閑話 7~お化け屋敷(3)ヴェリノ・ジョナス/エリザ・ミシェル・イヅナ~
設定が少しだけ怖いとこあります。
ほんの少しだと思いますが、怖いのめちゃ嫌いな方はご注意ください。
「出られ、ないんです……」
トイレの中の子は細々とした声で、そう告げた。
設備の不備とか、そういうことだろうか?
「えー! それ大変だな!? 扉開かないの!? それとも怪我してるとか?」
何時間前からいるんだろうな?
「そーだ! いったん、ログアウトしてみたら?」
「できないんです……」
「まじかよ…… じゃあ俺が、ほかのお化けに言ってくるよ! でも、ちょっと待ってな!」
閉じ込められてるっぽい子は気になるが、リアルトイレがまじ近い。
慌てて隣の個室に入り、ログアウト…… しようとしたら。
ピチャリ。
足に、濡れたものが巻き付いた。
下を見ると、床に埋め込まれた、見たことのない形の便器から……
手が出てきて、俺の足首を、掴んでいる。
「あれ? 落ちちゃってるの? そんなに深くは見えないんだけどなぁ……!?」
便器の中を覗き込むが、真っ暗で何も見えない。これは、落ちてしまったら、めちゃくちゃ不安だろう。
それにしても、閉じ込められたり落ちたり、設備に問題ありすぎるトイレだな?
…… もしや、この設備自体が 『昭和のホラー』 なのだろうか…… うん、あり得る。
けど、せめてログアウトできるようにはしておこうよ、運営! たかだかお化け屋敷で、バッドエンド迎えたくないよ、誰も!
後でチロルを通して、運営に意見しておこう。
ともかくも、今は、落ちた子を優先…… したいが。
リアルトイレが、まじまじ近い!
「悪い! 俺、漏らしそうだから、後でな! 絶対助けてやるからちょっと待ってなー!」
叫んで、俺は 『簡易ログアウトしますか?』 との問いと共に表示されたボタンをポチっと、押した。
★★★★
小学校の校庭に、ぽっかり開いた穴は、昭和初期にあった戦争で使われた防空壕。
その中に潜入し、ロウソクの灯りを頼りにゴソゴソと地面を探っていたエリザが、「ないわね」 と呟いた。
「赤ん坊の頭蓋骨なんて」
「うえぇぇぇ」
イヅナが目を覆い、顔を背ける。
「オレ、これムリだわー! 涙でる……っ」
「泣くのはいいけど、吐かないでください、ね?」
「ミシェル、お前…… 平気なのか?」
「ううん? 今、ボク、スッゴいコワいんですよ♪」
ワクワクとした口調の、幼女にしか見えない14歳美少年。
「帰ってお姉ちゃんの顔見たら、絶対に泣いちゃうよぉ……」
「人骨を足蹴にしてニコニコしてた、ってバラしてあげるわ?」
「ひどいですっ、エリザさん!」
仕方ないじゃないですか、というミシェルの抗議の通り、この防空壕、足元には人骨がゴロゴロ転がっている。
その中から 『赤ん坊の頭蓋骨を探し出して持ち帰り、墓に入れる』 というのが、3人揃って通行人にぶっ刺されてのタイムスリップ後、彼らに課されたミッションであるのだが。
「悪趣味だよなぁ、おい……」
かわいそすぎる、と滲む涙をゴシゴシ拭くイヅナ。
『大戦中、敵の空爆から避難する民。気の立った1人が、泣いていた赤ん坊を殺してしまう。そして、怒り狂った赤ん坊の母親が犯人を殺し復讐。しかしその日は空襲がひどく、母親自身も他の避難者も結局蒸し焼きになって死んでいった』 怨念渦巻く防空壕、という設定が、どうやら刺さっているらしい。
母親は後に墓に埋葬されたが、赤ん坊はそのまま放置。それが気にかかり過ぎて成仏するにもできぬ母親……
そこで、通行人に刺されてこの時代にタイムスリップしたエリザたちが、母親の霊から、赤ん坊の遺骨探しを依頼されたのである。
「この人骨の中から見つけるというのは、少しホネね」
「骨だけに、ってダジャレのつもりですか? …… ダサっ」
「あらよく、そんなオヤジくさいダジャレを連想できたわね?」
「闇雲に探すより、端から順に見ていく方が効率的ですね。あーっ、怖いなぁっ♪」
次々と骨を調べていくエリザとミシェルに引きつつ、立ちすくんだまま動けなくなっている、イヅナ。
「お、おまえら…… よくもそんなに淡々とっ…… うぇぇえ…… 素手で触れるか普通っ!?」
「無能ね。何もしなくて結構よ。すっこんでなさい」
「そんなに怖がらくても大丈夫ですよ、イヅナさん。ボクたちの中にもある物体ですからね♪」
軽口を叩きつつイヅナを振り返ったふたりは、次の瞬間、申し合わせたように、非常に微妙な表情になった。
「………… 出たわ」
「ほんとだ。けっこう、かわいいですね」
「ええ、あなたより余程ね、ミシェル」
「そっ、そんなことないもんっ……!」
お姉ちゃんに言いつけてやるぅ、と、頬を膨らますミシェルに、どうぞご勝手に? と高笑いするエリザ。
「…………?」
彼らの目線が注がれている足元を、そろり、と見下ろしたイヅナは……
「ぎゃああああっ!」
その場に、へたり込んでしまった。
足元にいたのは、全長75cmほどの、動くモノ。
体重のないソレは、震える膝に、ひやりと冷たい手をかけ……
『あぶぅー。だぁー…… だぁー……』
よだれを垂らして、笑った。
「あれ? かわいいじゃん」
「だから言ったでしょ」
「ボクがこの頃は、もっとかわいかったんですよっ!」
「では今度、証拠をお見せ」
『ぶぅー…… だぁー……』
ご機嫌な赤ちゃんの霊は、イヅナの膝でしきりに、掴まり立ちに挑戦し始めていた。
「お、頑張れ! もう少し!」
『…………』
ぷるぷると脚を踏ん張り、雄々しく立つ赤ちゃん。
200%、かわいい。
3人の心が、何も言わずとも、ひとつになった瞬間であった。