15-10. 白の街を歩こう(3)
「なんっていうか、芸術だなぁ……」
モスクは、遠目から見ると単なる異国情緒ある白い建物だったんだけど、近くで見ると、植物模様のレリーフが細かく施され、ところどころに控えめに宝石っぽいものが埋め込まれたり、タイルで彩られたりと……
入り口を観察するだけでも、かなりの時間を過ごせそうなほどに凝った装飾がほどこされていた。
「なかなかやるじゃない、開発」
「職人的な執念を感じますね」
やっぱり気になるんだろうか、サクラは装飾の1つ1つにカメラを向けて、スチルを撮りまくっている。
「みぃぃぃ」
「お、ネコか。カツオブシ食う?」
「みぃぃぃ」
俺たちは、アリヤ船長からカツオブシを貰って、ネコに食わせたりしながらサクラを待った。
どこにでもネコがいるのは、この辺りの特徴らしい。
【昔の偉い人がネコ好きだったので、大切にされてるんですよww】
「偉い人って?」
【あまり言うと法律違反になっちゃいますww】
なるほど、宗教関連なんだな。
「お待たせしました」
「あら、待たせた自覚はあったの? でも残念ね? 大したことなくってよ」
「そうだな、サクラのためならいくらでも待つぞ!」
「時間ならまだあるもんな」
申し訳なさそうなサクラを、イヅナやエリザと一緒になだめながら、モスクの中に入って……
俺たちは、しばし絶句した。
モスク内部は、入り口どころじゃなく、めちゃくちゃ豪華で壮大だった。
―――― 連なるアーチと、てっぺんの丸い天井。
それを埋めつくすのは、小さなタイルで作られた無数の幾何学的な模様だ。
「コノ フンイキ ナツカシイ!」
「ふーん。カホールはこんなとこから来たんだな」
改めて、天井を見る。
カホールの故郷がどんなところかは知らないけれど…… 広い宇宙を感じるような場所だったのかな、となんとなく思った。
「えーと…… 超新星爆発に似てる?」
そんな映像を、動画でみたことがある気がする。そっくりだよね!
「くっ…… ヴェリノにしては、うまいこと言うじゃないの!」
「たしかに、似てますよね…… 昔にオリジナルを作った人たちが、見たことあるわけないのに」
サクラ、スチルをとるのも忘れて、みとれてるな……
もっともこれを、きれいにスチルに納めるのも、かなり難しそうだけど。
「をんっ♪」
【お土産用スチル、300マルですよww】
「抜かりないな、運営!」
イスラム文化圏では、人や動物を絵や彫刻にあらわすことがタブー視されていたから、独特の模様が発展した (おっと、あまり詳しく話すとリアルの布教禁止令に抵触しちゃうww) ――――
そんな解説をアリヤ船長やチロルから聞きながら、モスクの中をぐるりとみんなで一周して外に出ると、かなり西のほうに傾いてきた太陽の光が、入り口の影を濃く、長く伸ばしていた。
入る時には、白くて明るいイメージだったんだけど……
こうして見ると、なんだか少し寂しいような懐かしいような、不思議な感じがする。
「少し、急ごうか。出発まであまり時間が残ってない」
エルリック王子が時計を確認した。
「なら、転移魔法を使いますね」
サクラがポシェットから杖を出し、地面に大きめの真円を描いた。
俺たちはそこに入って、サクラが呪文を唱えてくれるのを待つ。
―――― そういえば前にサクラ、成功確率が低い、みたいなことを言ってなかったっけ。
それで俺も、 「早めに転移魔法を覚えて、いざという時には使えるようにしとこう!」 とか思ってたはずなんだけど……
ほかのことがあれこれ楽しくて、気づいてみれば、魔法の授業ほとんどとってない! (がくぜん)
だって、魔法って使えるとすごいと思うし、料理とか掃除には、ちょっとずつ便利なんだけどさ……
この世界では、なくてもなんとかなっちゃうんだもん!
自然、優先順位が低くなるっていうかね…… こういう時以外は。
と、ここで。
「手伝おう」
アリヤ船長が、サクラの右に立った。
「座標を合わせるのは得意だからね」
「だったらボクも!」
ミシェルが、サクラの左に立つ。
「ありがとうございます」
サクラがお礼を言って、3人の手が、杖の上で重なった。
『時と空間を統べる大いなる神よ
我ここに夢幻の扉を開く
無限なる行く先より
定めさせたまえ唯一の道を……』
詠唱も、複数人で一斉に唱えると迫力だよなぁ…… それに俺も、ミシェルと一緒に魔法使ったりしてみたい!
(そして 「お姉ちゃんすごい!」 って言われたい……!)
「俺もやっぱり、転移魔法習おうかな?」
「オレも……」
ちらちらと、サクラと船長を見るイヅナ…… ものすごく、複雑そうな顔してるなぁ。
「転移魔法など基本でしょう。NPCでありながら、まだとっていなかったというのが驚きですが」
「ジョナス、それは、イヅナの設定を作った担当者に言うべきだろう?」
「王子、失礼ながら、過ぎたメタ発言は修理対象かと」
「あ、それはいいの! 俺は面白いから!」
そんなやりとりをボソボソとしている間に、サクラたちは呪文詠唱を終わったらしい。
金色の日差しで彩られた、どこまでも青い空を、杖をもった3人の手が差し示す。
『瞬間転移!』
周囲の景色がぐにゃぐにゃと曲がりはじめ、次の瞬間、俺たちはぐるぐる渦を巻く空間の中に放り込まれていた。
内臓、ねじれるぅ……!
―――― やっぱり、この感覚が苦手だから、ついつい後回しになっちゃうんだよなぁ!
なんて思ってたとき。
エリザがボソッと、確かに言った。
「あたくしも転移魔法、習わなきゃ……」
―――― 乙女心、か……