閑話 7~お化け屋敷(15)エリザ・ヴェリノ・チロル~
藁葺きの、和風伝統家屋。
そこの小さな 『ドマ』 で、ざーり、ざーり…… と包丁を磨いでいたのは、服装と髪型は、この家に泊めてくれたお婆ちゃん…… だが。
なんか、頭からツノが生えてるよ?
ちらりと見えた口元には、キバっぽいものも生えてたような……。
きっと何か起こるだろうなー、と思ってたけど、まさか、お婆ちゃん自身が変形しちゃうとはね!?
しかも、独り言が。
「やれ、嬉しや…… 若い娘ふたり…… 久々のご馳走じゃ…… 野菜と一緒にコトコト煮て娘汁にしようかの…… 刺身に串焼きもよいのう…… 残ったら、干すか佃煮じゃな…… 」
嬉しすぎて大きい声になってるのかな?
めちゃくちゃ良く、聞こえるんだが…… これ、考えるまでもなく。
「食べる気ね」 「だな」
【もちろん逃げますよねww】
というわけで、足音を忍ばせて逃げ出す、エリザと俺とチロルである。
戸をそっと開け、そろそろと外に出て、無言で走り出す…… 一刻も早く、家から離れないと!
「はぁ、はぁ、はぁ……」
しばらく走り、息があがったところで、立ち止まる。
「ここまで来れば、もう大丈夫だろ!」
ところが。
エリザが何とも言えない表情で、道の向こうを指した。
「来たわよ」
「え…… ええっ、もう!?」
見れば、老婆がものすごいスピードで追いかけてきている!
くおおらぁぁぁ、まぁてぇぇぇ! という叫び声が、風に乗って聞こえてくる…… 待つわけないよな!
「ええっと、そうだ……!
海と水を統べる神の美しき娘たち……」
めちゃくちゃ早口で、プチアクアの呪文を唱える。
「…… × 5億!」
「だから、5億はやめなさいって…… っ!?」
「すげーな、お婆ちゃん!」
なんと老婆は、ドドドド、と押し寄せてきた水を、ぱくりと口を開けて吸い込んでいる!
大量の水に、たったひとりで立ち向かう、その勇姿。思わずホレボレしちゃうぜ……。
「頑張れー!」
「応援してないで、逃げますよ!」
不意に腕を引っ張られた。
見れば、ストロベリーブロンドの髪に、大きな青い目の、まるで何かの物語から抜け出てきたみたいな……。
「おおっ、なんか久しぶり、サクラ! あれ、なんだ、ハロルドもいたのか」
「当然だろ」
なんでも、サクラが遠くから俺の声を聞きつけて、急いで来てくれたようだ…… 感動。
「さ、逃げましょう、エリザさんとチロルも」
「をんっをんっ♪」
だが、しばらく逃げると、また……
くおおらぁぁぁ、まぁてぇぇぇ! という叫び声が、段々と近づいてくる。
「いや、これもう、チート勇者級じゃない? 750万lを一気飲みして、まだ走れるって!」
走りながらも、喋らずにはいられないぜ!
「それともラスボスかな!?」
【捕まってしまえば、食べられる直前で、お化け屋敷から出られるはずなんですけどねw】
「その恐怖はもうイイ……」
まぁてぇぇぇ! という叫びがかなり近づいてきたところで、サクラがちょっと息を切らしながら、魔法の詠唱を始めた…… 初めて聞く、呪文だ。
『深淵に滾る地獄の業火、
罪浄めし灼熱の炎よ
万物を焼き尽くし永劫に燃えん……
アルティメット・ヘルファイア!』
――― なんか、凄そうな技キターーーっ!
俺たちの後ろに巨大な炎の塊が出現し、老婆の行く手を阻む。
「サクラ、すごいな!」
「習った時から約1年で、初めて使いました。このためだったんですね」
気づきませんでした、とサクラはしみじみしてる。
キャンプファイヤーでさえ使えない威力の魔法がある理由が、お化け屋敷で逃げるためだなんて、気づかなくて普通と思うけどな?
「さすがにこれは、追い掛けるの無理だよな」
「わからないわよ、所詮はVRですもの」
「やっと、ちょっと落ち着けると思ったのに、そんなこと言わないで!」
さすがにもう走らなくていいだろ、ってことで、早足で進む俺たち…… ところが。
「ああ…… 来る」
「ええ!?」
ハロルドが、すっと指さした方を確認すれば。
ばしゃあぁぁぁぁぁぁっ……
なんと、地獄の劫火が、消火されつつある!
…… 老婆の、口から出てきた大量の水で。
「うそっ…… あれ、吐き戻し可能なの!?」
「むしろ、戻す方が自然なんじゃないでしょうか。750万lも飲んでるんだから」
「それ、飲む時点で既に自然の摂理に反してるわ」
「取り敢えずここで言えるのは、『汚い』 だ」
あまりの光景に、つい逃げるのを忘れてウッカリ見守ってしまう俺たちと、ハロルド。
地獄の劫火 vs プチ・アクア×5億…… どう考えても、前者の方が強い気がするのだが。
実際には、老婆が吹き出す水の物凄い勢いに、地獄の劫火の方がジリジリと押されている……!
ある意味、檜の棒 (レアだが攻撃力は低い!) でのタコ殴りで魔王を倒してしまうような爽快感がないことも、ないな。
「よく考えれば、順番、逆にすれば良かったな?」
「きっと火を飲み込むくらい平気でするわよ、アレなら」
「それはそれで、見てみたいですね」
いつの間にか、地獄の劫火はキャンプファイヤーくらいの大きさになっている。
「逃げろ!」
一斉に駆け出す俺たちの後ろからは、 『待ぁてぇぇぇぇ!』 という声が迫ってくる……!
「疲れないのかな、お婆ちゃん!」
「750万lですから」
俺たちの方はもう、足がフラフラするくらい、逃げてるんだけどなー?
と、ここで。
「助けてあげようか?」
ハロルドがやたら余裕の表情で、妙なことを言い出した。
「エルミアさんさんと今後付き合わないって約束するなら、助けてあげないこともないよ?」
読んでくださり、ありがとうございます。
こちらの話は、民話の 「三枚のお札」 から採話しております。
改めてしらべると、どうやら東北の方のお話だったようですね。知らなかった……
ハロルドはまあ、ちょっと仲良くなるとこういうことを言い出す人です……(笑)
ではーー!
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