閑話9~夏休みの日常(6)水着を買おう①~
突然だが、このゲーム 『マジカル・ブリリアント・ファンタジー』 の街は、実在していたものではなく、実在していた数々の街から良いとこ取りをして、それっぽく作った…… つまりは開発スタッフの夢と妄想の産物であるらしい。
【たとえば、この街の小運河はかつて 『水の都』 と呼ばれたヴェネチアのものを模していますww 観光用ゴンドラは、まさにそれですねw】
「へぇ……」
チロルにモフモフの毛皮をすりすりされながら、俺は空の色を暗く沈ませた青緑色の水面を眺めた。
7月26日、日曜日。
今日は、珍しく寮ではなく、小運河の桟橋前で待ち合わせだ。
というのも、これまた最近では本当に珍しいことに、エリザとサクラが来られないから。
これから買い物するのが、この近くの店…… イヅナの家が経営している 『輸入品・マリングッズ店 J・クルス』 だってこともあって、ミシェルやジョナスと寮で待ち合わせする必要があまり無かったんだよな。
そして、もう1つの理由は。
「ヴぇっちーー! おはよーーー!」
「………………」
「やあ。今日は、世話になるよ…… 割引なんて必要ない、とエルミアさんさんには言ったんだけどね? 彼女がどうしても、君たちと買い物したいらしいんだ」
若草色の髪を靡かせて元気いっぱいに駆けてくるエルフタイプの女の子と寡黙なガイドのコリー犬・ナスカ君。
そして、その連れの銀髪に薄い青紫色の瞳の超絶優しそうな青年…… つまり、そう。
今日は、別グループのヒロイン・エルミアさんと、そのヤンデレ彼氏・ハロルドも一緒なんである。
寮まで来てもらうと却って遠回りになるから、お店の近くで待ち合わせしよう、ってことになったのだ。
「もーー、ヴぇっちーー! ありがとーーっ! リゾートのチケットと 『牧場のちちふさくん』 ストラップまで! それに、水着も割引してくれるなんて嬉しーーー!」
「あー、水着割引は俺じゃなくてイヅナだけどな」
「いやもー、誘ってくれて超感謝! 水着って高いからー、ハダカで泳いじゃおっかな、とまで思ってたもん!」
それはむしろ、見たかった!
「そこまでして行きたかったのか、ミラクル・リゾート」
「そりゃー行きたいよー! 初心者なのに行けるなんて、もーもー夢みたいーーー!」
「チケット、ハロルドの分まで無くて悪かったな?」
『ミラクル・リゾートの旅』 チケット、1枚だけ余るから、ちちふさくんストラップと一緒にエルミアさんに上げたんだけど、1枚しかないのが実はすごく気になってたんだよな。
――― あのク○ヤンデレが、彼女1人だけの旅なんて許すのか。
もしかしたら嫉妬のあまり発狂して、このゲーム初の血みどろの何かが起こったりするんじゃないか…… って。
しかしエルミアさんはニコニコしながら、「むしろグッジョブー! 超美味しーよー!?」 と、親指を立ててみせた。
ハロルドに聞こえないように、俺の耳に口を寄せて素早く囁いてくれたところによると。
「あれからハロルドの陰の束縛とやさぐれぶりが、すごくキツくてー」
しまった。やっぱり、大変そうだな。
「もーー! 愛されてるなー! アタシが居なきゃ生きてけないんだなーこの子っ! ……って、なって、毎日キュンキュンしまくりー♡」
…… そっか。良かったんだな、たぶん。
【あww ジョナスとミシェルも、きましたよwwww】
チロルが尻尾を振って 「をんをんをんっ♪」 と軽く吠えながら駆けていく先には、鳶色のフワツヤな髪と大きな緑の瞳の小さな少年。それから、銀縁眼鏡にネイビーブルーの長い髪を……
「うっそー、ジョナス! 髪下ろしてるの? うっそー!」
似合わねぇぇぇぇ!
こうして見ると、真っ直ぐな長い髪はサッラサラで撫でてみたくなるくらいキレイだけど……
うん、見慣れていないせいか、3回くらい見ても、やっぱり似合わない気がする!
「結い方が緩かったのか、どこかで解けて落としてしまったようなのですが、何か」
「え? ジョナスなら、ポケットから代わりの結い紐くらい…… あれ? 服装、いつもと違うな?」
いつもは何でも入るポケット付きの、かっちりしたスーツ姿なのに。
今のジョナスの服装は、肘のところで袖を折り返したラフな白シャツと細身の黒ズボンだ…… 脚の長さが引き立っていて、カッコいい。
さすが、ゲームのキャラだな!
「今日は王子のお守りではありませんからね。あなたごときを相手にするのに、スーツを着る必要はないでしょう」
「ああ、確かに!」
へえー。そうして見ると、これがジョナスの休日スタイルってことか。
「いや、見れて良かった! そうだ、スチル撮っていい?」
「…… どうぞ、ご勝手に」
「やったっ! ありがとうっ!」
こんなジョナス見せてあげたら、きっと、サクラもエリザも喜ぶぞ。
「あ、そーだ。眼鏡外してみて」
「お断りします」
残念。この髪型なら眼鏡外した方が似合いそうなのにな。
「お姉ちゃんっ! ボクも! ボクもスチル撮って!」
「じゃ、あたしもーー! 一緒に撮ろ、ハッチ!」
「おう、いいぞ! じゃ、みんなで集まってくれ!」
桟橋と小運河、そして運河の向こうに見える街並みを背景に、俺は皆のスチルを撮りまくった。
――― エリザとサクラも、来れたら良かったのにな。
◆♡◆♡◆
同時刻 ――――
桟橋前よりやや離れた街角で、エリザとサクラは交互に双眼鏡を目に当てて、ヴェリノたち一行を見ていた。