15-4. 王子のジャンボジェット(1)
「マカロンは先に作っておいたほうがいい。乾燥に、2時間かかる場合もあるからね。アップルパイとフライドポテトは、帰りに教えよう」
「電子レンジとかは、つかわないの?」
「低温で焼いて乾燥、という手は使えないこともないがね…… そのオーブンの癖をちゃんと知っていないと、微妙な調整が難しいんだよ。
素人は自然乾燥が一番、安全」
「なるほど、一理ありますね」
サクラとジョナスが、うなずきながら、しっかりメモをとっている。
「さあ、そうしたら、まずはメレンゲを作ろうか」
朗らかに言うアリヤ船長の背後には、小さな窓に切り取られた、真っ暗な空 ―― 翼の明かりだけでなんとか、今ここが空だって、わかるのだ。
―――― そう、俺たちは、空の上で、アリヤ船長のお菓子作りレクチャーを受けていた。
10月9日金曜日の、夜である。
『設備が整い、かつ皆が揃ってレクチャーを受ける時間が空いているのが、ここしかありませんので』
セッティングしたジョナスは当然のように説明したが、誰が考えたんだろう。
旅客機の中にまるまる、バーカウンターとシアターセット付きの広々LDKと、小さなスポーツジムにジャグジー付きの風呂と、和風寝室を入れる、なんてことを。
ちなみに和風寝室は、一応男女別に別れているものの、間のふすまを開ければ大部屋に早変わりできる。枕投げしやすい仕様だ。
「もともと、私専用のジェットだったんだけどね。みんなで修学旅行を楽しめるよう、改装させたんだよ」
エルリック王子はキラキラエフェクトを普段の3倍くらい飛ばして、嬉しそうだった。
「うわぁ、ボク、こんな広い畳の部屋はじめて!」
「俺も! エルリック、ありがとう!」
「いいんだ、私も楽しみだったから」
爽やかに笑うエルリック王子。
「あとでみんなで、枕投げしようね」
「おう!」
―――― だがその前にともかくも、アリヤ船長による、お菓子作りのレクチャーである。
まずは、マカロン。
卵白に砂糖を加えて、冷やしながらかき混ぜて固めのクリーム状にしアーモンドパウダーを混ぜる、という、なかなか根気の要る作業を終えたところで、各自、紙のシートを渡された。
4cmくらいの○がいっぱいついた、型紙だ。
「できたメレンゲを、このシートの丸い形に合わせて絞り出すんだ」
アリヤ船長がめちゃくちゃキレイなお手本を見せてくれたあとは、さっそく、実践だ。
―――― みんな、真剣な顔でやってるなぁ……
サクラは危なげなくキレイに丸い形をとれてるし、エリザは最初こそ少しガタつきがあるものの、すぐに均一に出せるようになってきた。
で、俺はといえば……
「くぅぅぅっ…… どうやっても、ガタつくぅ!」
「気にするな、ヴェリノ!」
「うう、イヅナ、ありがとう……! でも、みんなに食べてもらうんだから、もっとイイ感じにしたいんだよー!」
「それは訓練あるのみだな…… だが、味は同じだぞ? 見ろ、オレのインフェルノボルケーニョを!」
赤く色づけしたメレンゲが、丸い型の上でうねって天を目指している……。
「これは、すごいな……! カッコいい!」
「だろ!? なにも均一なだけが良いことじゃない! だから大丈夫だ、ヴェリノ」
「お、おう! ありがとう! イヅナ……!」
そうか!
みんなと同じ形にできなくても、俺なりに工夫すれば、食べる人に喜んでもらえるかもしれないんだ!
「よっし! やるぞー!」
メレンゲの半分は、なるべく普通の○型になるように頑張って絞り出す。
だけど半分は、わざとぐにゃぐにゃさせたり、ツノをたくさんつけたりして…… うん、楽しい!
「みてみて! 俺のはスライムキングだ!」
「おおっ、やるな、ヴェリノ!」
「ハロウィーン向けですね」
「ヴェリノ、あなたにしてはよく考えたじゃない? あなたにしては、だけどね!」
イヅナも、とっくに作業を終えたサクラとエリザも、ほめてくれて…… つまりは大成功だな!
「本番では、チョコペンで目を描いたりするのもいいかもしれませんね」
「おお、さすがサクラ! 良いアイデア!」
ところが。
「せっかくだが、乾燥する頃には、そのツノは半分もとに戻ってるかもね。重力で」
渋いイケオジ声に苦笑されて、俺たちの野望は振り出しに戻ってしまった。
―――― なんだ、そういう仕組みだったのか……。
一瞬ガッカリした俺の肩に、ぽん、と手を置いたのはエルリック王子だ。
「だけど、少し先がとがるだけでもスライムみたいに見えるし、チョコペンで目を描くのは良いアイデアだよね」
「より本格的に造形したいのであれば、目玉用により小さいマカロンを用意すれば良いでしょう」
「あっ、じゃあ、これくらいだよね、ね、お姉ちゃんっ」
ジョナスの案に、ミシェルが手早く、メレンゲを絞ってみせてくれた。
次々にできる、1cmくらいの均一な丸。
「おおっ、いいな! ミシェル天才! ジョナスも!」
「えへへへ」
「思い付かないほうが、どうかしてますがね……」
こうしてマカロンを乾かしている間に、俺たちはアリヤ船長の指示で豆花と、型抜きクッキーの準備をした。
豆花は、ゼラチンと砂糖を豆乳に煮溶かす。
豆独特のいい香り!
しばらくそのまま冷ます間に、小麦粉を卵黄と砂糖とバニラエッセンスでコネコネ。こっちは、型抜きクッキーだ。
粘土遊びみたいで、楽しいなー!
豆乳が手で触れるくらいの温度になったところで、豆乳も、練った小麦粉も冷蔵庫に入れる。
「豆乳はそのまま固めて、あとは適当に切ってフルーツや小豆をトッピングするだけ。クッキーのほうは、しばらく寝かせてから型抜きして焼くよ。
野菜の浅漬けは、クッキーが焼けるのを待っている間に作ろうか。1時間も漬ければ食べられるようになるからね」
―――― ハロウィーンパーティー本番では、クッキーは前日に焼いておき、浅漬け作りは当日の朝にするといい。
アリヤ船長の教えを、またしてもサクラとジョナスが几帳面にメモしていた。
ふたりとも、頼りになるな!
それはさておき。
「そういうことなら、マカロンが乾くまでの間に…… いよいよ、だね」
エルリック王子の、珍しいくらいにワクワクした口調に、俺たちはいっせいにうなずいた。
「枕投げ、開始ーーーーー!!!」