12-16. キャンプ村モニターのバイト(16)~早起きとカブトムシ~
ピーピー、ピーピー、と鳥の鳴き声で目を覚ますと、そこは…… 当然、リアル地下の街の我が家、俺のベッドの中だった (鳥の声は目覚まし時計のアラームだ)。
「よっし、3時15分!」
昨日ログアウトして寝たのは12時過ぎ。3時間強しか眠ってない計算だが、全然眠くない。むしろ頭はスッキリしてる。
昨日が楽しすぎたせいかな。それとも、今日もまだ色々と楽しみがあるせいかな。
――― こんなに早起きしたのには、もちろんワケがある。
ミシェルと虫取りの約束が早朝にずれ込んだんだよな!
ミシェル曰く 「セミの森のクヌギには、日の出前にカブトムシやクワガタが集まってきますよ」 ってことらしい。
俺は虫は苦手だが、カブトムシやクワガタはちょっとカッコいいと思う。
図鑑で見ただけだから本物はどうかわからないけど…… ま、無理だったら、意外と虫大好きっ子なミシェルに任せよう。
そんなことを考えつつ、急いで朝ごはんを食べて身仕度を済ませ、自室に戻る。
『マジカル・ミラクル・はじまるよっ』
――― 相変わらず恥ずかしい (けど慣れた) ワードを唱えてログインすれば、そこは……
薄暗いテントの中。
ひんやりとした空気がいかにも早朝っぽい。
エリザとサクラは…… まだ寝てる(つまり仮ログアウト中だ) な。
「お姉ちゃん、起きてますか?」「迎えに来てやったぞ、ヴェリノ!」
「おう、ちょっと待って!」
外からの声に答えてテントを開けると、少しだけ薄くなったような気がする夜空をバックにNPCたち4人が立っていた。
「おはよう、ヴェリノ」
「おう、早かったな!」
「おはよ、エルリックにイヅナ! ジョナスもおはよー!」
「…… おはようございます」
ジョナスは、朝から不機嫌そうだ…… 低血圧かな?
最後に、ミシェルが俺の手にぶら下がってきた。
「お姉ちゃん、おはよっ」
「おはよー、ミシェルは今日も良い子だなぁ!」
「えへへ。お姉ちゃんも可愛いよっ」
「おっ、このお世辞上手さんめぇ!」
サラツヤな褐色の髪の毛をいっぱいウリウリした後は、早速、みんなでセミの森に向かう。
「今日の日の出は5時ですよ、お姉ちゃん! 虫取りの後、そのまま温泉で身体を温めて、戻ったら日の出鑑賞です」
「日の出鑑賞かぁ…… ちょっと感動」
このゲームで、青空の下での生活にはかなり慣れてきたけど、日が昇るのを見るのは初めてだ。
「絶景だと思うよ」 とエルリックが微笑み、「もちろんです!」 とミシェルが胸を張った。
「楽しみにしていてくださいねっ」
さて、夜明け前の森の中は、俺たちのお喋り以外は、しーんと静まり返っていた。
「カブトムシは、どこにいるんだ?」
「クヌギの樹の、樹液が出てるところに集まるので…… そこを中心に探しましょう」
「本当は、昼間に樹の幹に蹴りを入れるとバラバラ落ちてくるんだぞ? 女の子たちが怖がりそうだからやらないけど」
イヅナ、本当に紳士だな!
俺も、カブトムシは嫌いじゃないと思うけど、バラバラ落ちてこられるのは、ちょっと怖い……
「って、嘘!? 図鑑で見たまんまだ! めちゃくちゃカッコいいじゃん!」
ジョナスが無言で向けた懐中電灯の明かりの中に見えたのは、樹液に集まってきたらしい虫たちだった。
立派なツノのカブトムシが1匹、カブトムシっぽいツノがないのが1匹、そして、ツノが無くて小さくて、金属みたいに光る緑色の虫…… 虫っていうより、オモチャみたいだ。
こんなのなら、ちょっと多めに落ちてきても大丈夫かもな?
「一番カッコいいのはカブトムシだけど、ほかのもそんなに気持ち悪くないな!」
「くぅーん……」
チロルの説明によると、【緑色はカナブン。ツノがないカブトムシみたいなのはメスで、オスが確保したエサ場に寄ってきますww その後は当然、神聖な生命の営みに発展するワケですがwwww】 ってことらしい。
「神聖な? なにそれ?」
【アッwwww これ以上は聞かないでwwww】
「ふーん。そっか」
まぁ、よくわからないが、いかにも貴重そうなことだけはわかった。
「こっちにクワガタがいるよ」
エルリック王子が懐中電灯で照らしてくれた別の樹には、二本のツノが生えた大きなカブトムシみたいなやつがいた。
「うぉぉぉ…… このツノ、しびれるぅっ!」
なんっていうか、二本の角度が絶妙で、大きいツノから小さいツノが飾りみたいに枝分かれしてて……
「サナダ・ユキムラみたいっ!」
「…… あなたにしては良くご存知でしたが、ユキムラの兜の立物は、鹿のツノです」
おおっ、ジョナスが喋った!
具合が悪いのかと心配してたが、元気だな。
「ジョナス、良かった! 氷の魔王健在だなっ」
「……っ。あなたの無知ぶりに呆れて、つい。失礼しました」
「いや、ジョナスはそれでこそ、ジョナスだぜ! ……カッコいいなぁ、やっぱり」
ジョナスが、じゃなくて、クワガタが、だ。念のため。
ミシェルが、濃い褐色のツヤツヤなボディーを指さした。
「せっかくなんで、捕まえますか?」
「うーん…… 捕まえてみたいけど、なぁ…… せっかくの食事中を邪魔しちゃ悪いから、やめとこ」
最初は捕まえて闘わせたりしてみたい、と思ってたんだけどな。
一生懸命に樹液を舐めてるらしい姿を見ると…… その途中で捕まえる、とかはやりにくい。
かわりに、スチルをたくさん撮って……っと。
「おおっ!?」
不意にイヅナが、声を上げた。
見れば、暗い森の中を、金色に光る何かが飛んでくる……!
「黄金の…… クワガタだ……」
「をんっ♪」
エルリック王子が息を呑み、チロルが、フカフカのしっぽを俺の脚にパタパタと打ち付けた。
【黄金のクワガタww この場にいるNPC全員の、好意値・友情値が100ずつupしましたww】
――― うん。そんなことには、もう慣れた……。
この後は予定通り、みんなで温泉へ向った。
朝早いから無理強いはできなかったけど、エリザやサクラも、来れば良かったのになぁ…… それだけが、残念だが。
――― 朝風呂だぜ、ひゃっほう!




