閑話10. ふたりきり?のデート①~エルリック王子(5)~
中盤にジョナス・エリザ サイド入ります。
魔法アイテム専門店の2階は、1階と同じ古びた煉瓦の壁の部屋だった。
薄暗い1階と違い、道路に面した方に大きな窓と、扉がついている。水路からでない客はたぶん、こっちから入るんだろう。2階でも会計できるらしく、片隅にはレジが置いてある。
そして、木の床の中央あたりには六角形のカーペットが敷かれていて、その上を無数の杖が先端の宝石を光らせながら飛び交っていた。
スピードはあまり速くなくて、飛び方に個性がある…… 真っ直ぐ飛ぶ杖、ゆったりと円を描いて飛んでる杖、それに、中央の方でフヨフヨ浮いてるだけの杖。
どの杖も、ぶつかりそうになったら頭を下げあったり、ルートを譲りあったりしている。
「みんな、お行儀良いんだな!」
「躾は済んでいます」
「へえー!」
「どうぞ、真ん中の方に入ってください。お客様の手元に寄ってくる杖がいたら、それが、お客様が選ばれた証。掴んでいただいて結構です」
「かぁっこいぃぃぃぃ!」
「をんをんをんっ♪」
行っておいで、とエルリック王子が微笑み、俺はチロルと一緒に六角形の中央に立った。
たくさんある杖は、素材や大きさ、装飾なんかが微妙に違っていて、同じものは全然ない。
杖たちは俺を審査してるんだろうか? 何か見られてるような気がする。
俺はなるべくカッコ良く見えるように、エルリック王子の立ち方を真似てみた。
さて、どの杖が来てくれるのかなー!?
※※※※
「なんなの、これは」
「くぅーん……」
腕組みをしてその乗り物を見下ろす公爵令嬢とその足元から見上げるパピヨン犬の視線を倍以上の冷たさで跳ね返し、ジョナスはハンドルについたベルをチリリ、と鳴らした。
「前かご付き生活用簡易車両…… かつての通称 『ママチャリ』 と言われるものですが、何か」
「あたくし、こんなもの乗ったことなくてよ!?」
「カホール モ !」
「お嫌なら、徒歩でどうぞ」
水郷地区は街全体から見ればごく一部に過ぎないが、迷路のように入り組み行き止まりも多いため、徒歩で探索するとかなりの時間がかかる。
自転車が最適なのだ。
「乗られないのでしたら、私がひとりで参りますので」
クイッと眼鏡を中指で押し上げてエリザに一礼し、ママチャリにまたがるジョナス。
「では。失礼します」
「マッテ、マッテ!」
「待ちなさい」
エリザは素早くポシェットからカウガールの衣装を取り出して、空中に現れた着替えボタンを押した。
「そういうことなら、あたくしが運転するわ!」
「やめた方がよろしいかと」
「このあたくしに、逆らうというの!?」
「自転車は練習が必要です。今それをするのは、時間の無駄ですが」
「…… ふんっ ……!」
ジョナスを押しのけ、自転車にまたがるエリザ。
ペダルを踏むと、自転車は一気に動き出した。
「ほら、できるじゃないの…… きゃあっ!」
バランスには自信があった。だがエリザにとって誤算だったのは、止まり方が分からないことだ。
見事に壁につっこみかけるのを、ジョナスが無言で荷台を掴んで、止めた。
「…… 私に運転させてください」
「ふ……ふんっ、仕方ないわね! 今回だけよ」
「…………」
相手がヴェリノならあからさまに舌打ちしてやったのに、と思う、ジョナスである。
舌打ちだけでは済まない。絶対に、ふたことみことは、何か言ってやるところだ。
『あなたは黙って後ろに乗っておけば良いんです。余計なことして怪我を増やしたいとは良いご趣味ですね』 とか何とか。
しかし相手は、公爵令嬢であった。
「…… では。しっかり掴まってください」
前かごにエリザのモフモフなガイド犬と青い手乗り竜を、荷台にエリザを乗せ、ジョナスの自転車は、密集した建物の間を猛スピードで走り出したのだった。
※※※※
よほど考えちゃってるのか、杖たちは、なかなか寄ってこない。
「…… まだ?」
【まだ1分しか、経ってませんよwwww】
俺の小声の質問に、チロルは草生やしてるが…… じっと立ち続けるのって、けっこうツラいものがあるんだよな。
「このまま、選ばれなかったらどうなるの?」
「そのままお引き取りいただくだけです」
「大丈夫。あきらめないで」
無愛想な店員をフォローするようにエルリック王子が微笑んだ。
「あきらめなければ、きっと誰かが見つけてくれるよ」
「うーん、そっか…… あれ? そっかな?」
あきらめない、っていうのは、何もしないことじゃ、ないよな?
―――― たとえばサクラは、俺とエルリック王子とのデートをかなり気にしつつも 「ジョナスさんと、ほどじゃないですから……」 と、見守るのをガマンして、制服デザインのコンテストに取り組んでいる。
そのコンテストだって、サクラが声を上げなければ始まらなかったことだ。
―――― それに、エリザだって、絶対に言うだろう。 「黙ってて選んでもらおうなんて、あなた何様のおつもり?」 とか、何とか。
よし、俺も、黙って突っ立ってないで、何かしよう。
「えーと、杖の皆さん、初めまして。俺はヴェリノ・ブラック。学生です。今の魔法レベルは、えっと、確か…… レベル7くらい! 得意技はプチアクアです。
まだまだ大したことないけど、もし、俺を選んでくれたら、もっと頑張ろうと思います! よろしくお願いします……!」
ぺこっと頭を下げて、また上げると、杖が一斉にチカチカ光ったり消えたりを繰り返していた。
まるで、拍手してもらってるみたいだな…… これだけでも、何かしてみて、良かった。
「どうもありがとう、皆さん!」
俺がもう一度頭を下げようとした、その時。
鮮やかなピンク色に輝く宝石をつけた杖が、手の中にまっすぐ、飛び込んできた。
5/21 誤字訂正しました! 報告下さった方々、ありがとうございます!