閑話 7~お化け屋敷(2)エルミアさん・エルリック王子/ヴェリノ・ジョナス~
ちょっとだけホラーで、ほんの少しスプラッタ描写あります。あるあるネタです。
足を踏み入れれば、そこは、アスファルトで覆われた広い道路。
時折、自動車が走り、道端には雑草が生えている。
「感じとしては100~200年前の…… 危ない!」
エルリック王子が、とっさにエルミアさんを横抱きにして、大きく跳んだ。
ぶぉぉぉぉんっ……!
彼らのそばを、猛スピードで走り去って行く、巨大な車体。
エルミアさんが、プルプルと震えた。
「嘘うそうそ! いきなり、こっわー! なに今のー!」
「トラックだったみたいだね……」
「あっ、守ってくれて、ありがとー」
「そんなの当然のことだよ、レディー」
「えへへへー? レディーなんてー、お上手なんだからっ」
笑いながらも少々物足りなさを感じるエルミアさんである。
――― きっと、ハロルドなら、 「このバカ女! なにモタモタしてんだよ! グズ! ノロマ!」 と、マジ切れして罵ってくれただろうに。
「じゃ、行こうか。進路はこっちかな」
「うん!」
歩き出した、途端。
「逃げろ……!」
再び、エルリック王子がエルミアさんを横抱きにし、走り出した。
彼らに猛スピードで迫るのは…… このゲームの世界では珍しくない、乗用車。
明らかに、こちらを狙っている。
「ひぇー! なんで、こっちにくんのー! やだやだやだやだ! こわいー!!」
「絶対に、君を守るよ」
またしても震えて泣き叫んでいるエルミアさんに、エルリック王子は短く言い、細い路地へと身を滑り込ませる。
ぶぃぃぃぃぃぃんっ
間一髪。
乗用車は、去っていった。
「…… 危なかったね。立てるかい?」
「いやー! もういやー! 全然楽しくないー! 怖すぎー!」
「それはほら、お化け屋敷だから」
「そういうのは、求めてないー!」
「リタイアするかい?」
私はそれでも構わないよ、とエルリック王子が微笑んだ時。
ドンッ、と黒い影が、彼の背後からぶつかった。
王子の顔が、笑みの形のまま、凍りつく。その胸から突き出ているのは、刃物の尖先。
「いーーーやーーーーっっ!」
エルミアさんは、大絶叫した。
★★★
「おおっ…… ここは!」
「『昭和時代』 を模した設備です」
ふと気づけば、俺の目の前には、古びた大きな建物があった。
白く塗られた壁がところどころハゲかかり、黒ずんでいるのが既に気味悪い。
「でも、トラックが迫ってるのに逃げられない恐怖と比べたら、大したことないなー!」
「あれは上手く逃げても、次は乗用車に追いかけまわされ、その次は通行人に刺されるだけですから。時間の無駄です」
そう。俺は、自動ドアから中に入るなり、ジョナスにしっかり羽交い締めにされ、身動きとれないまま、トラックの犠牲になったのだ。
ファーストステージでまず死なないことには、次のステージにはいけないのだ…… とは、場面暗転中にジョナスが説明してくれたが。
あの迫りくる恐怖ときたら……
「まさか漏らしておられないでしょうね」
「実は……」
やれやれ、とジョナスがそっと差し出してくれたのは、初代ガイド犬・ちちふさくん柄のパンツだった。
「王子のコレクションにするつもりで買ったのですが、仕方がない。その辺の物陰でさっさと履き替えてきてください」
「じゃなくて、今! 今、トイレ行きたい……!」
トイレはお昼前に済ませたばかりだったんだが…… 死を目前にした緊張感が薄れた途端に、もよおしてきちゃったのだ。
「では、小学校のトイレを借りましょう。遅くなれば置いていきますから、ゆっくりしていいですよ」
「ありがとー!」
というわけで、お化け屋敷に入ってほぼ最初にしたことは、トイレ探しだった。
「なんか…… 空気がっ」
校舎に入ったとたんに、空気が重苦しくなった気が、した。
長年たまってました、って感じの、ほこりっぽくて湿った匂い。
「ここは湿度高め、体感温度低め、体感重量やや重めに設定されているからです。断じて霊的な何かではありません」
「そのネタばらし、いる?」
「ネタばらしではなく計測ですが。そもそも私はネタを知りませんし」
「なーんだ!」
つまりは俺が雰囲気で感じていることを、ジョナスは数値的に言い表しているだけなわけか。
「つまり、ジョナスも恐いんだな!氷の魔王にも恐いものがあったとはなぁっ……」
ついつい、バシバシとジョナスの背中を叩いてしまう俺である。
まさか、こんなところで、親近感がモリモリ湧いちゃうとは……!
これがお化け屋敷の楽しさってものなんだろうな、きっと。
「こうなったら、ふたりでいっぱい恐がろうぜ!」
「バカバカしい。恐がるなら1人でどうぞ」
ふっ……
俺たちの背後を、何か、温度のない黒いものが駆け抜けていった。
「今、影がよぎった気が……!」
「電灯を点滅させているだけですよ」
ひた、ひた、ひた、ひた……
「…… 足音っぽいものが、めっちゃ近い後ろから……!」
「効果音を流してるだけ……」
にゅっ。
俺とジョナスの間から、白いものが出てきた。
――― 手の形の、骨だ。
「「…………」」
そぉっと、振り返る。
そこにあったのは、内臓がまるっと見えるお腹と胸、そして、その上に、半分皮が向けて、血管と筋肉とギョロリとした目と鼻の骨が剥き出しになった、顔。
半分だけは皮が覆っていて、ちゃんと人の顔になっているのが余計に悲惨な感じがする。
皮膚がついてる方の半分がピンク、筋肉側が赤く塗られた、唇が、ぱくぱくと動いた。
「あ、どーも。ワタクシ、人体模型のマナブくんです。おトイレはあちらですよ」
「ぅぅぅうわぁぁぁぁぁあ!」
俺たちは、逃げ出した。
「はぁ、はぁ、はぁ…… 怖かった……」
「あれは昭和時代後半辺りに発生した、著名な学校怪談…… つまりはあるあるネタですが。それにしては情けない怖がりようでしたね?」
「あんただって逃げてたじゃん、ジョナス……」
「ヴェリノが走ったから付き添ってあげただけですが、なにか」
「…… まぁ、そういうことにしといてやるよ」
女子トイレの扉を開ける。
薄暗い。古い、黒ずんだタイルで覆われた床に、微妙に水がたまっている…… ううう。気持ち悪いよぉ……。
けど、ここから簡易ログアウトしないと、リアルでトイレに行けないんだから、仕方ないよな……。
俺はつまさき立って、そろりそろりと中に足を踏み入れた。
並んでいる個室は、3個。
一番奥はパスだな。
しくしく泣いてる声がするから、誰か入ってるんだろう。
…… あれ?
泣いてる、っていうことは……
もしかして、恐怖のあまり、だろうか。
だとしたら、気持ちはわかるし、ほっとけないぞ……!
「あ、もしもーし、そこのひとー!」
俺は、トントンと戸を叩いた。
「怖かったら、その辺のお化けに 『リタイヤします!』 って言えばいいそうですよー!」
エントランスの看板に書いてあったから、間違いない。
「…………」
泣き声が止み、しばらくの沈黙の後。
細い細い、今にも消え入りそうな女の子の声が、答えた。
「……できないんです……」