12-9. キャンプ村モニターのバイト(9)~真の情熱スパイス味と悩み相談~
「お姉ちゃん、なんでっ? 指切りしたのにぃぃぃ!」
…… とか、エグエグ泣きながら言い出すかな? ミシェルだし…… と予想して覚悟を決めていた俺だったが。
「イヅナと? いいですよ。でも、20分だけですからね!」
その後はボクと虫取りですよ、と、意外とあっさり引いてくれた妹分…… いや弟分に、とりあえずホッとする。
「悪いな、ミシェル。俺がイヅナに相談したいことがあるものだから」
「ボクに相談してくれたっていいのにっ」
「いや、イヅナじゃないとダメなんだよなー、これが!」
本当は 『イヅナが俺に相談』 だが、あんなにコソコソと言ってくるくらいだから、きっとイヅナは皆に知られたくないのだ。
自分を曲げても友のプライドを守る…… 真の漢だぜ、俺っ!
内心でドヤ顔を決めて、お代わりのカレーを1口食べる。
「…………っ !?!?!? からっ……!!!」
「はい、お水ですよ」
「………… ふー、サンキュー、サクラ」
「いえいえ」
――― カレーは、いつの間にか、かなりな辛口に変身していた。
「1杯目は普通の味。2杯目からは魔法の効果で 『情熱スパイス』 味に変わるので、すかさずお水を渡して好意値up、だそうです…… というわけで、ヴェリノさん」
わざわざ立ち上がり、コソコソと俺に耳打ちして水の入ったコップを4人分置いてくれる、サクラ。
「余っちゃっても困るので、皆さん食べてくださいね」
ニコニコと皆にお代わりを勧めては甲斐甲斐しくよそってくれる、外見・清楚可憐美少女にして内面は冷徹乙女ゲーマーである。
「サクラぁっ、これムリだっ……!」
辛口カレーに、真っ先に降参したのはイヅナ。
「美味いっ、美味いが辛いっ、だんだん癖になるがでも辛いぃぃぃ!」
顔を真っ赤にして、涙を浮かべながら食べ続けるのはサクラへの愛故なんだろうな…… 尊い。
「ヴェリノさん、お水」
「あ、そうだったな。はい、イヅナ」
「お、おお…… サンキュー」
ゴキュゴキュと水を飲む様子も、スポーツマンらしく実に爽やかだ。
一方で、ジョナスと王子は、上品にカレーを口に運ぶ姿勢を崩さない。
「これは少々やりすぎです。開発者の舌を疑いますね」
「だが、慣れれば深いスパイスの味わいが、なかなか良いと思うよ」
ごく少量のスープを口に入れて、その後ご飯で辛みを消す…… そんな食べ方をしてるふたりには、多少の辛さは問題にならないのかな。
「はい、ふたりとも、水」
「ありがとう」 「……ああ。すみません」
あのジョナスが 『すみません』 って言った!
驚く間に、ふたりのコップからはあっという間に水が無くなる…… あれ? どう見ても一気飲みなんてしてない (上品にチビチビ飲んでるようにしか見えない) のにどうなってるんだ?
「はい、水のお代わりだぞ」
「ありがとう」 「…… すみません」
……! あのジョナスが2回も 『すみません』 って言った!
チロルが、をんっ、と吠える。
【夏に雪が降るフラグ……ww】
「え? そうなの?」
【…… では、ありませんwwww】
やっぱりな。
そして、ミシェルの方はといえば。
スプーンの上に、ご飯とカレーを半々に盛り付けては美味しそうにパクパク食べてるなぁ……。
どうやらサクラの 『ミシェルは辛いもの大丈夫そう』 予測、当たってたようだ。
鼻歌さえ聞こえてきそうな、良い食べっぷり。
「ミシェルも水、要るか?」
一応声を掛けると、急にスプーンがピタッと止まった。
そのまま、うつむいてカレーを見つめるミシェル。
「………………」
「ん? どうした、ミシェル?」
なんか、震えてる?
おお、顔がちょっと赤くなってきた?
「おい、大丈夫か?」
「お、お姉ちゃん……」
「どうした?」
ぱっと上げられたその顔は、先ほどまでの楽しそうな感じが全然ない。
目にいっぱいにたまった涙。
上気したほっぺ。
…… 小さく開いた口から、ちょろっと出された、赤い舌。
「からいよぉっ、お姉ちゃん……っ!」
ぅぉぉぉぉぉ! これはスチル必須!
…… と思った時にはもう、サクラがスチルカメラをこっちに向けてパシャパシャ撮影してくれてた。グッジョブっ!
「よしよし、今、水飲ませてやるぞ!」
口元にコップを持っていってやると、コクコクと飲んでくれるのが…… 可愛いなぁ。
「ふぅ、辛かったぁ…… ありがとう、お姉ちゃん」
「おう!」
――― エリザが 「あざといわね」 と呟いていたが、ミシェルならば、それも許されると思うのだ。
こうして初のキャンプでの食事は 「からい」 「うまい」 半々ずつくらいで、めでたく終わった。
皆で後片付けをしたら、いよいよイヅナの恋愛(?)相談だ……!
「あたくしは虫取りなんてイヤよ」
「わたしも遠慮しときます」
虫ケラなんて持って帰ったら許さないわよっ、とプルプルしてるエリザと、お茶とお菓子用意しときますねー、と手を振るサクラに見送られて、俺たちはキャンプ場を後にした。
「じゃあ、終わったら合流するから!」
「早く帰ってきてね、お姉ちゃんっ」
「…… ヴェリノに悩むだけの脳ミソがあったというのが、驚きですが…… 」
「人は見た目に寄らないよ、ジョナス。行ってらっしゃい、ヴェリノ、イヅナ」
虫取り網を持ち籠を肩から下げたミシェル、眼鏡の縁をギュッと押さえたジョナス (そんなに押さえたら跡つくぞ)、穏やかな笑顔で手を振ってくれるエルリック王子に見送られて、俺とイヅナは渓流沿いの道をたどった。
朝も涼しくて気持ち良かったが、昼過ぎの今も、さわさわと水の流れる音とか、どこかから聞こえる鳥の声とか、そよ風とかが…… 絶妙にミックスされて、つい昼寝とかしたくなってしまう雰囲気だ。
そんな中を、言葉少なに歩くイヅナと俺。空気を読んだのか、ただのモブ犬と化してる、チロル。
「おー、この辺でいいか。ちょうどベンチもあるしな」
立ち止まったのはちょうど、ランチの時にイヅナが言ってた、川の真ん中に小さい木が生えた場所だった。
ベンチに並んで腰をおろす。
「あれ?」
「ん? どうした?」
「なんか今ちょっと、ミシェルの声が聞こえたような……」
「気のせいだろ、たぶん」
ふぅぅっ、とタメイキをつくイヅナ。道中も珍しく暗い感じだったが、これはいよいよ深刻だな……!
「で、どうしたんだ、イヅナ? サクラと何かあったのか?」
「うん、それがさ……」
また、ふぅぅぅっ、と深いタメイキをついてしばらく黙り込んだ後、イヅナはポツン、と、こう言ったのだった。
「サクラに、告白したんだ」




