13-11. リゾートへ行こう(11)~海の上のランチタイム~
「だって、無理だったもの!」
俺たちの顔を見るなり、そう宣うエリザ。
…… もしや尾行がバレバレだったのか? と、俺は焦ったが、エルミアさんもサクラも平気な顔をしている。
「落ち着いてください、エリザさん。どうしたんですか?」
「あーリザたん、もしかしてー! デートのお誘い断っちゃったー?」
「でででデートっ!? そんなんじゃ、ないわよっ」
「じゃあ、何なんでしょうか?」
人数分のジュースをテーブルに置いてくれながら、可愛らしく小首をかしげてみせるサクラ…… 間違いなく、小悪魔だ。
―――― 俺たちは今、ランチするために船内のビュッフェレストランにいる。
新鮮な魚介料理に高級肉料理、色とりどりの野菜に果物を、キラキラ光る波がどこまでも続く大海原を眺めながら食べ放題!
アイスクリームにケーキ、クレープ、シュークリーム、パイ、タルト、大福、お汁粉、羊羮、杏仁豆腐にヨーグルトにポテトチップスなどなど、デザートも充実している。
幸せだなぁ……!
「まぁまぁ、エリザ。過ぎたことは置いといて、取りあえず食べよう! な?」
「そーそー。まだ、夜が残ってるんだし、ねー?」
「夜は、もし誘われたら、絶対に断らないでくださいね」
俺たちから口々に言われたエリザ。
扇を取り出して落ち着こうとして…… 扇がないことに、気づいたらしい。
つーん、と海の方に顔を向けた…… その頬がちょっと赤くなってるのは、見なかったことにしといてあげよう。
「あたくしは、NPCなんかに、そんなにガツガツしなくてよ!?」
しかしサクラは、珍しく強い調子で 「ダメですよ」 と主張した。
「船長、タイプなんでしょう?」
「タイプですって!? ほかの子どもっぽいNPCより、ちょっとマシ、という程度よ!」
「だったらガツガツ行っちゃってください! ……断罪エンドが100%回避できるかの、境目なんですから」
そうか。サクラは、最もハードな悪役令嬢・断罪コースを選んでるエリザの末路を、本気で心配してるんだな……。
「でもでもー」
エルミアさんがスプーンを口にくわえたまま、きょとん、とした顔になった。
「もし断罪エンドになったとしたってー、痛くないんでしょー?」
「それはそうですけど、わたしが、見たくないです」
「俺も、それ分かる!」
そうだ。同じグループのプレイヤーの末路は、良くても悪くても、絶対に分かってしまうんだ。
エリザは、このゲームで初めてできた友達だ。幸せになってくれた方が、そうじゃないより嬉しい。
それは、最初はちょっとヒロインをいじめたりもしていたが…… あれは役でやってただけだし、俺たちと仲良くなって以降は全然、していない。
なのに断罪されるエンドなんて、最悪じゃないか。
「エリザがもし断罪なんてことになったら、俺は絶対、助けるけど…… そんなの味わわない方が、100倍良いと思う」
「そうですよ。エリザさんが断罪なんてことになったら、無事に逆ハーレムエンド達成できても、0.1mmしか嬉しくありませんよ」
「0.1mmは嬉しいんだー?」
「100mくらい、心は痛んでるでしょうけどね」
「………… わかったわよっ、もう!」
耳まで真っ赤になったエリザが、猛然と振り返った。
「やれば良いんでしょう、やれば!」
「そうそう、やればいいんですよ」
「できるできる! エリザに不可能はないもんな?」
「…… そうよっ! このあたくしに、不可能なんて全然、ありませんとも!」
猛然と、目の前の料理を食べ始めるエリザ…… 俺たちがせっせとエリザの前にお皿を運んであげてたのも気づかないほど、動揺してたんだろうな。
そうして、しばらく経った頃。
「失礼。こちらにおいでだったのですね、お嬢様方!」
渋い美声が、テーブルの横から掛けられた。
そこにいるのはもちろん、エレガントに立つイケオジ・アリヤ船長だ。
「エリザ様。こちらの扇子、お忘れになっていましたよ」
折り畳まれた真っ白なハンカチの上に載せて捧げ持たれているのは、ちちふさくんストラップのついた、エリザの扇子。
―――― 頑張れ、と俺たちが見守る中、エリザが口を開いた。
「あら、ご苦労様」
ばいーん、と立派な胸を張りつつ扇子を取って片手でさっと開いてる、この感じは…… エリザもサクラの情熱に押されて、ついに覚悟を決めた、ってところだな。
やると決めたら、やる。
エリザはそういう子だ。
早速、顎をツン、と上げて斜めに見下す視線を披露している…… さすが、『4高S』 の悪役令嬢。サマになってるぅ!
「遅かったわね?」
「申し訳なく存じます。どちらにいらっしゃるか、探しておりましたので」
「あたくしの居る所くらい、すぐに分かりなさい!」
…… 昨日会ったばかりの相手に、それは言い過ぎなんじゃ? と、俺の方がハラハラしてしまう。
けれどアリヤ船長は、にこやかに 「かしこまりました」 と、うなずいた。
「心に留めておきましょう、エリザ様」
「よろしい。あなたは船長である前に、あたくしの下僕なのですからね?」
扇の陰から滑らかに紡がれる台詞は、どんどんエスカレートしていく…… そういえば、昔、サクラを苛めてた時もこんな感じだったな。
「わかったわね、アリヤ」
「かしこまりました、エリザ様」
船長は船長で、何を言われてもにこやかな微笑みを崩さない。
胸に手を当て、流れるような美しいお辞儀なんてしてるけど…… これって、客商売だからできるのかな? …… 本気で喜んでたら、どうしよう。
「ところで…… もしご興味があれば、船の仕事で説明不足でしたところなど、もう少し詳しくお伝えしたいのですが。差し支えなければ、ディナーをご一緒に、いかがでしょう?」
「そそそそそれはっ! よよよ喜んで、お受けするわ。とととと友達も、一緒なら、ね?」
なぜそこで友達をつけちゃうのでしょう、とサクラが呟き、エルミアさんが 「そこがリザたんの可愛いところだよー」 とフォローした。
…… どっちの意見も、よくわかるなぁ……!