閑話8~初めてのバイト(1)故障でないなら何なのか~
読んでくださりありがとうございます。
今回から4回、閑話にてバイト編をお送りします。
今回はなんとまさかのジョナス視点…… 割かしもちゃもちゃしてますので、苦手な方はスルーしておいてくださいませ。
ファンタジーなピンクの丸屋根が光る王城の一室にて。
侯爵家令息にて王子の腰巾着ことジョナス・ストリンガーは主たるエルリックに、恭しく頭を下げていた。
「運営から 『修理・修正の必要なし』 の旨、連絡されました」
「良かったじゃないか。言った通りだったろう?」
王子は笑顔を見せ、ザラザラと宝石の涙を流す手のり竜・カホールの背を柔らかな布で優しく磨く。
「しかし判断に支障が生じているのは、事実です」
「私が思うに…… 君の、彼女への好意値が大いに上がっているのではないだろうか」
「あり得ません。私が王子一筋な設定ということは、王子もご存知の筈でしょう」
ゲーム開発者たちが 『より人間らしい』 言動を追及した結果、彼らは自らの好意値・友情値を知ることはできない仕様になっている。
ただ、自らが見ることのないカウンターの数字によって、どういう言動を取るかが事細かく定められているだけなのだ。
従って、ジョナスとしては 『己の言動が怪しい』 ことを薄々知覚しながらも、『己が王子の想い人に懸想するなど、絶対に無い』 と思い込むしかなく…… その結果、彼は自身にバグが発生していると考えるに至った。
だが、運営に臨時メンテナンスを申し入れたところ、返ってきたのは 『異常なし。むしろグッジョブ。大いに悩め』 という結果。
そしてジョナスは実際、冷静沈着そのものの表情の裏で、非常に悩むこととなったのである。
――― NPCは自らがゲーム開発・運営側の都合で身分や性格、主従関係を定められていることを理解してはいるが、一部例外を除き、その設定に格別の不満があるわけではない。
むしろ問題があるのは、自らが理解している設定から自らの言動がはみ出してしまう時なのだ。
「修理できないとなれば、私はどうすれば良いのでしょうか」
「うーん…… ほかのプレイヤー相手なら、『頑張れ』 と言ってあげられるんだけどね。さすがにヴェリノ相手には…… うん、『一緒に頑張ろう』 かな」
「ですから私は、そういうわけでは」
記憶をいくら浚っても、自身には王子への忠誠心以外ない…… あるわけがない、とジョナスは思う。
これまでずっと、NPC・プレイヤーの別なく全ての人の善悪は王子を基準に判断し、王子以外の人物は一部を除きほぼゴミクズ、欲得ずくで王子に近づく連中は害虫と見なしてきたのだ。
ちなみに、王子が認めた学友たちについては仕方なく認めているものの、あくまで仕方なく、であり積極的に、ではない。
もし彼らが王子を裏切るようなことがあれば、どんな手を使ってもサックリ消す。それが使命だ。
――― もちろん、もし万一、己が王子を裏切ってしまうようなことがあれば、爆弾背負って敵地に突撃してお詫びする覚悟である…… このゲームには爆弾もなければ敵もいないが。
「もう少し、君自身に素直になりたまえよ、ジョナス」
エルリック王子が、カホールの顎をくすぐると、竜の青いしっぽが気持ちよさそうにパタパタ振れた。
カホール自身の認識としてはヴェリノが飼い主であるものの、飼い方はもともと生き物好きだったエルリック王子の方が断然上手いのである。
「ソウダ ヨ ゴシュジンサマ ミンナ ダイスキ。ハズカシク ナイ」
「私は己に素直ですし、別に恥ずかしがってなど」
「バイト サイヨウ ツウチ サンカイ カキナオシタ クセニ」
「あれは単なる書き損じです」
「イツモハ シッパイ ナンテ シナイ ノニネ……」
嫌なところばかり見ている毒舌ミニ竜である。
「だから、バグあるいは接続不良だろうと思ったのですがね……」
「運営・開発側が違うというなら、違うのだろう」
「ちなみに私が王子とヴェリノの間を邪魔しているのは嫉妬からではなく、あのガサツで身分の低いプレイヤーは王子には相応しくないから、です。断言できます」
「だから、もう少し自分に素直になりたまえよ」
話題は結局、堂々巡りである。
「ヴェリノは確かにガサツで荒々しいところはあるけど、そこも彼女の魅力だろう?」
「同意しかねます」
そういう所にイライラして、つい注意してしまうことは多々あるが、決して惹かれているわけではない。どちらかといえば 『お母さん』 的な気持ちである。
「それに、素直で単純明快なところが可愛いだろう?」
「あれはただのバカです」
誰に向かってもヘラヘラして誰の言うこともすぐに信じて乗せられる。心配にはなるが可愛いとは思えない。
唯一、少々牙らしきものを剥いたのは他グループのNo.2、ハロルド相手にだけで…… ある意味特別扱いとも言えるが、別に羨ましくなどない。
それにジョナスだって、ヴェリノからは少しばかり怯えられているのだ。ある意味特別扱いだ。
――― だからって別に、嬉しくも何ともないが。
「皆のために喜んで動けるところは王妃の器だと思うが」
「あんなのが王妃になったら、見境のないバラ撒きで財政が潰されそうです」
実は確かにそこが、ジョナスがヴェリノに認める唯一の美点であったりするのだが、絶対に王子には言わない。
とにかく、あのプレイヤーは未来の王妃には相応しくない。それだけが、確かだ。
「…… まぁ、そういうワケだから、もう少し彼女の良いところを見て、優しくしてあげたまえ」
「そんなことしたら王子のライバルが増えてしまいますが…… いえ」
ウッカリと出てしまった言葉を切り、深呼吸するジョナスである。
――― 全く、己は何を言っているのだろう。
これではまるで、ライバル宣言そのものではないか。
違う。断じて違う。
「…… 何度も申し上げておりますが、私には王子だけです。王子に身も心も捧げております。他の者など目に入りません」
「ああ、知っているよ、ジョナス」
ジョナスと王子からすればこれは、腐った意味合いなどない普通の忠誠心確認的な会話…… だが、しかし。
「せっかくですから、その台詞、もう少しスキンシップを心掛けつつ言っていただけませんか?」
背後から急に掛かった、いかにも真正ヒロインらしい清純そのものの声に振り向けば、そこにはスチルカメラをかまえたサクラの姿があった。
そして、その後ろには公爵令嬢のエリザと、「やっほー! バイトに来てやったぜ!」 と手を振るヴェリノ。
――― 聞かれた、と知覚してから 「ノックもせずに入るとは揃いも揃ってお里の程が知れますね」 とイヤミを叩き出すまで……
なぜ3秒も時間が掛かるのか、と、やはりバグを疑ってしまうジョナスであった。