閑話10. ふたりきり?のデート①~エルリック王子(3)~
ゲームの良いところ。それは、いくら食べてもお腹いっぱいにならない! …… ブツがたとえ、山盛りのドーナツとパイであったとしても、だ。
「ふぅぅぅ…… 全部、美味かった…… エルリック、ごちそうさま!」
「どういたしまして」
ミスドの後、俺たちはゴンドラに乗った。
「おおー! 都合よく現れる、プライベートゴンドラ、王家の紋章付き! 歌上手い!」
チロルがフサフサのしっぽを歌に合わせて動かしつつ、教えてくれたところによると、20世紀三大テノールとやらが歌ってるらしい。
【王家のゴンドラの漕ぎ手は、パヴァロッティ、ホセ・カレーラス、プラシド・ドミンゴww このお三方が、日替りで勤めておりますww】
「へぇー。よく分からないけど、すごいな!」
「デートだからね」
「あ、けど護衛は?」
「岸から、車でついてきているはずだよ」
「お、あの、ちょっとゆっくり走ってる銀の」
「そう、それ」
おおおーい、と車に向かって手を振ってみたが、全く何の反応もない。
気づいてないのかな、ジョナスも、カホールも……。
※※※※
「ちょっと、ジョナス」
「なんでしょう、エリザ様」
「手を振ってるわよ、あの子」
「そうですが、なにか」
「………… いいえ、なんでもなくってよ!」
「カホール テ フットク ネ……!」
「「どうぞ、ご自由に」」
ゴンドラが入りくんだ狭い水路へと方向を変えた。
車を止めて舌打ちする、ジョナス。
「…… この程度。予測済みですとも」
エルリック王子との事前の打ち合わせでは、今日はゴンドラで小運河をまっすぐ下って隣町へと出る予定だったが……
急に予定を変更し、車の入れない複雑な路地へと入り込む可能性は大いにある、とジョナスは考えていたのである。
「駐禁エリアじゃないの、ここ」
「ご安心を。近場の駐車場は把握しております。カホール、追跡してください」
「ワカッタ……! ガンバッテ トブネ……!」
青いミニ竜がパタパタとゴンドラを追いかけるのを確認し、ジョナスは車の向きを変えた。
言ってしまえばヤンデレと勘違いされるので言えないが、その心は。
―――― この私から逃げようとしても、そうは行きませんよ……?
であった。
※※※※
「おお? こっち側に入るのは初めてだな」
「乗り合い船のルートじゃないからね」
「迷路みたいで楽しい……!」
両側に迫るレンガの壁。
曲がりくねった細い水路を、ゴンドラは器用に進んでいった。
「頭、下げて」
エルリック王子の手が俺の頭を軽く押えた…… と思ったら、かなり低めの石橋だ。
「うぉぉぉ…… ぶつかるぅぅぅ!」
精一杯身をかがめて、橋の下に入る。
「よっしゃ、いけたぞ!」
広い運河でスイスイ進むのもいいけど、狭い水路も、探検みたいでスリルがあって、ワクワクするな!
「この水路、そのまま店の地下につながっているんだよ」
暗くて少しヒンヤリするトンネルに、エルリック王子の声が反響した。
「店? 何の?」
「麻薬と人身売買……」
「えええ!?」
「…… は、昔の話で、今はヴェリノが欲しいものを売ってる」
「俺が欲しいの…… なんだろう? 銀行?」
金ならいつでも欲しいと、自信を持って言える!
「お金引き出し放題イベントとかあったら、楽しいのになぁ! みんなで豪遊!」
【wwwwww】
「残念。それはハズレだよ」
「えーっ、じゃあ、何?」
「ついてからのお楽しみ、かな」
真っ暗だった視界が、ぼんやりと明るくなった。
見回すと、レンガの壁のあちこちに、ランプが灯っている。
そしてゴンドラは、小さな船着き場のような場所に、ゆっくりと止まった。
「さぁ、どうぞ、お姫様」
「だからそれ、背中がモゾモゾするからっ……!」
王子が手を貸そうとしてくれたのを断って、揺れるゴンドラからレンガを敷き詰めた岸に跳び降りる。
オレンジ色がかったランプの灯りの中に大きく浮かび上がるのは、黒ずんだ金属の枠がはめられた、木の扉。
なんかすごい昔っぽい雰囲気だけど…… いったい、何の店だろう?
「じゃあ、行こうか」
エルリック王子が扉を押すと、扉の内側についていて鈴の澄んだ音が、船着き場中に響いた。