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忘れられた女の子

作者: かなかな

 私が小学一年生のころ、父の仕事の関係で引っ越し、転校することになった。


 教室。私は黒板の前に立った。新しいクラスメイトはギョロリと私を見つめてくる。そんな中、教室の端の席に座る女の子は俯いたままだった。


「(眠いのかな……)」


 私の席は真ん中の列の一番後ろ。一人席だった。その女の子の席は窓際の席。彼女の隣も空いていた。


「(どうせならあの子の隣がよかったな)」


 どうしてみんな二人一組で座っているのに、あの子と私は一人席なのだろう。やや不満を抱きながらも、やはりその子のことが気になるので、気付かれないようにチラチラと視界の端に入れたり外したりしていた。


「(あの子、全然顔を上げようとしない……)」


 私が異変を感じたのは給食の前、四時限目であった。彼女は顔を上げないどころか鉛筆すら握っていなかった。いや、筆箱さえ机に置かれていなかった。彼女はただただ何も無い板の木目を見つめているだけだった。


 給食。私の感じた異変は正しかったと認めざるを得ないことが起こった。


 彼女は給食を食べないのである。


 給食の時は四つの机をくっつけてグループを作る。私は前の四人のグループに入れてもらったが、彼女は依然として一人。グループすら作らない。誰にも相手にされていない。誰もグループに入れようとしない。


 そしてとうとう給食の時間が過ぎた。


 掃除、彼女は教室からいなくなっていた。


 昼休み、彼女は教室にはいなかった。


 五時限目、いなかった。


「(気分悪くて帰っちゃったのかな……それにしても……)」


 私はその少女が可哀想になった。怖いなどという感情は一切なく、むしろ、彼女を放ったらかしにしておく周りの人間の方が怖いと思った。



 *



 次の日、一緒に学校に行く友達もまだいなかったので一人で登校した。通学に掛かる時間がまだ分からなかったので、余裕を持って家を出発し、朝のホームルームが始まる三十分前には学校に到着してしまった。


「(どうせ誰もいないよね)」


 私は校舎に入る。階段を昇る。まだ人が少ないので自分の足音がやけに響く。


 教室の前まで来ると、照明の明かりが漏れていたので、なんだぁと思いながら戸を開ける。


 あの女の子がいた。私は目を逸らす。


 他には真面目そうな女子が一人、机に向かっている。それから先生の荷物が教師用机の横に置いてある。


 その日も昨日と同じ様子だった。私はクラスメイトに対する不信感を抱くとともに、その女の子に対する恐怖も感じるようになっていった。



 数日後の放課後、私は図書室に来た。ついに他人に相談することにしたのだ。


 担任の先生にも不信感を持っていた私は、行く機会の多かった図書室の先生に相談することにした(職員室にだけは行きたくなかった)。


 私が図書室の先生に事情を説明し始めると、先生の顔色が変わった。すると彼女はすぐに


「やめっ、やめっ!」


と言うと、私の口にチャックをした。


 先生は私から視線を外し、図書室の隅に目をやった。


 あの女の子がいた。貧乏ゆすりをしながら本を読んでいた。彼女はいつもより元気そうに見えた。


 貧乏ゆすりが止まった。


 女の子は、ゆっくりとこちらを覗いた。


 私は唖然とした。


「きゃっ!」


 先生の手が私の肩に触れると同時に思わず声が出てしまった。女の子はいなくなっていた。


「(あれ……?)」


「大丈夫? あなた、かなり長い間固まってたけど……」


 烏が鳴く。


「先生、あの子は?」


「今日はもういいから帰りなさい」


「先生!」


「……。もう完全下校だから、明日の放課後、来なさい」



 *



 次の日、教室に女の子はいなかった。



 *



 放課後、図書室。


 女の子はいなかった。


「あ、来た」


 先生はそう言うと私を椅子に座らせた。


「あなた、あの子が見えるの?」


 先生は小声でそう言った。私は小さく頷いた。


「あの子はね、よくここに来るのよ。これは図書館司書界隈では有名な話なんだけど」


「としょかんししょかいわい?」


「うちの学校は、出るのよ」


「出る?」


「うん。じゃあこの話は終わりね」


「なんで?」


 私はそう言いかけると、左側から白い手がにゅっと出てきて、目の前の机に本が置かれた。


「ほらね」


 図書室の先生は本を受け取る。


 女の子。彼女は私に語りかけた。


「ねえ、なんで私に話しかけてくれなかったの?」



 *



 記憶というのは曖昧で、その後、何があったのか覚えていない。それどころかその女の子のことさえ今の今まで忘れていた。しかし、思い出せたのにも理由がある。


 手元に一枚の写真がある。小学一年生の頃のクラス写真だ。



 そこには確かにあの女の子が写っていたのだ。

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