12-2. キャンプ村モニターのバイト(2)~ロープウェイと制服~
桟橋からは馬車で山の下まで行く。
山の下には、鉄道の駅の小さい版みたいな建物があった。
「これがロープウェイの駅か!」
「わかりました? さすがお姉ちゃんですっ」
「けど、ロープウェイって何なんだ?」
「それは見てのお楽しみですよ。早くいこ、お姉ちゃん」
俺の腕を引っ張るミシェル、なんだか嬉しそうだ。
改めて眺めると、駅の小さな屋根から山の斜面に添ってワイヤーロープが渡されていて、そこにぶら下がって動いてる赤い箱 …… 乗り物みたいなのが、ゆっくりと動いてる。
どうやらこの箱に乗って運ばれる、ということらしい。
「ちっちゃいなー! 箱!」
「目の前で見るとそこまでじゃないですよ、お姉ちゃん。8人乗りですから」
「へえーじゃ、ジョナスとエルリックも乗れるな」
「ボク、あんな人たちのことは知りませんっ」
ケンカでもしたのかな?
どうやらミシェルは、エルリックとジョナスに腹を立ててるみたいだ。ぷくー、と膨らむ頬が…… 本人は怒ってるのかもしれないが…… めちゃくちゃ魅力あふれる件!
両側から頬をつまんで、への字に曲がった口を持ち上げてやったりしちゃうぞ。
「ほれー! ぷにぷにぷにぷにー!」
「やは、やめへくはひゃいっ」
はぁー…… 柔らかくて、すべすべのホッペが気持ちよすぎて止められないっ。
「じゃれてないで、さっさと行くわよ」
エリザに促されて駅に入ると、目の前はいきなり ――― 長い、階段だった。
「この階段を上がると乗り場です」
「うわっ、これキツそう…… どこまで続いてるんだ?」
「普通の建物でいえば、3階分くらいです」
「ぐへぇ……」
「大したことないわよ」 「お姉ちゃんっ、ボクといこ?」 「サクラはオレが抱っこして運ぶからな?」 「そういうのは要りませんからっ」 「をんをんをんっ!」 「きゃんきゃんっ」 「くぅーん……」
みんな、平気な顔でスタスタ登っていく…… よし、俺も頑張るぞっ。
「………… あれ?」
しばらく階段を登って、気づいたこと。
確かに息切れはするけど、そんなにツラくはない!?
いやむしろ、4月に初めて学園の階段登った時とかと比べたら……
「なんか楽勝!?」
「をんをんをんっ♪」
【体力がついたみたいですねww このゲーム、実はけっこう運動してますからwwww】
「おうっ!」
張り切って残りの階段を駆け上ったら…… やっぱりかなり、キツかった。
「いらっしゃいませ。ブロックウッド・ロープウェイにようこそ」
さて、そうしてやってきた乗り場には、やたらとキラキラしい係員NPCがひとり。
なぜかタキシード着用である。
「え? この場にイケメン要る? タキシードとか、何かそぐわない気がするんだけどな?」
「執事キャラはプレイヤーに人気なんですよね。けど、お姉ちゃんがそう言うなら考えてみます!」
「いやいや! 俺のは単なる一個人の考えだから!」
ミシェルから頼まれているのは、モニターのバイト。
『ご意見ご感想、遠慮なくお願いしますね』 と言われたからには、頑張って職務を果たすぜ…… と思ってたが、この感じだと俺の意見がそのまま通ってしまいそうな危機感がある。
「エリザとサクラはどう思う?」
エリザが口を開きかけた時、丸っこい形の乗り物がホームに滑り込んできた。遠くから見てた時に思ったよりも、けっこう速いんだな。
イケメンタキシードが乗り物の扉を開け、 「どうぞお嬢様方!」 と頭を下げた。
俺たちが中に乗り込むのを待って扉を閉め、 「行ってらっしゃいませ、お嬢様方!」 と白いハンカチを振って笑顔で見送ってくれる…… これはちょっと、嬉しい。
乗り物の座席は、4人掛けで向かい合わせになっていた。
ミシェルとエリザが当然みたいに俺の両隣に座ったので、自然イヅナとサクラが並ぶことになった…… エリザもミシェルも、わかってくれてるんだなぁ (しみじみ)。
「発車します」
合図とともに、ゴトン、と乗り物が動き出す。
どんどん加速する乗り物の中で、エリザが重々しく口を開くいた。
「65点」
「何が?」
「あのタキシード執事よ」
「意外と高得点だな」
「悪くはないわ。けれど、執事にしてほしいのは、ああいうことじゃないのよね」
「少し、ミスマッチですよね。丁寧な姿勢はいいですけど……」
どうやらサクラもエリザも、タキシード姿の係員には、ちょっと不満が残ってるみたいだ。
「執事出せば喜ぶと思ってるなら、ナメられたものね」
――― ミシェルのやつ、こんな厳しいこと言われたら泣いちゃうんじゃないかな……
ちらりと隣を盗み見れば、なんとミシェルは、めちゃくちゃ真剣な顔で会話に聞き入っていた。
――― 普段は同じ年なのをつい忘れて、妹扱いしてしまうけど…… 仕事は、しっかり頑張ってるんだな。
サクラとエリザの会話はまだ続いている。
「普通に、運転士とかの方が良くないですか」
「バスや馬車の?」
「そうなんですけど、運転士服や馭者服をそのまま真似するんじゃなくて、つまり…… ええと…… そう、制服!」
「そ れ よ」
ぽん、とエリザが手を打った。
「バスとも馬車とも違う、ロープウェイ係員オリジナルの制服を作ればいいんだわ」
「わたし、作りたいです!」
いつも控え目なサクラが、目を輝かせて熱心に手を上げてる…… 夢はデザイナーとか言ってたもんな。
こういうのには興味あるのかもしれない。
「それは…… 運営に聞いてみないと」
ゲーム内の話だけじゃなくて、ギャラの問題とか開発とのやり取りとか、色々発生してきますから…… と、ミシェルがやっぱり真面目な顔でサクラに言った。
そっか……
ジョナスのバイトで、なんでゲームのモニター的なことしかやらせて貰えなかったか、っていうと。
――― チロルからも、ゲームの運営に関わるからって説明を受けてたけど…… つまり、プレイして感想を言うとかじゃなく 『作る』 側に行くと、それなりの責任とかややこしさが出てきちゃうんだな。
けど、サクラはきっと、それでもやりたいんだと思う…… だってこれが、デザイナーの夢への第一歩かもしれないんだし!
「運営にヨロシク言ってやってくれよ、ミシェル」
「うーん…… お姉ちゃんが言うなら…… けど、あまり期待しないでくださいね」
幼い美少女顔が、困った感じに曇ってる…… 俺、無理なこと言っちゃってるのかもしれないな。
でも、やっぱりサクラを推してやりたい。
「サクラなら、きっとできるって!」
「はい! 絶対、萌える…… いえ、全プレイヤーが悶絶する制服にしてみせますから!」
「頑張れよ、サクラ。オレからも後押ししてやるから」
握りこぶしを固めるサクラの肩に、イヅナがそっと腕を回したが…… サクラは気づいてないみたいだから、とりあえず黙っておこうっと。
(スチルカメラを常備してるサクラの気持ちが、ちょっとだけ分かった俺だった)
こうしてお喋りをしてる間に、乗り物は、かなり高い所まで来たらしい。
サクラとイヅナの後ろの窓には、一面、青空が広がって、遠く下の方には海がチラチラと輝いてる。
高原まではきっと、もうすぐだな!