11-3. 七夕・夏祭り(3)
7月7日は火曜日。
このゲーム 『マジカル・ブリリアント・ファンタジー』 では学園の授業は休みだが、残念なことにリアルでは普通に学校の勉強がある。
そこで俺たちは、午後の分の勉強とリアル昼食を昼過ぎまでに終わらせて、少し遅めの午後2時に、みんなで浴衣着て待ち合わせて街の七夕・夏祭りを見物しよう、ってことで予定していたんだが……。
「あれ? 王子は? それにイヅナは? カホールは王子と一緒か」
イラストのタコの頭みたいな形に花を丸くつけ、その下の足部分を華やかな模様の細い紙で作ってある飾り (『吹き流し』 というんだそうだ) が、アーケードのあちこちからぶら下がってる商店街にて……
待ち合わせにやってきたNPCは、ミシェルとジョナスの2人しかいなかった。
「エルリック王子は、今日は王宮の方で夏祭りの準備を指揮されています。カホールも一緒に手伝ってますよ。
で、イヅナは…… 「ジョナスが招待状出すの忘れちゃったんだよねー? あ、お姉ちゃん浴衣すっごい、かわいいよ!」
早速、腕にぶら下がってきて俺をほめつつ、ジョナスに向かって舌を出すミシェル。
――― ちなみに、ミシェルの浴衣は、黒地に虹色のトンボ柄だ。黄色い帯がかわいい。
一方のジョナスは、白とグレーの細かい格子柄に、紺色の帯で、これまたなかなか似合っている…… が。
浴衣より、ミシェルの態度にピクッとしながらも普段とは違い沈黙を保つジョナスの方が、気になる。
「まさか。ジョナスが忘れるなんて無いよなぁ?」
「…………」
フッとそれる、ジョナスの目線…… てことは。
「ええええ!? まじっ!?」
「………… お恥ずかしながら」
うわー、嫌そうに白状するな、ジョナスのやつ!
「確認したはずなのですが、漏れていたようでして。
今急いで使いをやったので、間も無く来るでしょう」
「そっかー ありがとな!」
隣ではサクラとエリザ、それにミシェルが 「嫉妬ですかね」 「えっ、どうして」 「実は先日……」 「そんなの言われたら、ボクだって嫉妬しちゃいますよ!」 等々、ボソボソと話し合い、チロルまでが嬉しそうに 【ですねw】 と尻尾を振っているが……
まさか、ジョナスに限って、嫉妬なんかあるワケがない!
「気にするなよ、ジョナス。忙しかったんだろ?」
そう。
平和な日常でも、NPCたちは実は、それぞれに忙しい。
王子は国政を勉強するとか、会議に顔を出すとかいう用事でしばしば抜けるし、ジョナスも王子のサポートとかお使いとかで、これまた抜けやすい。
ミシェルは居ることが多いけど、たまに 『領地経営の代行』 とやらで顔を見せない日があったりするし、イヅナはイヅナで 『重要な商取引』 で姿が消えちゃうことがある。
――― サクラやエリザいわく、『学校で会えなかった攻略対象は、授業後、それぞれ特定の場所をウロウロすれば出会う時がある』 そうで 『そこでイベントを発生させるのが、攻略のセオリー』 らしいんだが……
なにも、そこまでしなくてもなぁ?
と、まぁ、それはさておき。
「いくら氷の魔王サマでも、忙しければミスる時だってあるさ! 気にすんなよ」
強ばった背中をポンポンと叩いて、なだめてやる。
完璧主義なんだよなー、ジョナスは。
「悪いのはあんたじゃなくて、あんたをアレコレ忙しい設定にした開発または運営だから、な?」
「…… それでも、できると見込まれているからこそ、なのですが」
「まーまーまー。過ぎたことは気にしない! 大事なのは対策だぞ。そうだなぁ、人を雇うとか、どう?」
俺が見るに、ジョナスが忙しいのは、雑事まで自分で (しかも完璧に) こなそうとするから、でもあるのだ。
きっと 『他人なんか信用できませんから』 的な理由で!
「ひとりでできることには、限界があるんだぞ? 俺なんかどう? バイト代安くしとくよ!」
何しろ俺は、バイト先がまだ見つからなくて万年金欠。
(ペットショップでバイトできるスキルはあるのだが、声がかからないんだよな……)
「ジョナスが雇ってくれるなら、俺としても嬉しいし! これってWin-Winの関係、ってヤツじゃない?」
「…………。」
ジョナスが色んな味覚をいっぺんに飲み込んだような顔をして、俺を見つめている……!
これは、脈アリか!?
もしもバイトさせてもらえるなら、部屋の改装とかのお金も、貯められるかもしれないんだが……。
「…………。お金目当てとは。ガメついですね」
ジョナスのナイフのような一言が、俺のささやかな夢をあっという間にボロボロにしてしまった。
「いやっ、そういうワケじゃなくてだなー!? もちろん、ジョナスのことも心配!」
「……とってつけたように」
うーむ、スポンサーの機嫌が悪いな。
「いや、本当に心配、純粋に心配! ほらっ、俺の目を見て! やましいことは全然考えてないよ?」
そもそも、セレブの癖に民間人をタダで雇おうなんて考えてる方がガメついんじゃないかなー?
…… と、思わないでもないけど、言ったら多分……
「えーほんと? 安くてイイの? じゃ、ボクのとこに手伝いにくる、お姉ちゃん?」
ミシェルが嬉しそうに、ぎゅうっと抱きついてきた。
「単発バイトになっちゃうけど、領地経営に行くとき、お姉ちゃんが一緒なら、嬉しいなっ!
ボクと遠乗りして、ふたりっきりでお弁当食べて、川遊びして……」
「えっ、そのどこが…… 領地経営は?」
「お客様に楽しんでもらうことも、立派な経営の一環だからね! お姉ちゃんには、お客様の目線から、ボクの領地のアピールポイントや改善点なんかをアドバイスしてほしいな♡
宿泊は、最近新しく建てたコテージに無料ご招待、とか? ボクも一緒に泊まっちゃうから、退屈じゃないでしょ、ね? 温泉もあるよっ」
どうやら、ミシェルの領地は高原にあって、今は観光開発に力を入れてる、ってことらしい。
「楽しそうだけど、だったら、みんなで行った方が、もっといいんじゃないか?」
「もうっ、お姉ちゃんとふたりだけがいいの! わかってないなぁ」
ぷうっ、とミシェルの頬が膨らむが…… いやいや、お客様の意見がたくさんあった方が、観光開発もしやすいだろうに!
と、ここで。
「わかっていないのは、そちらでしょう。それで伯爵家長男がよく務まりますね」
ジョナスのナイフがミシェルに向いた。
「観光開発のアドバイスなら、専任のアドバイザーに依頼すべきですよ。その辺の素人と楽しく遊んで何とかしようだなんて、考えが甘すぎて驚きました」
「…… っ! うっ…… ううっ」
ミシェルの緑色の大きな目に、あっという間に涙が盛り上がった。
「あーー、もう!」
仕方ないなぁ!
「はい、ミシェルもジョナスも、そこまで。せっかくのお祭りなんだから、楽しくやろうぜ! 俺が余計なこと言っちゃって、悪かったな」
NPCたちって皆、仲良いイメージだったのに、最近はこういう小さな言い合いがしょっちゅうあるんだよな。
…… まぁ、仲良くなるほど遠慮がなくなって、ケンカが増える、っていうのはあると思う。
俺と妹だって、毎日ケンカしてるが結局は仲良しだもんな!
「元はといえば、あなたが原因じゃ」 みたいなツッコミをエリザが入れてきて、久々に少しばかり心が抉られたが……
うん、そういうところも乗り越えなきゃ…… 楽しい夏祭りはやって来ないんだぜ!
「いや、変なこと言って悪かった! バイト先はまた別に探すから、気にしないでくれっ」
…… 毎週5千マルでも、大望さえ抱かなきゃ、やってけるしな。
ここは涙を飲んで、ガマンだ。
そんな俺を、ジョナスはまた、じっと見つめて 「バイトの件は、一応、検討はしてみますよ。一応、ですがね」 と言ってくれたのだった。
――― サクラがすかさず 「きっと大丈夫ですよ」 と耳打ちしてくれたんだが…… あまり、期待はしないでおこう。
(断られてもガッカリしないよう、事前に自己防衛するスタイル!)
不意に、明るい声が 「あーっ!」 と叫びながら駆け寄ってきた。
「ヴェっちにサクラっちにリズたんー!」
若草色の髪に尖った耳の女の子…… エルミアさんも、今日は浴衣だな!
「…………。」
一緒に走ってくるのは、無口なコリー犬ガイドのナスカくん。
そして。
「やあ…… 皆さん、元気そうで何よりだね」
そんな彼女にはもちろん、ヤンデレ彼氏のハロルドも、ついてきているのだった……。