13-28. リゾートへ行こう(28)~出港~
「いよいよリゾートともお別れかぁ……」
「をん……」
俺はチロルを抱っこし、イルミネーションに彩られた夜の港の向こうに目を凝らしていた。
少し前までいた、海辺のコテージの辺りは今はしん、と暗く静まり返っている。
「おかげで楽しいバカンスだったよ」
エルリック王子がきゅっとハグしてきたが、どっちかっていうと。
「いや、お礼言うのは、こっちの方! だって、エルリックにもジョナスにも、イヅナにもミシェルにもめちゃくちゃ世話になったし……」
そう。今回の旅行、NPCたちは普段、セレブ中のセレブなご子息の面々なのに…… 甲斐甲斐しく買い物だの食事の支度や後片付けだのをしてくれたんだよな (ハロルド以外) 。
「ゲームの設定壊してるんじゃないか、こっちが心配になったくらいだぞ?」
「大丈夫。普段しないことをしてこそ、バカンスだろう?」
「そっか、ならいいんだ。でも、いい加減、手にチューするのやめて」
途端、とんっ、と軽く頭を叩いてくるのはジョナスだ。
「王子への口のきき方には気を付けなさい」
「いいんだよ、ジョナス」
「いえ、いけません。王子は至高のお方ですから」
―――― さすがジョナス、王子1番を改めて宣言してきただけ、あるなぁ!
王子ヨイショに、さらに磨きがかかった感……!
「イヅナもミシェルも、ありがとうな!」
「カホール ハ ?」
「もちろんカホールも! それからジョナスも! ごはん美味しかった!」
「別に…… 王子のついでですから」
ぼぉぉぉぉっ、と出港の合図の汽笛が鳴った。せっかくNPCたちが見送ってくれてるのに、ゆっくり話す暇が全然なくて、残念だ。
「また学園でな、ヴェリノ!」
「その前にデートしようねっ、お姉ちゃん!」
「カホール モ デェト スル……!」
「カホールはダメーーー!」
「ズッルゥゥゥゥイ!」
「悔しかったら人間になればいいでしょ!」
ミシェルとカホールの言い合いを背に、俺たちは急いで船のタラップを登った。
「お帰りなさいませ!」 と頭を下げてくれる船員NPCたちに挨拶を帰しつつ、コンシェルジュカウンターに向かう…… ここでチケットを見せるだけで、一瞬で客室に着くんだよな。行きは何とも思わなかったけど、よく考えたら不思議だ。
客室に入って荷物を置いた途端、船がゆっくりと動き出した。
「あ、王子たち、まだいるぞ!」
俺たちがバルコニーに出ると、エルリック王子たちがまだ、船に向かって手を振ってくれていた。
「おぉぉい! ありがとう!!」
「ふっ…… 来年も、あなた方と一緒に行ってあげても良くってよ」
エリザが高飛車に呟きながら小さく手を上げ、エルミアさんが 「うんうん、また来たいー!」 と、思いっ切り、手を振った。
「ハロルド抜きでーー!」
「え、いいの!?」
「うふふふー♡ 絶対、追いかけて来てくれるからー♡ はぁー、キュンキュンするー♡」
なるほど……。
「楽しかったですね」
軽く手を振りながら、しみじと言うのはサクラだ。
「特に、ジョナスさんがとっても素敵でした……」
「料理の腕もプロ級だもんな。びっくりした!」
「ああ、そうですね。そういう意味でも素敵でしたよね」
…… いったい、他にどんな意味があるっていうんだ……!?
俺たちは、船が方向を変えて桟橋が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
バルコニーから部屋に戻ると、船員NPCが白地に金の縁取りのついたオシャレな封筒を持ってやってきた。
「明日、船長主催のBBQパーティーの招待状です」
「きゃー! ありがとー!」
「…………」
喜んでぴょんぴょん飛びはねるエルミアさんと寡黙なガイド犬ナスカくんに、船員さんがニッコリした。
「ドレスコードなども特にございませんので、お気軽においで下さいね」
「ありがとう! …… ところで、アリヤ船長は?」
エントランスでは、ほかの船員NPCは揃って挨拶してくれたのに、船長の姿は全く見掛けなかった。
この招待状だって…… エリザがいるんだから、直接持ってきてくれても良さそうなものなのにな?
「船長は只今、操舵室です。安全に航行できる航路に入るまでは、船長自らが舵を取りますので」
へえ…… 本当に、ちゃんとそれっぽいことしてるんだな、船長!
客に愛想振り撒くだけが仕事とか、正直なとこ思ってて…… なんかゴメン、船長!
「そういうことなら、今日はもうディナー後は解散ですね」
サクラがエリザの肩に、そっと手を置いた。
「エリザさん、残念ですけど……」
「なな何が残念なのよっ! あたくしがガッカリしてるとでも!?」
…… ああ、ガッカリしたんだな、エリザ……。
「そうそう、これ」
エリザをきれいにスルーし、今度はポシェットからリボンでラッピングされた紙箱を取り出す、サクラ。
「これ、エリザさんから船長にお土産なんです」
「あたくし、お土産なん 「お渡しいただけますか? エリザからで、お願いします」
エリザが何か言い掛けたのを、強引に遮って、サクラは船員に箱を託した。
「…… で、何なの、アレは?」
「オキナワ名物・黒糖チョコ、コックリ甘い恋の味、です」
「こっ、こここここ、恋、ですって ……?」
「今夜、万一、会えないことも考えて買っておいたので…… ちょうど良かったですね」
「な、な、何がっ!?」
「念のために
『あたくしの下僕へ
早めにあたくしに挨拶に来ないと、承知しませんからね!
けれどもまずは、しっかりおやり! 当然よね。 エリザ』
というメッセージをつけておきましたから、効果はバッチリです」
「な、な、何を……」
エリザ、絶句。
…… まさか、ここまで完璧にツンデレぶりを真似られるとは、思ってなかったんだろうなぁ……
エルミアさんも、感心した目でサクラを見ている。
「サクラっちー、やるぅー! さっすがプロ級ー!」
「大したことじゃ、ありませんよ」
謙遜しながらも、「これで、好意値+70upを狙うとして…… そしたら好意値500までは、どう転んでも明日1日で到達しますよね」 と、抜かりなく計算を巡らせる、サクラだった。
4/8 up早々誤字報告いただきました!ありがとうございます、訂正しましたーm(_ _)m