閑話11. 運動会(6)赤白対抗リレー⑤~綱引き
『判定の結果……』
数十秒後、アナウンスが再び流れた。
『1位、マーク。2位、イヅナ…… となりました。両者の健闘を讃えて拍手……』
パラパラとあちこちから拍手が起こり、赤組は 「いぇーい!」 とか言って盛り上がってるが……
俺たちは当然、納得いかない。
「うそ……! 絶対、イヅナが先だったでしょ!」
「そうよね! おかしいわよ!」
「ゴールテープは、イヅナさんが切ったように見えましたよね?」
「おそらくは……」
俺とエリザがぶーぶーと不満を言い合い、サクラが首をかしげ、ジョナスが眼鏡の縁をそっと (しかし力入れすぎて右手の中指が震えてる) 押さえたところで、再びアナウンスが流れた。
『判定画像はこちらです』
宙に、イヅナたちがゴールに到着した瞬間の画像が写し出される。
「うわっ…… なんてこった……」
俺たちは、ちょっとの間絶句した。
「これは…… 残念すぎますね……」
「うん……」
ジョナスでさえもが、鎮痛な表情で押し黙って、イヤミの1つも口にしない。
それほどに…… 判定結果は、残酷なものだった。
判定画像では、俺たちが実際に見ていたとおり、イヅナは、先にゴールテープを切っていたのだ。
だが、なんと…… ゴールラインを先に越えていたのは、ライバルの子の足 ――――
「なんてこった……」
手足から力が抜けたような気がして、思わずしゃがみこんでしまう、俺。
「ちっくしょぉぉぉぉ!」
「お姉ちゃん、元気だして! はい、約束だよっ」
ミシェルの柔らかい体温が頬にあたって、ちゅっ、と音がした…… って、おい。
「チューするのは、イヅナに、じゃないの?」
「イヅナに、だなんて、ひとことも言ってないからねっ、ボク」
ミシェルがドヤった感じでアゴを上げたとき。
「いやー、スマンかった!」
イヅナが、汗を拭きながら戻ってきた。
「オレも勝ったと思ってたんだけどなぁ!?」
「イヅナ、気にすんなよ。めちゃくちゃ速くてビックリした!」
「いくら速くても最後でミス 「そうだね、イヅナが一番、速かったよ」
やっと気力を取り戻したのか、あからさまにイヤミを吐き出そうとしたジョナスの口をすかさず片手で塞ぎ、エルリック王子が微笑んだ。
「そうだよ! それにもとはといえば、俺がコケたのが悪かったんだし……」
「いえ、あれはファインプレーでしたよ、ヴェリノさん。エルミアさんを見捨てなかったのも、いろんな意味でよかったですし」
「けどなー……」
サクラは慰めてくれるし、男の子たちだって、誰も文句は言わないんだけど……
「俺は、やっぱゴメンって 「ええい、もうおやめ!」
エリザが、閉じたままの扇を、俺とサクラの間を割るようにして振りおろした。
「なぐさめ合いなんて、みっともなくってよ!」
エリザは、腰に片手をあて立派なお胸をばーん、と張ると…… おごそかに、こうのたまった。
「最後に勝てば、それでいいじゃない」
…… たしかに、そうだ。
「はいはいはいっ! ボクもそう思うっ!」
真っ先に、ミシェルが短い手を、せいいっぱい伸ばした。
「うんっ、俺も賛成!」
「そうだね。最後には、勝とう!」
俺がミシェルを高い高いし、エルリック王子が力強く宣言した。
「はい! 頑張りましょう」
「当然ですね」
サクラがうなずき、ジョナスが細い銀縁眼鏡をクイッと押し上げる。
「よし、じゃあ…… 次のパン食い競走では、絶対に勝つぞ!」
イヅナが右手を上にあげ、宣言した。
そのまま、上にあげた右手を、今度はサクラに差し出す。
「勝ったら、オレとデートしてください、サクラさん!」
おおおー…… イヅナが、ついに言った……!
なんてアニメの青春っぽいヒトコマ……!
―― さて、サクラの返事は?
サクラは、ほんの少しの間考え込んでいたふうだったが、やがて、こくん、とうなずいた。
「…… わかりました」
「「よぉっしゃぁぁあああああ!!」」
俺とイヅナはそろってガッツポーズをし、それから、しっかりと握手を交わした。
「頑張ろうな! 獲るぜ1位! 行くぜサクラとのデート!」
「おう、頑張るぞ! ありがとうサクラ! ありがとうヴェリノ!」
こうして、次の目標が決まった。
獲るぞ、パン食い競走1位 ――――!
だが、パン食い競争の前には赤白対抗の綱引きと玉入れがある。
まずは綱引き ――――
グラウンド中央に置かれた、とんでもなく長い縄を全員で引っ張りあう。
綱の真ん中には、初代もふもふガイド犬・ちちふさくんのぬいぐるみが正面向いてちょこんと置かれており、優勢なほうに顔が向く仕組みだそうだ。
ちちふさくんがこっちをしっかり向いて、『わぅんっ♡』 と吠えたら勝ちである。
「よし! 頑張るぞ!」
せーの、で綱を持ってみると……
意外と、重い!
そして人と人との間が、信じられないくらい密だ。前のエリザと後ろのジョナスが…… ウッカリすると触っちゃうくらいに、近い!
ピー、と合図の笛が鳴り、俺たちは掛け声にあわせて、綱を思い切り引っ張りはじめた。
「オーエス、オーエス!」
俺の息…… エリザにかかっちゃってないかな?
「わっしょい、わっしょい!」
ちなみにジョナスの息がかからないのは、ジョナスが無言で綱を引いてるからだと思う。
「いち、に、いち、に!」
「エイエイエイサー! エイエイエイサー!」
脚を踏ん張って、腰を落として、力いっぱい綱を引いてるんだけど…… 1回ぐっと引くと、次にはまた引き戻される。
やるな、赤組。
「そーりゃあ、そーりゃあ!」
どうでもいいけど、なんで毎回、掛け声がちがうの!?
【全国の綱引き・掛け声特集ですww ちなみにメジャーなのは 『オーエス、オーエス』 ですねww】
チロル…… 解説ありがとう。
「サーウン、サーウン!」
急に、ぐいっと手応えがきた…… おお、これは、もしや!?
はるか遠く、綱の上に乗っかったちちふさくんのぬいぐるみが徐々に、こっちに向きを変えてる気がする…… よし。今が、頑張りどきだな!
「よーいしょ、よいしょ! よーいしょ、よいしょ!」
おおお……!
いったん流れがこっちにくると、さっきまでの引っ張りあいの状態がウソみたに、綱がずるずるとこっちにきちゃってる……!
「せーの、オーエス! せーの、オーエス!」
ちちふさくんが、完全にこっちを向いた……!
「やった 「まだ綱は放しませんよ」
ジョナス…… なんでわかったんだ。俺が、両手でバンザイしかけたのが。
「がんばーれー! がんばーれー!」
そして、ついに。
『わぅんっ♡』
ちちふさくんが、吠えた。
「「「やったぁぁあああ! 勝利!」」」
俺たちは綱を下におろして、バンザイした。
パチパチと音が聞こえてくると思ったら、ハイタッチリレーが始まっていた。
前から後ろに、ハイタッチを送っていくのだ!
「やったわね!」 「おう!」
パァン、と気持ちのいい音を立てて、エリザの柔らかい手が俺の手にぶつかってきた。
俺は後ろを振り向いて、ジョナスに……
「あれ? なんで手、おろしてるの?」
「…… むしろ、なぜ私がハイタッチなどせねばならないのでしょうか?」
「楽しいから!」
ジョナスの片手を無理やりとって、パチン、と俺の手をぶつける。
ジョナスの後ろは、ワクワクして待ってるっぽい、ちびっこだ。
「ちゃんとミシェルに送ってよ!? ジョナスだってほんとは、勝って嬉しいんだろ? その喜びを、全世界に伝えるんだ……!」
ジョナスはとってもイヤそうにタメイキをついて…… でも、ミシェルの手にぽん、とハイタッチしてくれたのだった。
こうして綱引きは、見事、俺たち白組の勝利で終わり ―― 次は、玉入れだ。
これまた、リアルではやったことのない競技……
めちゃくちゃ、ワクワクするぅ ――――!