14-17. 船長のおやつ
イヅナの家のだだっ広いダイニングキッチンでのおやつは、マカロンと 『豆花』 なるスイーツだった。どちらもアリヤ船長のお手製だ。
マカロンは、前に祖母が作ってくれたことがあったけど、ねばっこい飴みたいになっちゃったんだよな…… 『失敗したわー難しい』 と祖母が残念がってたっけ。
だが。
「ふわふわサクサクぅ! 天才か、アリヤ船長!?」
「レシピどおりに作っただけですよ」
「いや、これは天才だ!」
口のなかでスッと溶けて無くなってしまうような、軽い食感の生地に、甘酸っぱいジャムがよく合う……!
サクラもエリザも、NPCたちも幸せそうだな。ジョナスが何かメモをとってる…… いつか作る気なんだろう。
サクラが紅茶を飲んで、ふぅ、と満足そうに小さく息を吐いた。
「本当に美味しいです。ね、エリザさん?」
「ふんっ…… ま、悪くないわね。ここ、公爵家のぱぱ、パティシエにしてあげてもよくってよ、船長!」
エリザ、宣言どおりの攻めの姿勢だな……!
しかしアリヤ船長、余裕を崩さない。胸元に腕を当てて、茶目っ気たっぷりに会釈なんかしちゃってるぞ。
「恐れ入ります、お嬢さん」
―――― 果たしてエリザに勝ち目はあるのか!? …… は、さておき。
「こっちの豆花も美味しいぞ! なんかトロッとしてフワッとして、トッピングのフルーツと良く合う! なんだこれ?」
「豆乳をゼラチンで固めたんですよ。台湾のスイーツです」
「へぇぇぇ…… 万能だな、船長! いや、美味い!」
「お口に合って良かった…… 実はこちらはまだ、味見していないんです。先ほどやっと、ゼラチンが固まったばかりなのでね」
「えええ! もったいないな!?
船長も食べてみてよ。自分でも天才と思うと思う!」
いつものくせで、船長にスプーンを差し出そうとした俺を、サクラがすかさず目で制した。
「ん? どうした、サクラ?」
「あの、今、お邪魔な虫が飛び込んだように見えましたので」
「ええ? そうか?」
「ヴェリノさん……」
…… サクラ、しきりに、エリザのほうに目配せ…… わかったぞ。
「船長、エリザが食べさせてくれるって!」
「そうです、船長」
サクラがうなずき、エリザが数瞬、固まった。
「ななななによっ、そんなこと……! パパにもしたことないのにっ!」
「えー、でも、俺とは何回かしたよね、エリザ? 大丈夫だろ? 今朝、宣言したよね? 攻めて攻めて、せ…… 「わかったわよ!」
どうやら、心を決めたらしいエリザ。
スプーンを握りしめる手が、ぷるぷる震えている……
頑張れ、エリザ!
攻めて攻めて攻めまくるんだろ!?
俺はエリザの耳に口をつけて、コショコショと励ました。
「大丈夫。アレは、動物の餌やりと一緒だから、エリザ…… 癒されるだけで、噛みつかれたりしない。ほら」
俺の膝の上に座るミシェルの口元に、スプーンを持っていってあげると、ぱくん、と嬉しそうに食べてくれた。
「お姉ちゃん、もっと、ちょうだい?」
くぅぅぅ…… 何度やっても、癒されるぅぅ!
「な、平気だろ?」
「…………」
コクリとうなずくエリザだが、まだスプーンを持った手はプルプルしたままだ。
―――― と。
「ああ。お気遣い、ありがとうございます」
アリヤ船長がいきなり、そのプルプルしてる手首を、そっと掴んで…… 自分の口元に、持っていった。
ぱくり。
ごくん。
「…… ヴェリノさんのおっしゃるとおり、我ながらいい出来です。天才、とまでは申せませんけどね」
茶目っ気のある微笑みで、片目などつぶってみせておられますが。
―――― 船長ぉぉぉ!?
「やるときはやるんですね、やっぱり」
さすがイケオジです、とか、感心して呟いている場合じゃないよ、サクラも。
だって。
―――― エリザが、顔を扇で隠すのも忘れて、真っ赤になって全身プルプルしてるんですけど……!?
「エリザ、しっかり! あの程度の攻撃で、ひるむんじゃない! あんなのただの、『待て』 ができないワンコと一緒だ! 反撃、反撃!」
小声ではげますと、エリザはハッと気づいたようだ。
「ちょっと、ワンコと一緒だなんて、失礼ね!?」
―――― なんで、俺が怒られるんだろう。
結局エリザの反撃はならず、イケオジは余裕でイケオジなまま、オヤツは終わった。
アリヤ船長が作ってくれたオヤツ、めちゃくちゃ美味しかったけど ―――― なんか、イラッとくるぅ!
【イライラは戦闘機ゲームで吹き飛ばしましょうww】
チロルが俺の足にすりすりと頬ずりしながら、なだめてくれた。
―――― 次は飛行場。イヅナの島も、いよいよラストだ。