13-10. リゾートへ行こう(10)~船長とエリザ ~
「へぇー! 潜水艇なんてあるのか!」
「帰りのルートでは、海底探検気分を味わっていただけますよ」
「うぉぉぉ! それは楽しみ!」
船長に実質案内してもらいながら回ると、船の中は昨日とは違ったものが見えて、また面白い。
「こちらには両側、救命ボートを備え付けています」
「ボートっていっても、イヅナさんの船くらい、大きいですね」
「全然使いませんが、食糧や水、通信機の備えつけもありますよ」
「へー! 乗ってみたーい!」
「イベントがあればまた、機会もあるかと存じます…… 台風に巻き込まれるなんて、あり得ませんがね」
「をんっ♪」
チロルが 【実は昔w 『ドキッ♡ 彼と2人きりの無人島♡』 という大人女子向け突発イベントが企画されたのですがww 船長の腕が良すぎて、折角起こした嵐を全面回避されちゃったんですよねwwww】 と解説してくれた。
「船長すごいな!」
「ふんっ! それくらい、船長なら当然でしょ!」
「その通りでございます、エリザ様」
おおお、船長が満更でもない感じだ! …… 確かに、上から発言は効いているのかもしれない。
それに、エリザもかなり、船長と話すのに慣れてきたみたいだ。
「そろそろですね」
サクラがそっと俺に耳打ちし、エルミアさんに目配せした…… 作戦、開始だ。
「あっ、もうこんな時間! すみません、わたし、リアルの弟たちの昼食係なんで、いったんログアウトしますね」
「あー! あたしも! ハロルドにお手紙書かなきゃー!」
「おう、俺も! チロルと甲板を走ってくる約束してたんだった! なぁ、チロル?」
「をんをんをんっ♪」
「あ、あたくしも 「リザたんは暇だよねー!?」
なぜか慌てて抜けようとするエリザを、エルミアさんがビシッと押し止めた。エルミアさん、グッジョブ!
「エリザは確か、船長のお仕事にめちゃくちゃ興味があったんだよな!?」
「わたしたちのことは気にせずに、心ゆくまでじっくり、船長とお話してください」
俺たちは口々にエリザを船長に押しつけ、その場を後にしたのだった。
◆♡◆♡◆
繊細な金のチェーンの先では、アクアマリンのイルカに乗った初代ガイド犬・ちちふさくんが、ちらちらと揺れている。
その奥で渋く微笑むのは、船長のイケオジ顔だ。
「来船の記念に、いかがですか? 差し上げましょう」
「ヴェリノたちのは? あたくしだけなら、いらないわ」
ツーンとそっぽを向くエリザに、イケオジ顔がクシャッと崩れた。
…… そんな2人を物陰からコソコソと見守っているのは、制服姿の俺と、モブ令嬢的な服装に着替えたエルミアさんに、サクラ。
船内デパートのセレクトショップで、エリザと船長を発見したところだ。
ちょっと離れていた間に、エリザと船長の距離は、それなりに縮まったらしい。
「けっこうやるな、エリザ」
「リザたん素敵ーーー!」
「…… やはり、高飛車な態度がツボみたいですね」
「うん、メモしとくねー」
エルミアさんの手にはメモが、サクラの手にはスチルカメラが握られていて…… どうやらガッツリ、船長攻略法を研究するつもりらしい。
――― 結局、船長は俺たちの分まで 『海のちちふさくん』 ネックレスを買うことになったらしいが、ここで。
「あたくしが払うわ」
さっとマルを出してしまう、エリザ。
「あなたにタカろうだなんて、思ってませんからね!」
…… ええええっ、せっかくのプレゼントをっ!
「そこは断るとこじゃないだろ、エリザ……!」
「しーっ。ほら、結構、好感触のようですよ、やっぱり」
「意地っ張りなお前もかわいーぜ、みたいな感じー?」
エルミアさんの解釈に、サクラが 「そうです」 と、うなずいた。
「大人の包容力ですよね」
「あー意外。サクラっちも、あんなのタイプなんだー?」
「いえ。わたしは、いざという時には頼りになるけど、普段はもうちょっと可愛げがある方が」
「じゃあ、ハロルドだねー」
「ヤンデレは範疇外も外です」
「ふっふーん。ま、ハロルドの魅力はあたしじゃなきゃわかんないよねー」
「ええ、そう思いま…… あ、ちょっと、しぃっ!」
サクラが唇に人差し指をあてて、耳を澄ませる仕草をした。
釣られてよく聞いてみると…… 今後の予定を相談しているのか?
「…… 私は、普段なら船員たちと簡単な昼食を摂る時間なのですが。もしよろしければ、一緒にいかがですか?
船長公室ならば、ゆっくりお話できますし、お好きなものを運ばせますが」
なんと、ランチのお誘い!
エリザったら、やるぅぅぅ!
勝ちましたね、とサクラが呟き、そだねー、とエルミアさんがメモを取った、その時。
俺たちの耳に入ったのは、エリザの慌てた声だった。
「あああああたくしっ! おおおお昼は、友達と約束しておりますのっ! しししし失礼しますわっ! あああありがとうっ」
猛然と身を翻して走っていく、エリザ…… おぉい。なんで、ここで逃げるんだっ!
飛び出ていって止めてやりたい!
だけど尾行がバレると気まずい!
「さすがにこれは、好感触は無理だろうなー?」
「いえ…… あの子の天然力も、なかなかですよ。ほら」
首を振るサクラが指さした先では。
エリザが落とした扇を、船長がひざまずいて拾っているところだった。