ローストビーフやサラダやポテトやチーズをつつき、サイダー味のポーションを飲みながら、ひときわ着飾った気の強そうな令嬢が青ざめたり、『好意値はじゅうぶんなはずなのに……』 と呟いてよろめいたりする様子を鑑賞しているのだ。
大体のケースは最終、別のイケメン男子が彼女に 『ならば私と婚約しませんか!』 と素早く指輪や花束やケーキを捧げて〆である。
「そっかー。婚約破棄される悪役令嬢のほとんどには、救済イケメンがいるんだな」
「をんをんをんっ♪」
【当然ですよww このゲームのモットーは 『全ての乙女をハッピーに♡』 ですからww】
「でも、人員は限定されてるので、選べないっていう話ですけどね……」
「きゃんきゃんきゃんきゃんっ!」
【それは仕方ないでしゅ! これで好みのNPCを選べるなら、みんなが悪役令嬢になりたがってしまいましゅから! なにしろお小遣いが半端なくちがいましゅのでね!】
「くぅーん…… 」
【お金を取るか愛を取るか♡ 究極の2択なんですよ♡ ゆらぐ乙女心ですね♡】
「なるほどなぁ……」
サクラとガイド犬たちの説明で、俺にもやっと 『悪役令嬢+婚約破棄』 イベントが、ぼんやりとだが理解できるようになってきた……。
「じゃあ、エリザのアリヤ船長なんかは、本当にラッキーなパターンなんだ」
「そうともいえますね…… ここには、来てないみたいですけど」
そうなんだよな。
もしかしたら、エリザの今後の運命がかかってるかもしれない、このクリスマスパーティーの舞台……
『エリザに何が起きてもフォローできるように』 って、俺たちは実のところ、かなり一生懸命、エリザを見守っている。
もし、エリザが断罪されたりしたら…… それを救うのは本来は、アリヤ船長の役どころなんだろうけど。
今日はまだ海の上だって、エリザも言ってたしな。
―― と、ここで。
「…… ええい!」
エリザがいきなり、気合いを入れてグラスを飲み干した。
「あなた方も…… さっさとやってくださって、けっこう! もとよりそうなる運命と、あたくし自身が選んだコースだもの。遠慮は要らないわよ!?」
「おおっ…… エリザ。こんなときまで、オトコマエだなぁ…… カッコいい!」
つい拍手したくなったけどできないので、俺は抱っこしてたミシェルをゆすゆす揺すった。
カホールも、パタパタとエリザの周りを飛ぶ。
「パパ! カッコイイー!」
「ほ、ほめても何も出ないんだから……っ」
ツーンとそっぽを向いた耳が、真っ赤だ。
エリザは、腰に手をあててバーンと胸を張る、お得意のポーズを繰り出した。
「とにかく! 婚約破棄リターンズでも断罪でも! なんでも好きにしてちょうだい……っ」
しーーーん。
一瞬、周囲が静かになった気がした。
俺たちは誰もしゃべらず、ただ、エルリック王子とその隣のジョナスに注目する…… もし、エリザが断罪されるとしたら、このふたりのどちらかが手をくだすはずだからだ。
「…………………… みんな」
長い沈黙のあと、エルリック王子が口を開いた。
―― まさか、本当に断罪だなんて…… しないよな?
エルリックが、するわけないよな、そんなこと…… 頼む。
なにもない、って言ってくれ……!
「私は、エリザを断罪する気など全くないよ。婚約破棄も、とうの昔に終わっているしね。ね、ジョナス?」
「はい。ですが、お望みなら、して差し上げてもよろしいかと」
おーい。ほっとしたとたんに、何を言い出すんだ、ジョナス。
「いやいやいや! 冗談じゃないよ!」
「ええ。冗談ではありませんが…… なにか?」
いや。眼鏡クイしてジロッとにらまれてもね。
―― ともかくも。
「なぁんだ。やっぱりエリザは当然、無罪だよね! …… でも、良かったぁ……」
「良かったねっ、お姉ちゃん! エリザさま、意外といい人だもんねっ」
一気に力が抜けそうになって、慌ててミシェルを抱っこしなおす。
「いやいやいや。意外とかじゃなくて、正真正銘めっちゃいい子…… ってイタッ。なんで扇投げるのかな」
「あら。ウッカリ手が滑ったわ。ごめんあそばせ」
「…… これは、断罪すべきでは、王子」
「いやいやいや、ジョナス! エリザが超絶な照れ屋さんで、誉めるとこうなっちゃう、ってことくらい、俺たちみんな知ってるじゃん!」
「そうだね。エリザは超絶な照れ屋さんだよね」
エルリック王子だけじゃなくて、イヅナもうんうん、うなずいてくれている。
「でも、思いやりの心のあるいい子だと、オレも思う!」
「そうですね。とっても真面目な頑張り屋さんでも、ありますし」
「あっ、あなたがた……」
エリザが扇で顔を完全に隠して、うめいた。
「あっ、あたくしを殺す気……?」
なぜそうなる。
「ま、ともかく…… 」
エルリック王子が、しめくくった。
「断罪なんて、するわけが 「ちょっと待ったぁ!」
…… のを、遮ったのは、子どもみたいな高めの声。
王子の背後から、ビシッとエリザを指差しているのは、ふわふわの丸い耳にもふもふの丸いしっぽ。
狸型獣人 (見た目年齢 7歳) のショータロー先生だ。
「君らが許しても、ワシは許さないのじゃ……!」
「「「「「「…… なにを?????」」」」」」
俺たちのツッコミは、見事に一致していたのだった。




