閑話 7~お化け屋敷(4)ヴェリノ・ジョナス/サクラ・ハロルド~
急いでリアルトイレを済ませ、お化け屋敷の昭和なトイレに戻った俺を待ち受けていたのは。
『赤巻き紙、青巻き紙、黄巻き紙…… どれがいい?』
というオッサンの声。
「いや、ここ女子トイレ!」
まずそこ間違えてるよ、オッサン!
「俺だからいいけど、ほかの女子なら、痴漢呼ばわりされるところだぜ? ほれ、さっさと男子トイレに行きな!」
『いや…… 男子トイレ誰も来ないから…… 乙女ゲーだけに。あと女の子は実質パンツおろさないから、覗きも痴漢もしてない…… 全年齢対象だけに。』
「あっ、そうか」
でも、運営には言っとかなきゃな。女子トイレの紙係は、やっぱり女の子の方がいいと思うぞ!
『それより、紙…… どれにする?』
「いらない! 実質ここで用足してないことくらい、オッサンも知ってるだろ?」
『…… ふっ…… ひっ…… ひっ……』
泣き出すオッサン。
確かに、紙係の存在意義が問われちゃうもんなぁ…… というか。
トイレットペーパー、普通に備えつければ良くない?
どうしてワザワザ、係なんかつけるんだろうな?
「泣くなオッサン。転職って手もある! 俺からも、運営に言っといてやるからな」
このトイレに関しては、運営に言うことだらけだな。
「それより、手伝ってくれよオッサン! 閉じ込められてる子と、穴に落ちた子がいるんだよ」
『それ…… 心配ない……』
「そんな冷たいこと、言うなよー!?」
『両方とも…… 地縛霊だから……』
閉じ込められていた方の子は 『花子さん』 という名前で、手の方は 『ありがちなヤツ。名前はまだ無い』 だそうだ。
「へえ~ お化けって、意外と怖くないのなー!」
『それ…… 言わないで欲しいヤツ…… 』
とりあえず俺は、ありがちな子の方を 『ミヨ子さん』 と命名して、トイレを後にした。
紙係のオッサンからは、『運営にくれぐれもヨロシク』 ってことだった。
「いったぁ……!」
「前方不注意ですよ」
女子トイレの扉を引いたところで、いきなりジョナスとごっつんこした、俺。
いやいやいや。それは女子トイレの前にいきなりいた、あんたが悪いだろ! …… って、件である。
「まさか……! ジョナスが覗きを!?」
位置的には、そうなるよな?
「名誉毀損するおつもりですか?」
「いやいや事実なんじゃ?」
「…… 許し難いですね」
ギロリ、と睨む氷の眼差し…… 正直言って、花子さんやミヨ子さんよりも、こっちの方が断然怖い!
「あ、地縛霊があんまり怖くなかったのって、ジョナスのお陰かも!?」
「出たんですか?」
「おう! ばっちり…… って、なんでジョナス怒ってんの!?」
「はて不思議なことを。なぜ、あなたがお化けに遭遇した程度で怒らねばならないのでしょうか」
「いや、だからそれ俺が聞きたい!」
言いあっていると、周囲が急に、真っ暗になった。
どうやらまた、タイムスリップするらしい。
――― 次は、どこに行くんだろうなー?
★★★★
『よろしければ…… 灯りをどうぞ……』
「お気持ちだけ、ありがとうございます」
和装姿の女2人連れから差し出された牡丹の絵灯籠を、サクラは丁寧に断った。
先ほど、昭和な世界は曇り空だったが、こちらは、一面の星空。しかし星の光だけでは足元が心許ないのも確かである。
「せっかくだから、もらっておけばいいじゃない?」
ハロルドが怪訝そうに眉をひそめた。
「わたしたちが貰ってしまったら、あの人たちの灯が無くなるでしょう? それにほら」
「なるほど。サクラさんは正しいんだろうね」
目の前には、いつの間にやら現れた一本足が生えた提灯が、ひょこひょことふたりを導いてくれている。
「安易に付いていったら、道に迷うかもよ?」
「さすが。裏の裏までお考えが深いですね。けど、人を信用できないって悲しいこととも、思いません?」
「…………」
ニコニコしつつ言外に込めた嫌味を読み取ったかのように、沈黙するハロルド。
お互いに思うことは、ただひとつ。
「こいつとは、ないな……」 である。
――― そもそも、サクラは裏表が激しい人間が苦手である。つい、表出していない裏の方まで想像して、疲れてしまうからだ。
たとえば、このお化け屋敷でも。
1st. ステージではトラックは避けたが追いかけてくる乗用車からは逃れられなかった。
「ごめんね」 としょんぼりしてみせたハロルドであったが、おそらくは欠片も悪いと思っていないに違いない。
それどころか、 「トロい女だな」 程度のことは絶対に考えているだろう。
(なんたって、隠れモラハラ男だもんね……)
――― サクラにとっては、実に面倒くさいだけの男。それがハロルドであった。
その後も、昭和な世界で 『あたし、キレイ?』 と尋ねつつマスクを取る女に向かってサラリと綺麗事を言うハロルドに、地味にイラッとしてしまったサクラ。
「人にはそれぞれの美しさがあるからね? あなたをキレイと思う人も、きっといるはずですよ」 など、相手を蔑ろにしていなければ出てこない台詞だと思う。
――― なぜなら、マスクを取ったその女の口は、耳まで裂けていたのだから。
『あたし…… キレイ?』
「あなたがどのような美を求めるかにもよりますが…… 」 と、仕方なく答えた。
リアルでもデザイナーを目指しているサクラにとって、 『美』 とは簡単には答えの出ない難問なのだ。
「平均的な美しさを求めるなら美容整形を、個性を活かしたワイルドな美しさを求めるならお化粧をオススメします」
『あたし…… キレイなの?』
「確かに他人の評価も大切ですけど、わたしは、まず、自身がキレイと思える自分になることが大切と思いますよ」
『あたし…… キレイなのぉぉっ!?』
「だからですね、人に聞くのではなく、堂々と 『あたしはキレイ!』 と言えるように、努力しないと。
エリザさんなど見ると、大体わかると思うんですけど……
そうやって、道でウロウロとして人に聞く暇があるのなら、少しでも自分を美しく見せる化粧や髪型・服装・表情などを探究した方が良いと思います」
『だってっ……、こんな顔でっ……!』
「そう思われるなら、美容整形ですね」
励ますようにポンポン、と女の肩を叩く、サクラ。
「どんな人生でも一度きりです。貴重な時間を、何も自分の嫌いな顔で過ごすことは、ないんじゃないでしょうか」
『うううっ…… そう、そうよね…… 』
泣き出した女を、ヒロインらしくそっとハグして励ましているうちに、周囲が暗転。
次に来たのは、夜闇に浸された江戸時代っぽい世界だった、というわけだ。
ちなみに先ほど差し出された牡丹の絵灯籠は、受け取っていれば人魂が中に入った骸骨に変化するはずだったが、もちろんサクラは、それを知らない。
「えーと、これから先、どうしましょう?」
尋ねかけて、ハロルドの姿が見えないことに、気づく。
(これは……)
1. 単純にはぐれた。
2. 何かのトラブル。
3. はぐれたフリをして実は 『こんな女と一緒に歩きたくない』 意志表示。
3つの可能性が、同時に頭に浮かんだが。
(考えるまでもなく 『3』 かな)
うん、とひとつ頷き、歩みを止めることなく、1本足の提灯についていく、サクラである。
その後ろ姿を物陰から見送った、ハロルドは……
周囲を見回して誰も居ないことを確認した後。
「ちくしょぉぉぉっ! なんなんだ、あの女ぁぁぁっ! 普通は心配して探すだろうがっ……!」
ひとしきり叫び、暗い夜道を駆け出したのであった。
本人は絶対認めないでしょうが、実はヴェリノが遅くて心配になっていたジョナスでした。……って言わずもがな、ですかねー(笑)
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11/3 誤字訂正しました。報告下さった方、ありがとうございます!




