閑話 7~お化け屋敷(5)エルミアさん・エルリック王子/ヴェリノ・ジョナス~
「そもそも古井戸になぞ棄てられたら、化けて出るしかなかろう?」
「えー! どうしてですかー?」
「教えてやらねば、どこからか漂うくさったニオイの元が、わかりにくいではないか」
「ほんとだー! お菊ちゃん超親切ー!」
通行人に殺害されて昭和っぽい世界へタイムスリップし、小学校の音楽室でエルリック王子が 『愛の夢』 (リスト作曲) を華麗に演奏して肖像のベートーヴェンを感涙させた後、再びタイムスリップして到着した、江戸っぽい世界。
エルミアさんは、大きな石造りの井戸の傍に腰を下ろし、中から皿を持って現れた和装姿の女性と話に興じていた。
これが本当の井戸端会議である。
菊と名乗ったその女性は、エルミアさんとエルリック王子が通りかかった時に急に現れて、皿を数え始めたのだが、エルミアさんにはもちろん、意味がわからなかった。
そこで 「なんで、お皿とか数えてるんですかー?」 と尋ねてみれば、家宝の皿 (10枚組) を1枚紛失したがために責め殺されたから、なのだそうだ。
「しかし」
エルリック王子が形のいい眉をひそめた。
「皿1枚でそのような仕打ちとは…… ひどいものだ」
「わらわを責めたその男…… 以前にわらわに言い寄ってきたのをのう、つれなくしたもので、逆恨みでもしたのであろう」
「そんな理由で? ますます許し難いな……」
「えー?」 と、口を挟むエルミアさん。
「けど 『俺のモノにならないなら殺す』 みたいなヤンデレみ、けっこう尊いかもー?」
「好いてもおらぬ男ぞ?」
「いやいやいや、そんだけ執着されたら、それだけでキュンキュンきちゃうってー♡」
「「 …………。 」」
なんとも言えぬ目でエルミアさんを見る、菊とエルリック王子。
彼らとエルミアさんの間には、越えてはいけない溝がある……。
「とりあえず、その男を掴まえて反省させ、誠心誠意謝らせてあげよう」
「それは無理じゃ…… ヤツはもう、とっくの6、700年程昔に死んでおるからのう」
「えー! じゃあ、そんなとこに居て皿数えてる場合じゃなくないー!? さっさと転生して、ヤンデレ彼氏に溺愛盲愛されまくる人生を送ろうよー!」
「なぜに、ヤンデレとやらに限られておるのであろうか?」
「ヤンデレが最高だからー!」
「…………」
黙り込む菊に、 「ああ、その辺は多分、気にしなくていい」 とエルリック王子がフォローした。
「しかし、6~700年も井戸で皿を数えるというのは、確かにもったいないな」
「そうだねー そもそも、聞かせたい相手は死んでるわけだし…… あっ、そうだ!」
エルミアさんが、ポン、と両手を打った。
「皿、全部割っちゃおー!」
「えええええっ……!?」
「ほら、皿はいくら数えても、『俺以外の皿を数えたら…… 殺すよ?』 とか言ってくれないじゃん」
「別に言われとう、ないのじゃが?」
「内容はともかく、確かに良い案だね。いつまでも、皿に縛られることはないよ」
エルリック王子がうなずく。
「君はもう、じゅうぶん数えた…… そろそろ、新しい人生と恋を見つけても、誰も君を責めはしないよ」
「そっ、そうかのう……」
「はーい♡ じゃー、皿もらっちゃいますねー!」
腕に抱えていた皿を、エルミアさんに取り上げられ、菊は思わず 「軽い……」 と呟いた。
「失礼。ああ…… ずいぶん凝ってる」
エルリック王子は菊の肩に触れ、驚いたように瞠目する。
長年、皿を持ち続けた肩も二の腕も、ガチガチに固まっていたのだ。
「お疲れ様だったね」
「ああああ……っ、そこっ……! きくぅ……っ」
肩を優しくマッサージされ、昇天寸前の菊である。
「じゃー、割りまーす!」
エルミアさんが、両手に皿を勢いよく宣言した。
「いちまーい!」
ばりーん。
「にまーい!」
ばりーん。
「さんまーい!」
ばりーん。
エルミアさんが皿を割るごとに、菊の姿は少しずつ、薄くなって透けていく。
「よんまーい!」
「そこは…… しまい、と呼んで欲しいところじゃ」
「はーい♡ しーまーいー!」
ばりーん。
「ああああっ!」
「ここでいいかい?」
「もうちょい下も……っ! そう、そこ……」
「ごーまーい!」
ばりーん。
「ううううん♡ 身体がドンドン、軽くなるうっ……」
6枚、7枚、8枚と、皿が割れていくに従い、菊の乱れた髪が整い、恨みに歪んでいた顔の表情が、すっきりしたものに変わっていく。
「うっわー! お菊ちゃん、めちゃくちゃ美人ー! スチル撮らせてー!」
「じゃあ、私が撮ってあげよう。はい、2人並んで。……はい、チーズ」
スチルカメラに、笑顔の菊とエルミアさんが、1枚残った皿を持っている姿が収まった。
「お菊ちゃーん、最後の1枚は、一緒に割ろー!」
「あいわかった」
「「 きゅうまーい!! 」」
ふたりは声を揃えて皿を振り上げ…… 地面に叩きつける。
ばっりーーんっ
皿の割れる音が消えると同時に、菊の姿も、すっかり見えなくなった。
…… 風に乗って 『ありがとう』 と聞こえた気がして、しみじみと余韻を噛み締める、エルミアさんとエルリック王子である。
「お菊ちゃん、次は立派なヤンデレ彼氏ができると、いーねー」
「彼女の嗜好的には、ヤンデレでない方がいいのでは?」
「うーん、みんなにも、ヤンデレの良さをもっと分かってほしーのにー」
「私は君に、早く目を覚ましてほしいよ」
「わかってないなー、王子は」
――― でも、お菊ちゃんの肩をマッサージしてあげていたエルリック王子は、ちょっとカッコ良かった。
そんなことを思う、エルミアさんであった。
★★★★
「あれ? いつの間に?」
気づけば、俺とジョナスは、夜の闇に覆われた墓場に居た。
――― さっきまでは、江戸っぽい世界で 『百鬼夜行』 とかいうのに巻き込まれてたんだけどなー?
『百鬼夜行』 すなわち。
手足の生えた道具が、わちゃわちゃと行進してたんだ。
昔の傘とか下駄とか、尻尾のついた壺とか、楽器とか……
お化けって感じじゃなくて、かわいかったなー!
古い道具ばかりなのか、あちこちボロッとなっていたけど。
「ジョナスの絆創膏のお陰で、破れてたところ直してあげられたしな!」
可哀想だから、なんとかしてあげたいなー、って言ってたら、ジョナスがタメイキつきつつ、懐から絆創膏を出してくれたのだ。
「あんなもんまで持ってるなんて、女子力高いよなー、ジョナス」
「万一、王子がお怪我された時のためだったのですが」
「そんなのナメときゃ治るって!」
「なるほど、ヴェリノの衛生観念がよくわかる発言です」
「薬を堂々口移しさせるゲームで、衛生観念言われたくない件」
ジョナスと話しながら、墓場を歩く。あちこちにフワフワと青白い灯が舞っているのが、キレイだなー。
「ここは、大体、室町時代あたりですね」
ジョナスによると、この時代は人魂が普通に飛び交っていたらしい。
…… つまりは。
俺は、手のひらの上にやってきてくれた青い灯をまじまじと見た。
…… これ、人魂って、ことですかぁぁぁ!?
よし、ここは怖がるところだ!
いやぁぁぁぁ! って叫んでやるぞ、盛大に!
準備しようと息を吸い込んだ時。
――― べぉぉん、べぉぉん、と、なんとも奇妙で物悲しげな音が、どこからか響いてきた。
前半の元ネタは言わずもがなですが 『播州皿屋敷』 姫路城のお菊井戸の看板に書いてあったのを、思い出しつつ参考にさせていただきました。
では! 急いで夕飯作らなければ(爆)
読んでくださった皆様、感想・ブクマ・応援下さった皆様、まじまじ感謝ですー!
11/4 誤字訂正しました! 報告下さった方、ありがとうございます。




