閑話11. 運動会(11)パン食い競走④
スピードをかなり落としながらも、イヅナはパンまでたどり着いた。現在は2位。
1位の子は、もうパンをとって走っていってしまっている。
けど、俺は知っている…… イヅナが諦めずに、めちゃくちゃ頑張ったことを……!
「イヅナ…… 足の痛みに耐えて、よく頑張った……!」
「まったく…… まだ後半残ってるのに、なに泣いてるんですか。下品な応援といい、みっともない」
ジョナスが、白いハンカチで俺の目をゴシゴシぬぐってくれた。
「ありがと、ジョナス…… うう…… イヅナぁぁぁ! 頑張れぇぇ!」
パンは、2位以下の宿命で、激しく揺れているが…… イヅナは、さっきの俺のやり方を見てくれてたみたいだ。
いったん、頭をぶつけてパンを止め、それから背伸びして、ぱくん、とくわえた。
足さえ大丈夫なら 『やすやすと』 って感じでのゲットだ。
それからまた、左足をひきずり気味に走り出す……
「イヅナ、頑張れー! すごいぞー! 偉いぞー!」
もう、1位の子には追いつけそうにない。それどころか、3位の子も迫ってきてる。けど……
順位だけが、全てじゃないよね!
「イヅナが一番だ! 俺の中では優勝だ! だから頑張れ!」
「イヅナさん! すごいですよ!」
サクラの声援で、やっぱり少し速くなる…… これが愛の力……! (感動)
イヅナは、3位の子とほぼ同時にゴールインした。
『判定の結果…… 2位、リヒャルト…… 3位、イヅナ…… となりました。両者の健闘を……』
デジャヴぅぅ!
―― イヅナ、判定負けする男……!
そして。
「みんな…… すまん!」
戻ってくるなり、頭を下げるイヅナだったが…… 一番ガッカリしてるのは本人だろうな。なにしろ、サクラとのデートが掛かっていた勝負なんだから。
「気にするなよ、イヅナ。俺は感動した!」
「お姉ちゃんがいいなら、ボクも気にしませんから!」
「そうだね。イヅナは、よく頑張ったよ」
俺もミシェルもエルリック王子も口々に、イヅナを慰める。
「ふんっ、生ぬるいわ! あたくしは1位以外、認めなくってよ!」
エリザが厳しいこと言ってるが、エリザの場合は、自分が負けても同じこと言いそうだからな。
つまりは、いつものこと……
「…… ま、でも、あの中で一番頑張ったのは、あなただとは認めてあげてよ、イヅナ! …… って、なによ、あなたたち!」
セリフの最後は、俺たちに向けられたものだ。
「いやぁ…… エリザが珍しく 「ひひひ日和ったわけじゃなくてよ! 本当にそう思ったか…… ああああもうっ!」
「そうだな! イヅナが頑張り1番!」
「努力賞ってお情けみたいだけど、これは本物だよねっ!」
「そうだね、ミシェル」
エリザは、扇ですっかり顔を隠してしまったが、俺たちはなんだか嬉しくなって、また、イヅナを励ました。
けど、イヅナはまだちょっと、しょんぼりしている……
「サクラ…… デートのことなんだが……」
「…… してもいいですよ」
「…… え?」
「デート、してもいいですよ」
サクラは、ほんのわずかにピンクに染まった顔を上げて、きっぱりと言い直した。
「わたしも、イヅナさんはよく頑張ったと思いますから…… わたしにとっても、優勝です」
「「さっ……サクラぁぁぁ!」」
「離してください、イヅナさんも、ヴェリノさんも」
俺とイヅナは、はからずも同時に叫んでサクラに抱きつき、物凄く冷静な感じで叱られたのだった。
「ごめん、つい、感動のあまり…… ゴール決めたな、みたいな」
「ヴェリノさん、それは全然違いますから」
「そうなの? でも、やったな、良かったな、イヅナ……!」
「ああ……! ありがとうサクラ、ありがとうヴェリノ……!」
俺とイヅナと (ちょっと無理やりに) サクラが、ガッチリと握手を交わしたとき…… それに氷をぶちまけるかのごとき低音が聞こえた。
「情けない……」
ジョナスだ。
クイッと中指で眼鏡の縁を押し上げ、こっちを見下している。
「頑張ったで賞なんて、お情け以外のなんだというのです? そのようなことを身内で言い合って満足するとは、まったく…… 「ジョナス、いいから」
エルリック王子が止めたが、ジョナスはまだ、おさまらなかった。
「それから、サクラさん。今ここで、そのように激甘い妥協に走るとは…… イヅナが、その程度の男だとでも思っているのでしょうか」
「…………」
サクラが小さい声で、いいえ、と答えた。
でも実際、イヅナはケガしてあれが精一杯だったし、それで、何も勝つことだけが全てじゃない、って教えてくれた。俺は本当に感動したんだ。
嘘じゃないし、単なる慰めでもない。
サクラだって、同じだろう。
「ジョナス…… 負けて悔しかったんだろうけどさ、もう、やめてあげてよ。俺は、イヅナは頑張ったと思う!」
「いいえ…… そもそもが、気負いすぎてスタート地点で転倒することからして、たるんでる証拠です。スポーツマンタイプのNPCとしては失格と言えましょう」
うう…… そうかもしれない、けどさあ!
なんかもっと、言い方、ってもんがあるよね!?
「いや、失格だなんてことは 「ありますね」
ジョナスは止まらないし、雰囲気は悪くなる一方 ―― と見てとったらしいエルリック王子が、フォローに回った。
「みんな…… ジョナスはつまり、イヅナを高く評価してるんだよ、ね?」
「いえ、このままでは、高く評価など、とても。我々はまだ、午後から騎馬戦と借り物競争に参加の予定ですが…… 負けてもいいなどと皆さんが本気で考えているならば、その必要はないのでは?」
「ジョナス、あのね? 参加することに意義があると、私は思っているよ」
「頑張って楽しくやれば、それで良い…… と? 勝ち負けは気にならないんですか? 本当に?」
そっか…… わかったぞ。
つまりジョナスは、こう言いたいんだな。
―― まだ、勝負は終わっていない。
なるほど……
負けたら悔しい。慰めあってその悔しさを癒すのも、いい。
だけど、悔しさをバネに次の闘いに挑むとしたら…… そっちのほうが確かに、ワクワクするよね!
「よし、わかったぞ、ジョナス。
勝負はこれからだ! 必死で勝ちに行け! ……ってことだな!?」
「…… 誰がそんな、熱血スポコン漫画のようなことを言いましたか」
「今、言ってたじゃん…… なるほど、それはそうだよな! 俺たちの戦いはこれからだ!」
「少年マンガの打ちきりエンドみたいですね」
ジョナスもサクラも、意外とよく知ってるな…… だが。
「エンドじゃなくて、本当にまだこれから、だよな! …… ジョナスの言うとおりだ!
感動するのも、後ろを振り返るのもあとでいいよな!?」
「そっか…… わかった…… オレが間違っていた……!」
イヅナが、きっちりと姿勢を正して、サクラのほうを向いた。
「サクラ!」
「はい」
「次こそ勝つから……! 勝ったら、オレとデートしてください!」
「…… いいですよ」
サクラは、勝ってくださいね、と微笑んだのだった。
―― そんなわけで、午後からは騎馬戦に借り物競争…… だが、その前に。
待ちに待った、お弁当タイムじゃあああああっ!!!