15-18. 砂漠へ行こう(4)
「うっわぁ、寒い!」
翌朝、5時に起きて豪華なキングサイズベッドからログインし、ついでだからテント付属とは思えないピカピカ大理石の洗面台なんかも使ってみたりした後 ――――
テントを出た瞬間、襲ってきたのは冷気だった。
「あれ? 民族衣裳着てるのに……!?」
砂漠の国にいる間は、この衣裳1つで温度管理バッチリだったんじゃ?
ガタガタしながら首をかしげていると……
「をんっ♪」
チロルが、俺の脚にモフモフの身体をきゅっと寄せて、暖めてくれた。
【衣裳の保温機能は一時オフしていますww この寒さを味わうのも含めて、砂漠の日の出鑑賞ww】
「なんつーこだわり!」
【wwww】
今日は修学旅行、実質的な最終日。
俺たちは朝早くにみんなで日の出鑑賞した後、バスで空港まで戻り、夕方にエルリック王子のジェットの中でアリヤ船長の 『デザート講習その2』 を受けて、翌朝、寮に帰る。
ジェットに乗るまでは、仮ログアウト状態 (リアルで学校があるからだ) だから、日の出を見たら、砂漠ともお別れ…… もう、お別れか。
なんだか、名残惜しいなぁ。
砂と空しかないのに、濃くて上等な時間がたっぷりある。
そんな場所なんだよな、砂漠って。
「もう! なんでこんなに寒いのよ」
「本当に寒いですね」
エリザとサクラが、ストールを民族衣裳の上に巻いて、ガタガタしながら出てきた。
向かいのテントからも、NPCが次々と姿を現す。
「よっ、みんな、おはよう!」
真っ先に挨拶してくれたのは、イヅナ…… あれ。
民族衣裳じゃなくて、普通の制服姿だ。
「ヴェリノ、オハヨー!」
「おはよう、ヴェリノ。エリザにサクラも。いい朝だね」
「相変わらず、だらしない顔ですね、ヴェリノ」
「お姉ちゃん、おはよっ」
頭に青い手乗り竜を乗せたエルリックもジョナスもミシェルも、みんな制服姿。
最終日だからかな?
「やあ、おはよう」
最後に姿を現したアリヤ船長も、船長の制服を着てるしな。
「おや、エリザ。寒そうだね」
船長、なにげに呼び捨て!?
俺がちょっとばかし、モヤッときてる間にも……
アリヤ船長は、着ていたキャプテンコートを脱いで、エリザにふわっと着せかけた。
「!?§¤£$!?」
何事かを叫んで、真っ赤になって別の意味でプルプルしだしたエリザは、確かにかわいいけど、なぁ……
「じゃあ、サクラにはオレのを!」
イヅナが制服の上着を、実に爽やかにサクラの肩にかけた。
そのまま、手が肩に置きっぱなしなのは、まぁ…… 気持ちはわかる、かな。
「じゃあ、お姉ちゃんはボク……っ」
ミシェルが制服を脱ごうとする前に、エルリック王子の控えめなシトラス系香水が、ふわりと鼻をくすぐって、肩のあたりがほわっと暖かくなった。
「どうぞ、ヴェリノ。風邪を引くといけないからね」
「お、おう…… ありがと……」
「大丈夫ですよ。バカは風邪ひかないそうですから」
ジョナスが、制服の内ポケットに手を入れたと思ったら、ぽい、となにかを投げて寄越した。
「おぉ、カイロ……! 準備いいなぁ!」
「この程度、当然ですが何か」
あったかい。
「ずっるぅぅぅい!」
「よしよし、ミシェルは俺があっためてやろうな!」
小さな身体をぽい、と抱っこすると、ミシェルは急に、おとなしくなってぎゅっと身を寄せてきた…… かわいいなぁ……
ジョナスが、ちっ、と口の中で舌打ちしているが、まぁいつものことだ。
「よーし! じゃあ、サクラは俺があっためてやるぞ!」
「きゃっ!?」
「エリザは、こちらへどうぞ」
「ーーーーー!!!?」
イヅナ+サクラ、アリヤ船長+エリザの抱っこが完了したところで。
「では、砂丘の上に向かおう!」
エルリックとジョナスが、転移魔法の詠唱をはじめ……
数分後。
俺たちは、昨日のぼった砂丘の上に、立っていた。
先客が、ひとりいるな……。
日の出前、斜めに傾いた月の明かりの中に立っていたその影が、くるりと振り返った。
「いらっしゃーい! みなさーん!」
昨日、ラクダをひいてテントまで案内してくれた、ターバン兄ちゃんだ。
日の出を見た後はまた、ラクダに乗ってバスまで戻るから、その案内も兼ねてここで待っていてくれた、ということのようだ。
「ここで、毛布にくるまって、日の出まで待つよ!」
ターバン兄ちゃんが、順番に毛布を配ってくれた…… のは、いいんだけど。
「君、すまないが、毛布が、足りないようだ」
エルリック王子が、やや戸惑ったように眉を寄せた。
「女の子に先に配ってくれたまえ」
「それ仕方ないね。ここでは、NPCにだけ大きめ毛布配るよう、上からの指令ね」
「をんっ♪」
【つまりはそういうイベントですww】
チロルが俺の足を肉球でペチペチしながら補足してくれた頃には、もう。
アリヤ船長が、もらった毛布できっちりエリザを包んでいた。
「あっ、あたくしは、けっこうよ! ひとりでヌクヌクだなんて!」
「じゃあ…… 一緒に入るかい?」
「!?§¤£$!?」
再び真っ赤になってプルプルしだしたエリザを、アリヤ船長が毛布の上からキュッ、とか、してるんだけど……!?
あーもう! よそでやれ!
と言いたい気分。(けど、よそでやられたら、それはそれで気になりそう!)
そしてイヅナのほうは、といえば。
毛布を広げて、めちゃくちゃ照れた顔をサクラに向けている。
「おー、その…… 良かったら、一緒に入るか?」
「いいですよ」
「やった! ……じゃなくて、ありがとう! でもなくて」
「早く入れてくれないと、寒いです」
「あ、ああ、そうだな……」
同じ毛布にくるまるサクラとイヅナ。イヅナが嬉しそうを通りこして 顔面崩れまくりすぎて…… うーん、いいね!
「お姉ちゃんっ! これ」
真剣な眼差しのミシェルが、俺に毛布を渡してきた。
「おーよしよしミシェル、俺と一緒に毛布に入るか!」
「うんっ」
肩から毛布を掛けて座り、ミシェルを足の間に挟んで毛布を前に回す。
ふわふわの茶色の髪が鼻とか口に当たるのが…… 癒されるなぁ。
…… と。
エルリック王子が俺の横に座った。
ぴと。
身体をくっつけて、肩に掛けていた毛布の半分を、俺の肩にまわしかけてくる…… あったかいな。
「エリザとサクラは? 毛布1枚で寒くないか?」
「…………!」
手を上げて、あっちいけ、って感じの仕草をするエリザ。平気なんだな。
「大丈夫です。それより……」
サクラは、ジョナスのほうをじっと見た。みんなから少々離れたところで、毛布にくるまり座ってる。
「ジョナスさん、ヴェリノさんがまだまだ寒そうです。ね、ヴェリノさん?」
「いや? 俺はもう 「ヴェリノさん……」
サクラが俺のほうに口をパクパクさせてみせた。
ぎゃ、く、は ……
「ジョナス、俺、まだ寒い!」
「…………」
ジョナスが、大きくタメイキをついて、内ポケットからゴソゴソと何かを取り出した。
ティーセットだった。
「ハニージンジャーティーです。どうぞ」
―――― ああ。
身体の中からあったまる、ってやつだな。
「さすがジョナス!」
「これくらい、当然の心得です」
「美味しい! みんなもいるー?」
「2人分しか、用意してませんが」
「みんなでわけようよ! はい、ジョナスには俺のあげる! 一緒のカップで悪いけど」
「……まったく。わかってて勧めるとはどういうことですか…… ああ、答えなくていいです。ロクなことじゃないでしょうから」
温かいお茶をチビチビ飲みながら俺たちは、日の出を待つ。
やがて、東のほうの空の端っこが、ぼうっと白くなってきた。
―――― 今日が、はじまるんだ。
2021/10/02 誤字訂正しました! 報告下さった方、ありがとうございます!




