12-8. キャンプ村モニターのバイト(8)~イヅナの提案とカレー~
「お帰りなさい! どうぞ、おしぼりですよ」
「カレーもご飯も、良い具合に炊けてるぞ!」
温泉の位置を確認して戻ると、カウガール姿のサクラ (何度見てもかわいい!) とイヅナが揃って出迎えてくれた。
サクラがせっせとおしぼりを渡してくれ、イヅナはおたまでカレーを次々よそってくれる。ふたりとも甲斐甲斐しくて、やっぱりお似合いだな! ……見てるだけで癒されるぜ。
ところが。
「なぁ、ヴェリノ。ランチの後さ、ふたりでちょっと外さねえ?」
「……えっ。俺?」
「ああ、頼む」
イヅナがカレーを手渡しがてら、周囲に聞こえない程小さな声で囁いてきた。耳がくすぐったいな…… って、いやいやいや!
そういうことは、サクラに言おうよ!?
――― まさか、前にサクラが言ってた 『友情値が一定超えると、好意値が爆上がる』 現象が、ついに来たのか……?
「…… イヅナが一番好きなのは、サクラで間違いないよな?」
俺の推しカップル崩壊の危機だけは、避けねばならない。
返答次第によっては…… 今後イヅナには塩対応をさせてもらおう。
気の合ういいヤツだとか、そんなことは言ってはいられないのだ……!
「そのサクラのことで相談があるんだ」
珍しく、フーッ、とタメイキなどつくイヅナ…… もしや、若干、落ち込み気味か?
「でもなー、この後は皆で虫取りに行くことになってるんだ」
「じゃあ、途中で上手く抜けようぜ。隙を見て合図するから、セミの森から外れて渓流のほとりで落ち合おう。あの、川の真ん中に木が生えてる辺りがわかりやすいかな」
早口でそれだけ言うと、イヅナは次のカレーをよそい出した。
俺まだ、OKしてないんだけどなぁ…… いつも余裕がある爽やかスポーツマンがこんな一方的になるなんて、きっとサクラと何かあったんだろうな。
これは、行かなきゃどうしようもない流れか…… けど。
指切りで虫取りの約束してるミシェルも、俺が途中でいなくなったらガッカリするぞ、きっと。
トイレとかで誤魔化すことになっちゃうんだろうが、できればミシェルには嘘をつきたくないんだよな。
よし、ここは正直に言おう。
――― だが、まずはカレーだ。
皆でカレーとサラダとヨーグルトの並んだテーブルにつき、揃って 「いただきまーす!」 と手を合わせる。
くじ引きで決めた席順は、エルリック王子、俺、ジョナス、エリザ。向かい側にミシェル、イヅナ、サクラ。
ミシェルは俺の隣じゃない、って悔しがってたが、テーブルは小さめでそんなに距離はないのだ。
カレーは、『激しい情熱』 なんてネーミングの割に、程よい辛さだった。
うすいえんどうの癖がないホクッとした食感も、キノコの深い味わいも確かに美味い。
そして、贅沢にゴロゴロ入った角切り肉! 何よりも、それらを包み込んでまとめあげる、絶妙なスパイス!! 『ナレー』 の単純なピリ辛味とは程遠い、奥深く豊かな味わいと香りーーー!!!
「う、うまひっ…… 近江牛カレー、最高!」
「ちゃんと飲み込んでから話しなさい」
「だってぇ、うまひもん……」
「全くお行儀の悪い…… ほら、口の端にカレーがついてますよ」
「ああ…… こっちにご飯粒がついてるよ、ヴェリノ」
ジョナスが胸ポケットからキレイに折り畳まれたハンカチを取り出して俺の口を拭いてくれる一方で、エルリック王子が俺の頬についてたご飯を指でとってくれる。
ふたりとも、何だかんだ言っても親切なんだよなー。
「お姉ちゃん! 美味しいね!」
ミシェルも年頃の子どもらしくパクパクと食べていて、ほほえましい。
「おお、ミシェルも口の周りが汚れてるな? ジョナス、さっきのハンカチ貸して」
「……っ おしぼりを使えば良いでしょう」
「ああ、確かに…… お、ここに米ついてるぞ?」
「……っ! 全く、なんとマナーのなっていない……」
おしぼりでミシェルの口を拭いて、ふっくらと柔らかい頬についた米粒を取って食べてやると、早速ジョナスのチェックが入った。
氷の魔王そのままの眼差しを、「まーまー」 と手を振って遮ってくれるのは、イヅナだ。
「ジョナスもほっぺたに飯粒つけたら、ヴェリノが食べてくれるんじゃねえの?」
「はて。なぜ私が……」
「ああ、それは名案だね」
エルリック王子がわざわざ、頬に米粒をつけて 「頼むよ、ヴェリノ」 と嬉しそうに差し出してくる。
「王子どうしたんだ? 珍しく甘えん坊さんだな?」
「高原の澄んだ景色が欲望を解放させるんだ」
「へぇ……」
ジョナスが 「嘆かわしい」 と眼鏡を取ってコメカミを押さえているが…… まぁ、米粒くらい、いくらでも取ってやるさ!
「これは…… ナレーとは全く違うと、認めてあげても良いわね!」
「食べるの久々です…… 確かに、美味しいですよね」
エリザとサクラの味覚にも、カレーはバッチリとマッチしたようだ…… 顔を見合わせてうなずきあってるのが、仲良さげで微笑ましい。
――― こうして、ひとしきりカレーを堪能した後。
「なぁ、ミシェル…… この後、虫取りの前にちょっと時間もらってもいいかな?」
俺は、本題を切り出したのだった。