閑話8~初めてのバイト(2)素直じゃないのはズルいのか~
前半ヴェリノ視点。後半イヅナ/ミシェル視点です。
「バイト、と言っても単純なミニゲームですよ」
と、ジョナスにまず依頼されたのは、高速で上から落ちてくる書類を色ごとに仕分けるものだった。
同じ色の書類をなるべく同じ場所に詰み、10枚重ねられれば消えていく。重ねられなければ、書類がどんどん積み上がっていきゲームオーバーになってしまう。
クリアできれば後でたまったポイントをバイト代に換金してもらい、終了という流れだ。
こういう形のパズルゲームは昔やったことがあり、書類の形が揃ってる分、簡単なはずだが…… なるほど。
実際に手足を動かして取りに行って積み上げる、ってなると、別の難しさがあるな!
「あっ、邪魔するなよ、チロルぅ!」
「それです! りゅうのすけ、えらい!」
「ええいっ、この程度、手助けなど不要よっ ……手伝いたいの? 仕方ないわね、邪魔したら承知しないわよ?」
それに、それぞれのガイド犬やカホールもランダムに動いて、手助けしてくれたり逆に邪魔してきたりするのが、けっこう面白い。
プレイ後は、メイド型NPCさんに用意してもらったお茶とお菓子をつまみつつ、アンケートに感想を記入するから…… まぁ、テストゲーマーのバイトと言えないこともないんだけど。
何か、イメージと違うなぁ?
「いつも、こんなことやってるの?」
「するわけないでしょう、バカですか」
「だよなー……」
「こらこら、ジョナス、言い過ぎだよ…… 実際に私たちが何をしているか、というのは運営の都合上、秘密なんだ」
すまないね、と微笑むエルリック王子。ジョナスの仕事ミッションは、基本は王子と一緒に王城で発生するようだ。
そしてジョナスも王子も、俺たちがミニゲームしている間に何やら仕事らしきことをしているが…… どうやら雰囲気を壊さないためにも、その内容は明かすことができない、ということらしい。
「俺としては、ゲームとかじゃなくて本当にジョナスを助けてやりたかったのになぁっ」
「…………。」
俺の頭の方に手を伸ばしかけて、なぜかスッと元に戻すジョナス…… これは 『激ツボ発言 (頭ポン)』 と一瞬勘違いした、ってことか?
「何様ですか。貴女の助けを必要とする仕事など、ここにはありませんよ」
口調も、いつにも増してトゲトゲしい気がする。
――― きっと 『本当の仕事』 がめちゃくちゃ大変で、ストレスたまってアチコチに影響出てるんだろうなぁ……
「こらこら」
エルリック王子が、また苦笑した。
「ミニゲームをプレイして感想を貰うのは、私たちNPCではできないからね。じゅうぶんに助かっているよ」
「だってさー…… 確かにバイト代も欲しいけど、それだけじゃなくて…… 喜んでもらいたかった、っていうのもあるんだぜ? なぁ、チロル……」
【その辺は運営にリクエスト出してくださいwww】
俺に抱き上げられてついでにお腹をモフられ、何かめちゃくちゃ悶えている感じながら、きちんと職分を果たすガイド犬。
【ただし、彼らの仕事はゲームの運営に関わるのが大部分ですからww 要望が通る可能性は低いですけどねwwww】
「ふむぅ…… そんなものなのか」
首をひねる俺に、サクラが気の毒そうな顔をした。
「実際に働くなら、商店街入口の掲示板でバイト募集情報を確認した方がいいんですよ。NPCの元でのバイトイベントは、あくまでイベントなので…… 」
「ええっ。そうなんだ」
「ええ。商店街の掲示板だと、お店やってるプレイヤーが本気で張り紙出してるので、お仕事体験ならそっちの方ができると思います…… まぁ、初心者ゲーマーは採用されにくいですけど」
そうよね、とエリザがうなずく。
「あたくしはバイトなんてしたことないけど、雇うなら初心者は雇わないわね。信用がないもの」
「うーん。そうだよな……」
うん、厳しいけど、納得はいく意見だな。
サクラによれば、NPCとのバイトイベントをクリアすることで信用を上げていくのが、順当な手段のようだ。
【このイベント修了後には 『アルバイト見習い・初心者』 の称号 がゲットできてますよw】 と、チロルがフォローしてくれ、何となく納得行ったところで。
「では、次の日取りを決めましょうか」
クイッと眼鏡の縁を押さえつつジョナスが告げた次の仕事は、王城周辺の芝刈りだった…… って、それ。
今日の書類整理ゲーム以上に、『手伝い』 じゃないじゃん!
★♡★♡★
街の端を流れる小運河に停泊する、青地に桜の花が描かれた、ひときわ目立つ船 『Sakura・Venus』 …… 海運王と呼ばれるクルス家の長男イヅナのプライベート船である。
その甲板では、背の高い緑の髪に覆われた頭と、逆にちまっとした鳶色の頭が並んで水面を眺めていた。
「…… ズルいんですよ、ジョナスさんは」
ぷぅ、と頬を膨らまし、ミシェルがイヅナに訴える。
「今日だって、ボクがお姉ちゃんを誘う前に、しれっとバイト採用なんかしちゃって」
バイト採用。
それ即ち、ミシェルの愛する 『お姉ちゃん』 ことヴェリノに、休日に優先的に会う約束を取っつけたようなものである。
「あんなにお姉ちゃんに冷たいクセに…… お姉ちゃんだってどうしてホイホイ行っちゃうのかなぁ……?」
「それはアレだろ、親切心。…… もしめちゃくちゃ穿って考えるなら、ジョナス狙いか」
「絶対ないもん! ボクの方が可愛いって、いつも言ってくれてるもん!」
ウッカリしたイヅナの言に、ムキになって目に涙を溜めるミシェル。
「ああーそうだなー、可愛い可愛い…… そんなに悔しいなら、お前も、もっとちゃんとバイト頼めばいいじゃん」
「…… 実は、シーズン冬なんですよ…… ボクんちの領地…… スキーとか雪遊びとか温泉とか、そういうのがメインで…… やっぱり最初は一番良い時に来てほしいです」
「いやいやいや! なら、ますます今でしょ!」
涼しいだろ、コテージ貸し切り状態だろ、温泉は夏でも良いだろ…… と、イヅナが夏の高原の良さを上げてやるうち、ミシェルは少し元気を取り戻したようだった。
「そういえば、運営から、夏はキャンプ地にしたらっていう案が届いてるんですよね! モニターのバイトってことでいけるかな」
「おー、それ、いいじゃん。誘え誘え」
「そうします! ……あ、イヅナさんは?」
「なんでオレが」
「絶対、サクラさんも一緒に来ると、思いますよ……?」
ミシェルの思惑としては、お姉ちゃんを独占したい。
サクラとエリザをイヅナが引き受けてくれれば、ちょうど良いではないか。
「じゃあ、いっそのこと、また皆で行くかー!」
「それはダメですっ。ズルいことされたらズルいこと仕返すんですからね!」
イヅナに真剣な顔で抗議する美少女顔の少年…… 彼のモットーは 『1倍返し』 であるが、その返し方は周囲が予測するよりもうちょい、ひどかった。
――― そしてヴェリノの元には、ミシェルからの突発的なバイト採用通知が送られることとなったのだった。